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君と風の行方  作者: 月見饅頭
第五章

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53/80

53 側にいるほど(回想4/10)

 三浦尚央。


 中学の時、よく側にいてくれた。


 あの時も――

 俺の意識は、再び過去へと引き戻されていった。


 中学2年の秋。


 俺は、教室の隅で一人、窓の外を見つめていた。校庭では、体育の授業を受ける生徒たちの声が聞こえる。でも、俺の頭の中は、別のことでいっぱいだった。


 幸子のこと。最近、幸子の様子がおかしい。いつもより不安そうで、俺にべったりと張り付いてくる。


「桜井、今日も一緒に帰ろうね」

「うん」


「絶対だよ」

「わかってる」


 幸子の独占欲は、日に日に強くなっていた。束縛も、きつくなっていた。でも、それには理由があった。


 竹中洋二(たけなかようじ)。クラスの問題児。取り巻きを従えて、好き勝手に振る舞う男。その竹中が、最近、幸子を狙い始めていた。


 昼休み、俺と幸子、そして三浦の3人で弁当を食べていた時のことだ。


「中川さん」


 竹中が、幸子に声をかけてきた。


「ちょっと、いい?」


 幸子が、俺の腕にしがみつく。


「何?」

「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ」


 竹中が、ニヤニヤと笑う。


「次の数学のテスト、範囲どこだっけ?」

「え……プリント見れば、わかるよ」


「プリント、なくしちゃってさ。見せてくれない?」


 幸子が、困った顔で俺を見る。俺は、竹中を睨んだ。


「俺のプリント、貸すよ」

「いや、中川さんのがいいんだよね」


 竹中が、幸子に近づく。その時、三浦が間に入った。


「竹中、俺のプリント使えよ。ほら」


 三浦が、自分のプリントを差し出す。竹中が、チッと舌打ちをした。


「……まあ、いいけど」


 プリントを受け取って、竹中は去っていった。


「ありがとう、三浦」

 幸子がほっとしたように言う。


「気にすんな」


 三浦が、いつもの調子で笑う。でも、俺は胸の奥がざわついていた。


 竹中の目。あれは、ただプリントを借りたいだけの目じゃなかった。幸子を「獲物」として見ている目だった。


 放課後、俺は幸子を家まで送った。いつもより、幸子が俺にしがみついてくる。


「桜井……」

「ん?」


「竹中、怖い」

「大丈夫。俺がいる」


「でも……もし、また来たら……」

「その時は、また俺が守る」


 そう言ったが、本当に守れるのか、自信がなかった。竹中は、クラスの権力者だ。取り巻きもいる。俺一人で、どうにかできる相手じゃない。でも、幸子には強気なことを言うしかなかった。


 翌日から、竹中の嫌がらせが始まった。最初は、些細なことだった。幸子の教科書が、なくなる。


「おかしいな……確かに、ここに置いたのに」


 幸子が、鞄の中を探している。


「どうした?」

「数学の教科書、ない……」


 教室を探しても、見つからない。結局、その日は俺の教科書を一緒に見ることになった。次の日、教科書はゴミ箱の中から見つかった。誰かが、わざと捨てたのだ。


「ひどい……誰が、こんなこと……」


 でも、誰がやったのか、わかっていた。竹中だ。証拠はない。でも、間違いない。


 それから、嫌がらせはエスカレートしていった。幸子の机に、落書き。幸子の上履きが、なくなる。そして、決定的だったのは――ある日の放課後。幸子が、怒りと悲しみを抑えた顔で俺のところに来た。


