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君と風の行方  作者: 月見饅頭
第四章

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夕暮れの教室


 10月も半ばを過ぎて、校内は二年に一度の文化祭の準備で賑やかになっていた。


 廊下を歩けば、各クラスの出し物の話し合いをする声が聞こえてくる。放課後の教室は、装飾や小道具を作る生徒たちで溢れていた。


「はい、注目ー!」

 ホームルームの時間、担任の先生が教室の前に立った。


「文化祭まであと三週間。各クラス、出し物を決めてください。今日中に企画書を提出すること」

 その言葉と同時に、教室がざわめいた。


「何やる?」


「お化け屋敷とか?」

「ありきたりじゃね?」

 あちこちから意見が飛び交う中、白松さんが静かに手を挙げた。


「あの、提案があるんですけど」

 教室が静まり返る。普段あまり発言しない白松さんが手を挙げたことに、みんな驚いているようだった。

「どうぞ、白松さん」


 先生に促されて、白松さんは立ち上がった。


「古本カフェっていうのは、どうでしょうか」


「古本カフェ?」

 クラスメイトの一人が聞き返す。


「はい。生徒が持ち寄った本を自由に読めるカフェです。飲み物を提供しながら、ゆっくり本を楽しめる空間を作るんです」

 白松さんの説明に、教室がざわついた。


「いいじゃん、それ!」


「本好きには最高だな」


「でも、本読むだけじゃつまんなくない?」


 賛否両論の声が上がる中、学級委員の鈴木が立ち上がった。

「俺は賛成。白松の提案、面白いと思う。それに、うちのクラスらしいじゃん」


 その言葉に、宮田も頷いた。

「私も賛成。本を通じて、いろんな人と交流できるのっていいと思う」


 次々と賛成の声が上がり、結局クラスの出し物は「古本カフェ」に決まった。

 放課後、早速準備が始まった。


 教室の前方に集まって、役割分担を決めていく。


「じゃあ、調理担当は……」

 学級委員の鈴木が名簿を見ながら言う。

「俺と桜井、それから他に二人」

 鈴木が拳を上げる。俺も頷いた。バイトで鍛えた接客スキルが活かせそうだ。


「選書担当は白松さん、宮田さん、それから……」

 係が次々と決まっていく。装飾、会計、広報――みんなが自分の役割を持って動き始めた。


「じゃあ、明日から本格的に準備を開始な。各自、やるべきことを確認しといてくれ」

 鈴木の言葉で、その日の話し合いは終わった。


 教室に残って装飾の打ち合わせをしていると、白松さんが近づいてきた。


「桜井くん、調理担当なんだね」

「ああ。バイトの経験が活かせそうだ」


「良かった。私、桜井くんが作る飲み物、楽しみにしてる」

 その言葉に、少し照れくさくなる。

「頑張るよ。白松さんは選書か」

「うん。みんなに読んでほしい本、たくさん選ぶつもり」

 白松さんの目が、嬉しそうに輝いている。本のことになると、彼女は本当に生き生きとする。


「古本カフェ、いい提案だったな」

「ありがとう。でも、みんなが賛成してくれて良かった」

「当たり前だよ。白松さんらしい、素敵なアイデアだもん」

 そう言うと、白松さんは少し頬を赤らめた。

 翌日から、準備が本格的に始まった。


 放課後の教室は、それぞれの係が作業をする場所になった。壁際では装飾班が色画用紙を切っている。窓際では選書班が本のリストを作っている。


 俺たち調理班は、メニューを考えることから始めた。

「何を出すか、だよな」

 鈴木が腕を組みながら言う。


「コーヒーは必須だろ」

「紅茶も」

「あと、軽食もあったほうがいいんじゃね?」

 意見を出し合いながら、メニューを固めていく。コーヒー、紅茶、ジュース、それに簡単なサンドイッチとクッキー。


