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高嶺の空に咲く

 

 本館4階病棟。

 ここが今の俺の「居場所」だ。


 1階は外来、2階は老人病棟、3階は女子閉鎖病棟――そして4階が男子閉鎖病棟。



「よりによってセーシン科かよ」


 

 ここに入院することになったとき、俺はそんなことを思った。


 だが、もう抵抗する気力もなかった。窓から見える青い空と静かな庭。ここで俺は、これまでの自分と、そしてこれからの自分に向き合うことを強いられることになった。




 入院生活が始まって、どれくらい時間が経ったのか正確には分からない。最初の数日は何も考えられなかった。ただ、ここに来るまでの出来事――学校でのプレッシャー、バイトの疲れ、人間関係、家族にぶつけてしまった怒り――すべてが重くのしかかり、俺を動けなくさせていた。


 でも、静かな時間が流れる中で、頭に浮かぶのは不思議と一つのことだった。


 白松さんのことだ。


 入院する直前、彼女は俺に何度も「無理しないで」と言ってくれた。


 学校で、帰り道で、そしてあの日、駅前で動けなくなった俺を見て、涙を浮かべながら「もう無理しないで」と叫んでくれた。


 その言葉や表情が、今でも鮮明に思い出される。彼女の声は優しくて、温かくて、俺を救おうとしてくれていた。でも、その優しさが、今の俺には苦しくも感じる。


 彼女は誰にでも優しい。俺だけじゃない。それが、彼女の魅力であり、強さであり――そして、俺にとっての「壁」だった。


 消灯後の静かな病室で、俺は天井を見つめながら考えていた。


 白松さんの優しさ。それはきっと、彼女の周りにいるすべての人を救ってきたんだろう。彼女はみんなにとって希望であり、光のような存在だ。


 でも、そんな彼女に、俺は自分の弱さを押し付けていただけなんじゃないか。


 彼女の「特別な優しさ」が俺だけに向けられていると思い込んでいたけど、そんなことはなかった。彼女は誰にでも同じように接する人だ。



「俺なんか、彼女に釣り合うわけがない」



 その言葉が、胸に深く突き刺さった。


 次の日、病院の庭を散歩していると、また白松さんのことを考えてしまう。


 クラスでみんなと笑顔を交わしている彼女。困っている人を助けるときの真剣な表情。


 そのすべてが美しくて、まるで手の届かない「高嶺の花」のように思えた。



「どうして俺は、彼女のことを自分にとって特別だと思い込んでいたんだろう」



 その問いが頭を巡るたび、胸が締めつけられるように痛む。


 彼女は俺が手を伸ばしても届かない。いや、届くはずがない。俺が自分の弱さを克服する前では――。


 病院での生活を続ける中で、少しずつ自分の感情を整理できるようになってきた。


 白松さんのことを諦めるべきなのか、それとも、届くように自分を変えるべきなのか。


 どちらにせよ、今はまだ答えが出ない。


 ただ一つ分かったのは、ここでの時間が俺にとっての「休息期間」だということだ。


 いつか白松さんに届くために、自分を少しずつでも変えるために――今はそのための時間を大切にしなければならない。



 ある日の診察で、俺は医者に白松さんのことを話してしまった。



「あの子は、本当にすごい人なんです。俺なんか、全然釣り合わないくらいに……」



 医者は静かに頷きながらこう言った。



「釣り合うかどうかなんて、君が決めることじゃない。自分を低く見過ぎないで、少しずつ進んでいけばいい」



 その言葉に、ほんの少しだけ救われた気がした。


 夜、病室の窓から見上げた星空は、どこか遠い世界のようだった。



「彼女にまた会える日が来たら、俺はどんな顔をして彼女に向き合えばいいんだろう」



 不安と希望が交錯する中で、静かに答えを探していた。



「俺がもっと強くなれたら……いつか、届くのかな」



 小さな声でつぶやいたその言葉が、病室に静かに吸い込まれていく。


 でも、心の中には確かに小さな灯火が灯った気がした。


 白松さんの存在が高嶺の花であることを痛感した今――それでも、俺にはまだ未来がある。早く自分を取り戻したい。


 ここで過ごす時間を無駄にしないために、俺は少しずつでも前に進んでいく――それが、俺の最初の一歩だった。



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