訪問者
開放病棟に移ってから数週間が経った。
ここでは閉鎖病棟とは違い、決まった時間内であれば病院敷地内を自由に散歩することが許される。
それでも、日々の生活はまだどこか非日常的で、社会との距離を感じる時間が続いていた。
そんなある日の午後、病棟スタッフが俺の部屋を訪れた。
「桜井さん、面会の方が来てますよ」
その言葉に、俺は少し驚いた。
「面会?」
心当たりはすぐに浮かばなかったが、病棟スタッフに促されるまま面会室へと向かう。
ドアを開けると、そこには高校のクラスメイト、鈴木と宮田の二人が立っていた。
「おーい、桜井!」
鈴木が片手を大きく振り、いつもの調子で笑っている。
「……鈴木、宮田」
久しぶりの再会に、一瞬言葉が詰まった。
「元気そうじゃん、いや、少なくとも死にそうな顔ではないな」
鈴木が椅子を引き寄せ、ドカッと腰を下ろす。
「鈴木くん、言い方……」
宮田が少し呆れたようにため息をつくが、その口調にもどこか安心した色があった。
俺も静かに椅子に座り、二人の顔を改めて見た。
学校で会っていた頃と変わらない二人。どこか懐かしく、それでいて不思議な気持ちが込み上げてくる。
「……白松さんは?」
思わず聞いてしまったその言葉に、空気が少しだけ変わった気がした。
鈴木が「あー」と曖昧に視線をそらし、宮田は少し困った顔で俺を見た。
「その、ゆりは……今日は来てないんだよ」
その答えに、胸の奥がズキリと痛んだ。
「そうか……」
わざと気にしないふりをして、軽くうなずいた。
「いやいや、桜井!」
鈴木が勢いよく声を張る。
「お前、そんなションボリすんなよ。俺と宮田だけでも十分濃いだろ?」
「濃いって……鈴木くん、それどういう意味?」
宮田が眉をひそめるが、鈴木は気にせず続けた。
「ほら、俺たちが来たってだけでお前はラッキーなんだぜ。白松の分も、俺たちがたっぷり盛り上げてやるからな!」
「盛り上げるって……ここ、病院なんだがな」
俺は小さく笑いながら突っ込んだ。
「それはそうだけどさ! まあ、白松もお前に会いたがってたよ。でも、今お前、まだ無理しちゃダメな時期だろ?」
鈴木が軽い口調ながらも、どこか真剣な表情で言った。
「無理……?」
宮田がそっと言葉を継ぐ。
「桜井くんがゆりに会ったら、きっと気を使って無理しちゃうんじゃないかなって。だから、今日は私たちだけで来たの」
その言葉に、俺はハッとした。
確かに、もし白松さんがここにいたら、俺は平気なふりをしてしまうだろう。
心配させたくない、迷惑をかけたくないという気持ちが先に立ってしまう。
「……そういうことか」
静かにうなずくと、宮田が小さく微笑んだ。
「でもね、ゆり、本当に心配してるんだよ。『桜井くんが元気になるまで待ってる』って言ってた」
その言葉に、胸が少しだけ温かくなった。
「おいおい、感動の場面はここまでな!」
鈴木が手を叩いて話題を切り替えた。
「でさ、桜井。こっちの話も聞いてくれよ! 学校、結構すごいことになってんだからな」
「……すごいこと?」
俺が聞き返すと、鈴木は得意げに胸を張った。
「俺、学級委員になっちゃったんだよ! あの俺が!」
「……嘘だろ」
思わず笑ってしまうと、鈴木は「本当だって!」と声を大にする。
「文化祭の準備とか、もう全部俺が仕切ってるんだからな。宮田も手伝ってくれてるけどな?」
「手伝うっていうか、鈴木くんがやらかさないようにフォローしてるだけなんだけどね」
宮田が肩をすくめながら答える。
「うるせぇな! 俺がいなかったら絶対成り立たないって!」
その掛け合いがあまりにも懐かしくて、俺は笑い声を上げた。
閉じ込められたような日常の中で、こんな風に笑うのは久しぶりだった。
ふと、鈴木が真面目な顔になり、俺をじっと見つめた。
「桜井、正直なとこ、どうだよ。ここでの生活」
その問いに、一瞬言葉を詰まらせたが、正直に答えることにした。
「悪くない。……少なくとも、閉鎖病棟よりはな。外に出られる時間も増えたし、気持ちも少しずつ落ち着いてきてる」
俺の言葉を聞いて、鈴木が小さくうなずく。
「そっか。それならよかった。ま、俺たちもお前が戻ってくるの待ってるからさ」
「うん。桜井くん、無理しないでね。ちゃんと元気になって戻ってきて」
宮田の言葉も、どこか温かかった。
面会が終わり、二人が帰る頃。
ドアの向こうで手を振る鈴木が最後に言った。
「お前が元気になったら、白松も連れてみんなで会おうぜ! 楽しみにしてるからな!」
その言葉に小さくうなずきながら、俺は見送った。
この時の様子を別館の窓の向こう、本館3階、女子閉鎖病棟のカオルが見ていたことに、俺は気づいていなかった――