「よし、これで行こう」

 メニューが決まると、次は材料の調達と試作だ。

 一週間後、俺たちは家庭科室で試作を始めた。


「コーヒーの淹れ方、これでいいか?」

「もうちょっと濃いめがいいんじゃね?」

「紅茶の葉、これ使ってみよう」


 試行錯誤しながら、少しずつ形になっていく。


 そんな中、選書班の白松さんたちも頑張っていた。

「これ、面白いよ」

 宮田が一冊の本を手に取る。


「へえ、どんな内容?」

「恋愛小説なんだけど、すごく切なくて……」


 女子たちが本の話で盛り上がっている様子を見て、白松さんは嬉しそうに微笑んでいた。


「ゆり、選書のセンスいいね」

「ありがとう。みんなに楽しんでもらいたくて」


 彼女たちの会話を聞きながら、俺も自然と笑顔になる。


 準備期間が進むにつれて、クラス全体が一つになっていくのを感じた。

 普段あまり話さない生徒同士が協力して作業をしたり、困っている人がいれば自然と手を差し伸べたり。

 そんな雰囲気の中で、鈴木と宮田の距離も少しずつ縮まっているように見えた。


 ある日の放課後、俺は二人が一緒に装飾を作っているのを見かけた。

「鈴木くん、そっちの端、もうちょっと引っ張って」

「こうか?」

「そう、そのくらい」

 息の合った作業をしている二人を見て、思わず声をかけた。


「お前ら、いい感じだな」


 その言葉に、鈴木が振り返る。

「うるせえ、お前に言われたくねえ」


 照れ隠しに悪態をつくが、その顔は少し赤くなっていた。


「鈴木くん、素直じゃないんだから」

 宮田が笑いながら言う。その目は、どこか優しかった。


「お前こそ、白松とラブラブじゃねえか」

「ラブラブって……」

 今度は俺が照れる番だった。


「いいじゃん、お互い様ってことで」

 鈴木がニヤニヤしながら言う。


「まあな」

 認めると、鈴木は満足そうに笑った。


 文化祭まで、あと二週間。


 準備は順調に進んでいた。教室の壁には装飾が飾られ、本棚には選ばれた本が並び始めている。

 ある放課後、みんなが帰った後、俺と白松さんだけが教室に残っていた。

 最後の装飾を仕上げるためだ。


「ここに、これを貼ろうか」

 白松さんが色画用紙で作った本の形の飾りを手渡してくれる。

「いいね。じゃあ、ここに」

 脚立に登って、壁に飾りを貼り付ける。白松さんが下から「もうちょっと右」「少し上」と指示してくれた。

「これでどうだ?」

「完璧」


 脚立を降りて、二人で完成した装飾を眺める。


「いい感じになってきたね」

 白松さんが嬉しそうに言う。

「ああ。当日が楽しみだ」


 窓の外を見ると、夕日が教室を赤く染めていた。秋の夕暮れは早く、もう外は薄暗くなり始めている。


「ねえ、桜井くん」

 白松さんが静かに呟いた。


「ん?」

「こういう時間、ずっと続けばいいのにね」


 その言葉に、少し驚いて彼女の方を見る。白松さんは夕日に照らされながら、どこか遠くを見つめていた。

「ああ、でも……」


 俺は少し考えてから答えた。

「続かないから、大切なんだろうな」


 その言葉に、白松さんはゆっくりと俺の方を向いた。

「……そうだね」


 彼女の表情が、少し寂しそうに見えた。


「どうかした?」

 気になって聞くと、白松さんは小さく首を振った。


「ううん。ただ、幸せすぎて怖くなっただけ」


「怖い?」


「うん。こんなに幸せでいいのかなって。いつか終わっちゃうんじゃないかって」

 その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。


「終わらないよ」

 思わずそう答えていた。

「俺たち、これからもずっと一緒だろ」


 白松さんは少し驚いたような顔をしてから、ゆっくりと微笑んだ。

「……そうだね。ごめん、変なこと言って」