「桜井……お守りが……」


 幸子が、壊れたお守りを見せる。俺が、幸子の誕生日にプレゼントしたお守りだった。紐が切られ、中身が出て泥まみれになっている。


「誰が……」

「わからない……ロッカーに入れてたのに……桜井が、くれた大切なお守りなのに……来月の大会、これ持って頑張るって、決めてたのに……」


 その様子を見て、俺の中で何かが弾けた。


「竹中……」


 俺は、教室を出て竹中を探した。廊下で、取り巻きと話している竹中を見つける。


「竹中!」


 竹中が、俺の方を向いた。


「おう、桜井。どうした?」

「お前、幸子に何した!」


 俺が、竹中の胸ぐらを掴もうとした瞬間――取り巻きの一人が、俺の腕を掴んだ。


「おいおい、何してんの?」

「離せ!」


「落ち着けよ、桜井」

 竹中が、ニヤニヤと笑う。


「俺、何もしてないけど?」

「嘘つくな! 幸子のお守り、お前がやったんだろ!」


「証拠は?」


 その言葉に、俺は何も言えなくなった。証拠はない。ただ、そうだと確信しているだけだ。


「証拠もないのに、人を疑うのは良くないぜ」


 竹中が、肩をすくめる。「俺、何もしてないから」


 取り巻きが、俺を突き放す。俺は、何もできずに、その場に立ち尽くしていた。


「じゃあな、桜井」


 竹中が、去っていく。その背中を見ながら、俺は拳を握りしめた。何もできなかった。幸子を守ると言ったのに。何も、できなかった。


 教室に戻ると、幸子が待っていた。


「桜井……」

「ごめん。何もできなかった」


 幸子が、俺の腕にしがみつく。


「いいの……騒ぎを大きくしたくないの」

 幸子が、震える声で言う。でも、その目には涙ではなく、怒りが浮かんでいる。


「もっとひどいことになったら、怖い。私、悔しい。すごく悔しい。でも、どうしようもない」


 その言葉に、俺は何も言えなくなった。確かに、竹中を刺激したら、もっと酷いことになるかもしれない。でも、このまま我慢するしかないのか。


 その日の夜、三浦から電話がかかってきた。


「桜井、大丈夫か?」

「ああ……まあ」


「竹中のこと、聞いた。あいつ、調子乗ってるよな」

「ああ」


「でも、桜井。あまり、刺激しない方がいい。竹中、繋がりがあるんだ。年上の、元この学校にいた連中と。下手に刺激したら、お前や幸子が、もっと酷い目に遭うかもしれない」


「じゃあ、どうすればいいんだよ」

 俺は、苛立ちを隠せなかった。


「我慢しろってことか?」

「そうじゃない。でも……慎重にいかないと」


 俺は、電話を切った。三浦の言うことは、わかる。でも、納得できなかった。幸子が苦しんでいるのに、何もしないでいいのか。


 翌日から、俺は幸子をできるだけ一人にしないようにした。登校も、下校も、休み時間も。ずっと、幸子の側にいた。でも、それが逆効果だった。幸子の独占欲が、さらに強くなった。


「桜井、体育館行ってくる」

「わかった」


「すぐ戻るから、ここで待ってて」

「ああ」


「絶対だよ」


 幸子が、何度も念を押す。俺が少しでも離れると、不安になる。他の女子と話していると、怒り出す。竹中への恐怖が、幸子をさらに俺に縛り付けていた。そして、俺も幸子から離れられなくなっていた。


 幸子を守らなければ。そう思えば思うほど、息苦しくなっていく。


 ある日の昼休み、三浦が言った。


「桜井、お前、大丈夫か?」

「何が?」


「顔色、悪いぞ」

「大丈夫」


 俺は、そう答えた。でも、本当は大丈夫じゃなかった。幸子を守ることで、俺自身が追い詰められていた。


 竹中の嫌がらせは、続いていた。でも、巧妙で、証拠は残さない。先生に相談しても、「証拠がない」で終わってしまう。俺たちは、ただ耐えるしかなかった。


 そして、冬が近づく頃――幸子の束縛は、さらに強くなっていく。竹中の脅威と、幸子の束縛。二重の圧力に、俺は押し潰されそうになっていた。


 でも、まだ決定的な事件は起きていなかった。それが起きるのは、もう少し後。中学2年の冬。そして、その時、俺の代わりに怒ってくれた人物がいた。鈴木進一郎。彼の純粋な怒りが、全てを変えることになる。



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