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君と風の行方  作者: 月見饅頭
第一章

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05 心の距離

 

 放課後のハンバーガーショップは、いつもと変わらない喧騒に包まれていた。注文の声、厨房からの呼びかけ、レジの音―――—日常の一部となった音が耳に心地よく響く。


「桜井、ポテト追加! テーブル3番!」


 鈴木の声に振り返ると、彼は二つのトレーを器用に抱えながら笑顔で合図を送ってきた。俺はうなずいて、すぐにポテトを用意する。


「了解!」


 バイト開始から3時間が経ち、そろそろ閑散とする時間帯になってきた。俺と鈴木は息を合わせるように忙しく立ち回りながらも、合間に軽口を叩き合う余裕が生まれていた


「桜井、さっきの接客、なかなか様になってきたじゃん」

「そうか? まだまだだよ」


「いや、マジで。最初の頃に比べたらずいぶん堂々としてるぞ」


 鈴木のその言葉は、少し誇張はあるにせよ素直に嬉しかった。このバイトを始めたのは、白松さんへのプレゼント資金を貯めるためだった。でも、今では少しずつ自信になっている部分もある。


 シフトが終わり、従業員用の部屋で制服から学生服に着替えた後、鈴木が何気なく聞いてきた。


「桜井、次のバイト代入ったら何か買いたい物ある?」

「あぁ、うん……まあね。プレゼントを買いたいんだ」


「えっ? ひょっとして白松ともう付き合ってんのか?」


 鈴木のニヤニヤした顔に、俺は思わず噴き出しそうになる。彼は中学時代から変わらず、こういうことには敏感だ。


「いや、そうなれたらいいなって思ってるだけ。クリスマスにはさ」

「青春だねぇ。いいじゃん。俺もその案、使わせてもらうかな」


 鈴木は店内で読者モデルをやっている二年生の先輩に好意を抱いているらしい。彼女と同じ時間帯のシフトを狙って、やたらと働き詰めだった。彼の目には、柔らかな光が宿っている。


「お互いうまくいくといいな」

「だな!」


 俺も笑顔で返したけど、内心はちょっと複雑だった。


 まだ白松さんとは付き合ってすらいないのに、クリスマスのプレゼントを考えるなんて、俺はちょっと浮かれすぎてるんじゃないか? それに、彼女に彼氏がいる可能性だってゼロじゃない。授業中の会話も限られている。


 でも、鈴木だって似たようなもんだ。俺たちはお互い、それぞれの想っている人のためにバイトに励んでいた。部活どころじゃない。


「でもさ、プレゼントって何がいいんだろう?」


 鈴木が悩ましげに尋ねてきた。彼も同じことを考えていたらしい。


「うーん、俺も迷ってるんだ。白松さんの好きなものって、よく分かってなくて……」

「本とか? いつも読んでるじゃん」


「本よりアクセサリーとか、かなって考えてる」


 二人で頭を抱えていると、店長が声をかけてきた。


「おい、もう上がっていいぞ。次のシフトの子たちが来たから」

「ありがとうございます!お疲れ様でした!」


 俺たちは揃って頭を下げ、バイト先を後にした。


 バイト帰りの夜道。空気が少し涼しくなってきたこの季節、街灯の光が暗がりを照らす。紅葉が始まった木々が、昼間とは違う表情を見せていた。


「桜井、俺はこっちだから。また明日な!」


 鈴木と分かれ、俺は一人で帰路に就く。歩きながら、白松さんのことを考える。彼女の静かな微笑み、本を読むときの真剣な横顔、たまに見せる意外な一面——そんな彼女の姿が次々と頭に浮かんでくる。


 そんな中、自転車のベルの音が聞こえ、振り返るとそこには白松さんの姿があった。夜の闇に浮かび上がるその姿に、思わず目を見開いてしまう。


「あれ、こんな時間に……一人?」


 驚きつつ声をかけると、白松さんは少し恥ずかしそうに小さくうなずいた。黒髪が風に揺れ、街灯の光を受けて艶やかに輝いている。


「昔の友だちがこの辺に住んでいて……」

「へぇ、そうなんだ」


「……うん」


 彼女の声は少し遠慮がちだが、昔からの友人の話をする目は優しく輝いていた。

 少し会話を交わすと、自然と彼女の自転車を押して一緒に歩く形になった。


「桜井くん、この辺に住んでるの?」

「少しいったところだよ。鈴木とさっきまでバイトしてて」


 そう答えると、彼女はホッとした表情を浮かべた。


「そうなんだ。忙しそうね」

「うん、まあね。でも楽しいよ」


 彼女は静かに微笑んだ。この瞬間、時間が止まったような気がした。夜の静けさの中で、二人だけの会話が心地よい。


「寄ってく?」と冗談っぽく言ってみたが、彼女は苦笑いしながら首を振る。

「もう帰らないと」


「そうだね。この辺、暗いから。家の近くまで送るよ」


 彼女は少し驚いた様子だったが、拒むことはなかった。そんなやり取りをしながら歩く二人の距離は、これまでよりもずっと近く感じられた。


「桜井くんは、放課後いつもバイト?」

「いや、週に3回だけ。鈴木と一緒のシフトが多いかな」


「ふーん……」


 彼女は何か考え込むように歩いていた。その横顔が、街灯に照らされて美しく見える。


「実は今日、髪を切ろうと思ってたの」


 突然、彼女がそう言い出した。髪を切る? 彼女のあの長い黒髪が短くなるなんて想像できない。


「唐突に?」

「うん、何か変化が欲しくて」


「ふーん。変化ねぇ……」


 言葉の裏に何か深い意味があるのかもしれない。変化を求めるということは、今の自分に満足していない部分があるということか。もしくは、何か新しいことを始めたい気持ちなのか。


「でも、今の髪型も似合ってるよ」

 思わずそう言ってしまった。彼女は少し驚いた表情をした後、うつむき加減になる。


「桜井くん……」

「どうしたの?」


「……なんでもない。送ってくれてありがとう」


 彼女はそう言って、小さく微笑んだ。何か言いかけて、やめたように見えた。家の近くまで送ったけど、俺は彼女の本心を聞き出せなかった。


「また明日、学校で」

 そう言って彼女は自転車に乗り、闇の中へと消えていった。


「せっかくのチャンスだったのに、俺……」


 一人になった道で、俺は少しの間、動けなかった。

 「変化が欲しくて」という言葉が、まだ頭に残っている。


 彼女が何を変えたかったのか。何から変わりたかったのか。

 わからない。でも、何かがある。あの図書室での笑顔と同じように、言葉の裏に、届かない場所がある。

 左頬が、少しだけヒリッとした。

 まだ消えない傷のことを思いながら、俺は歩き出した。


 夜風が頬を撫でる。白松さんが消えていった方向に、街灯の光だけが残っていた。


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