「いや、気持ちは分かる」

 俺も同じような不安を感じることがある。こんなに幸せでいいのか。いつか全てが崩れてしまうんじゃないか――そんな恐怖。


「でも、今を大切にしようって、前に白松さんが言ってくれたじゃないか」

「そうだった」


 白松さんが小さく笑う。


「焦らなくていいって、教えてくれたのは白松さんだよ」

「うん……ありがとう」


 夕日が少しずつ沈んでいく。教室は徐々に暗くなっていった。


「そろそろ帰ろうか」

「うん」


 荷物をまとめて、二人で教室を出る。


 廊下を歩きながら、白松さんが小さく呟いた。

「文化祭、成功させたいね」

「ああ。絶対成功させよう」


 下駄箱で靴を履き替えて、校門を出る。

 秋の夜風が頬を撫でた。少し冷たいけれど、心地よい。


「じゃあ、また明日」


「うん。気をつけてね」


 白松さんと別れて、一人で帰り道を歩く。

 彼女の言葉が、頭の中で繰り返し響いていた。


「幸せすぎて怖い」


 その気持ち、痛いほど分かる。

 入院していた頃の自分を思い出す。あの時は、幸せなんて遠い世界のことだと思っていた。

 でも今は違う。白松さんがいて、鈴木や宮田がいて、クラスのみんながいて。

 確かに幸せを感じている。

 だからこそ、失うことが怖い。


 でも――


「終わらせないさ」

 小さく呟く。

 この幸せを、絶対に守る。白松さんと一緒に、これからも歩いていく。

 そう決意しながら、俺は夜道を歩き続けた。


 翌日、準備はさらに加速していた。


 文化祭まで、あと10日。

 教室はほぼ完成に近づいていた。本棚には百冊以上の本が並び、カフェスペースには手作りのテーブルと椅子が配置されている。


「すげえ、もうカフェっぽい」

 鈴木が感心したように言う。

「あとは当日の運営だな」

「シフトも決めたし、メニューも完璧」


 みんなの顔に、自信が見えた。


 昼休み、屋上で白松さんと弁当を食べていると、彼女がふと言った。

「準備、楽しいね」

「ああ」

「みんなで一つのものを作るって、こんなに楽しいんだね」

 その言葉に頷く。

「中学の時は、こういうの楽しめなかった」

 白松さんが少し寂しそうに笑う。


「でも、今は違う。みんなと一緒に何かを作れるって、すごく幸せ」

「俺も、同じ気持ちだよ」

 そう答えると、白松さんは嬉しそうに微笑んだ。


 放課後、最終確認をしていると、担任の先生が教室に来た。


「みんな、頑張ってるね」

「はい!」


 クラス全員で答える。

「当日、きっと素敵なカフェになるよ。楽しみにしてる」


 先生の言葉に、みんなの士気がさらに上がった。

 文化祭前日。


 最後のリハーサルを終えて、みんなで円陣を組んだ。


「明日、成功させるぞ!」

 鈴木の掛け声に、みんなで拳を上げる。

「おー!」


 その瞬間、クラス全体が一つになった気がした。


 帰り道、白松さんが言った。


「明日、楽しみだね」

「ああ。絶対成功させよう」

「うん」


 その笑顔には、不安の影はもうなかった。


 ただ、明日への期待だけが輝いていた。

 家に帰ると、母さんが「文化祭、楽しみね」と言ってくれた。


「ああ。明日、来る?」


「もちろん。楽しみにしてるわ」

 母さんの言葉に、少しプレッシャーを感じつつも嬉しかった。


 部屋に入って、ベッドに横になる。


 明日のことを考えると、ワクワクして眠れそうになかった。

 でも、目を閉じると、白松さんの笑顔が浮かんできた。


「幸せすぎて怖い」


 あの言葉の意味を、俺はまだ完全には理解できていないのかもしれない。

 でも、一つだけ分かることがある。

 この幸せを、絶対に守りたいということ。


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