57 聞けなかったこと
12月も半ばに差しかかったある日の昼休み。窓の外では、乾いた冬の風が校庭の端に積もった落ち葉を転がしていた。教室の中は暖房が効いていて、外の寒さが嘘のように穏やかだ。俺は自分の席で弁当のふたを開け、何となくぼんやりしながら箸を動かしていた。
「なあ、桜井」
不意に声をかけられて顔を上げると、鈴木がこっちを見て立っていた。
「ん?」
「クリスマス、予定ある?」
いきなり核心を突くような質問に、少しだけ箸が止まる。
「え……まあ、白松さんと過ごすつもりだけど」
そう答えると、鈴木は「だろうな」と肩をすくめて笑った。
「じゃあさ、4人で遊ばないか?」
「4人?」
「俺と宮田と、お前ら」
その名前に、思わず目を瞬かせる。
「お前、宮田と……?」
「ああ」
鈴木は珍しく視線を逸らし、少し照れくさそうに頭をかいた。
「まあ、最近いい感じでさ」
いつもは大雑把で遠慮のない鈴木が、どこかぎこちない。そんな様子が可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「そうなのか」
「クリスマス、イルミネーション見に行こうって話してたんだ。でも二人きりだとさ……正直、緊張するだろ。だから、お前らも一緒にどうかなって」
「なるほど」
らしいと言えば、らしい。
「お前らしいな」
「うるせえ」
鈴木は苦笑しながらも、どこか本気だ。
「どうだ? 一緒に行かないか?」
「白松さんに聞いてみるよ」
「頼む」
その日の放課後、昇降口で白松さんに話を切り出した。
「クリスマス、鈴木たちと4人で出かけないかって誘われた」
「鈴木くんと……葵と?」
「ああ。二人、いい感じみたい」
白松さんは驚いたあと、すぐにふわりと微笑んだ。
「そうみたいだね。そっかあ」
「イルミネーション見に行く?」
「いいね。行こう」
即答だった。
「本当?」
「うん。楽しそうだし……葵と一緒なら、安心だし」
その言葉に、胸の奥がこそばゆくなる。
「じゃあ、鈴木に伝えとく」
翌日、了承を伝えると、鈴木はあからさまに安堵の息を吐いた。
「良かった。助かる」
「そんなに緊張してるのか?」
「当たり前だろ。ほぼ初デートみたいなもんなんだから」
強がっているようで、声は正直だ。
「頑張れよ」
「お前もな」
そして迎えた12月25日。午後6時、駅前のロータリーはクリスマスの音楽と人のざわめきで満ちていた。待ち合わせ場所に着くと、先に来ていた鈴木が大きく手を振る。
「よう、おはよう……じゃなくて、こんばんは」
その隣には宮田が立っていた。コートの襟元を押さえながら、少し緊張した様子で微笑んでいる。
「こんばんは」
「こんばんわ」
白松さんも柔らかく挨拶を返す。4人揃ったところで、大通りへ歩き出した。
街は光で溢れていた。並木道には無数の電飾が巻き付けられ、建物の壁には巨大なツリーの映像が映し出されている。歩くだけで、自然と気持ちが浮き立つ。
「すごい、綺麗……」
宮田が目を輝かせる。
「毎年派手になってるよな」
「本当だね」
白松さんが俺の腕にそっと触れる。その仕草があまりに自然で、胸が静かに高鳴る。
広場の中央には、10メートルはあろうかという巨大なクリスマスツリーが立っていた。音楽に合わせて光が揺れ、色を変え、空へ溶けていく。
「写真、撮ろうか」
鈴木の提案で、通りがかった人にシャッターを頼む。4人並んで立つと、不思議な一体感があった。
「はい、チーズ」
撮れた写真には、ぎこちないながらも楽しそうな笑顔が並んでいる。
「いい写真だね」
「ああ」
そのあと、広場の端で開かれているクリスマスマーケットをのぞいた。ホットワインの香り、焼き菓子の甘い匂い、湯気の立つソーセージ。冬の冷たい空気と混ざり合って、特別な夜を演出している。
「ホットチョコレート、飲みたい」
「じゃあ、買おう」
紙カップを両手で包みながらベンチに座る。
「温まるね」
「ああ。でも寒いな」
鈴木が宮田を気にかける。
「宮田、寒くないか?」
「ちょっとだけ」
「ほら、これ」
自分のマフラーを外して、宮田の首に巻いてやる。そのやり取りを見て、白松さんが小さく囁く。
「二人、可愛いね」
「ああ」
どこか初々しくて、見ているこちらまで温かくなる。
雑貨屋で小さなサンタの置物を眺めたり、本屋で絵本をめくったりしながら時間は過ぎていく。気づけば8時を回っていた。
「そろそろ、ご飯行くか」
近くのファミリーレストランに入り、4人でテーブルを囲む。料理が来るまでの間、鈴木が宮田との出会いを語り始めた。
「高一のときさ、俺、クラスでちょっと浮いててさ。そしたら宮田さんが『放課後、手伝ってくれる?』って声かけてくれたんだ」
「そんなことあったっけ?」
宮田は照れながら笑う。
「話してみたら、思ったより優しくてさ」
「鈴木くんも優しかったよ」
そんなやり取りを聞きながら、料理を口に運ぶ。
「今日、楽しいね」
白松さんがぽつりと言う。
「4人で出かけるの、いいね」
「またやろうぜ」
「うん」
外に出ると、空気はさらに冷えていた。白松さんが俺の腕に寄り添う。
駅で二人と別れ、俺たちは電車に乗った。
「楽しかったね」
「ああ」
「二人、お似合いだね」
窓の外を流れる光を見つめながら、白松さんが静かに言う。その横顔が、ほんの少しだけ寂しげに見えた。
「どうした?」
「ううん、何でもない」
そう言うけれど、声にわずかな影がある。
最寄り駅で降り、家の前まで送る。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
白松さんが玄関の中へ消えるのを見届け、俺は一人駅へ戻った。
楽しいクリスマスだった。笑い声も、温かさも、本物だった。それでも、最後に見た白松さんの表情が心に引っかかる。何か言いかけて、飲み込んだような、そんな気配。
家に帰り、ベッドに横になると、スマホにメッセージが届く。
「今日はありがとう。楽しかった。おやすみ」
「こちらこそ。おやすみ」
返信を打ちながらも、胸の奥に小さな違和感が残る。
あのときの表情は何だったのか。聞けなかったことが、今になって重くのしかかる。
目を閉じると、色とりどりのイルミネーションがまぶたの裏に浮かぶ。その光の奥に、白松さんの少し寂しそうな横顔が重なった。
翌日、その理由を知ることになるとは、このときの俺はまだ思っていなかった。




