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隣の笑顔

 


「映画行こうよ」



 白松さんからそんな提案があったのは、授業が終わって帰り支度をしているときだった。



「え?」



 不意を突かれた俺は、思わず間抜けな声を出してしまった。



「観たい映画があってね。桜井くんと行けたら楽しいかなって思って」



 白松さんは、少し恥ずかしそうに笑いながらそう言った。



「ああ、いいけど……」



 俺は言葉を詰まらせながらも、頷いた。


 正直、白松さんと二人きりで映画館に出かけるのは初めてだ。嬉しさと緊張が入り混じって、胸がざわつく。それでも、「彼女を楽しませたい」と思った俺は、その日の夜、映画のチケットを手配することにした。





 映画当日。集合時間の15分前に待ち合わせ場所に着いた俺は、白松さんを待ちながらスマホで確認をしていた。



「大丈夫、チケットは取れてるし、時間もバッチリ……だよな?」



 自分に言い聞かせるように呟いた瞬間、白松さんが現れた。



「お待たせ、桜井くん」



 彼女は薄いベージュのカーディガンを羽織って、微笑みながら立っている。その姿を見た俺は、つい息を飲んだ。



「い、いや、全然待ってない。ちょうど着いたところ」



 慌てて返事をしながら、胸が少しだけ高鳴るのを感じた。


 そのまま映画館に向かい、チケットカウンターで予約していたはずのチケットを受け取ろうとした瞬間、俺は頭を抱えたくなった。



「えっと……この時間の上映、チケット予約されてませんね」



 受付の人の淡々とした言葉が耳に響く。



「え!? ……いや、確かに昨日取ったんですけど……」


 

「もしかして、日付を間違えたんじゃないですか?」



 受付の人がスマホの画面を見ながらそう言う。


 確認すると、案の定、俺が予約したのは翌日の上映だった。



「……最悪だ」



 小声で呟く俺を、白松さんがそっと覗き込む。



「どうしたの?」



「いや……その、ミスっちゃったみたいでさ」



 白松さんは一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔を見せた。



「それなら、空いてる席があれば、今日の上映分を買えばいいんじゃない?」



「……そうだな」



 受付に空席を尋ねると、ギリギリで二席確保できたのはいいものの、かなり端の席だった。



「せっかくのデートなのに、俺、何やってんだよ……」



 そんな後悔を抱えながら、俺たちはポップコーンを手にして劇場へ向かった。


 上映が始まるまでの間、劇場の雰囲気に飲まれそうだった。暗い中、周りを見渡せば、カップルだらけ。どいつもこいつも、肩を寄せ合ったり、ひそひそ話をしたりして、いかにも「デート」って感じだ。


 一方で、俺はと言えば、緊張しすぎて白松さんと目も合わせられない。隣に座っている彼女は、ポップコーンを一口つまんで、画面に流れる予告編を楽しそうに見ている。



「こんなデートで、楽しんでくれてるのか……?」



 不安と焦りが頭をよぎる。


 上映が始まると、物語の展開に少しずつ引き込まれていったが、それでも時折、白松さんの横顔が気になって視線が泳ぐ。


 映画が終わり、劇場を出ると、俺はとにかく白松さんに感想を聞こうとした。



「どうだった? 面白かった?」



「うん、とても良かったよ。桜井くんと一緒に観られて、楽しかった」



 その一言に、俺は少しだけホッとした。



「本当に? チケット手配ミスったり、端の席だったりして、申し訳なかったけど……」



「そんなこと気にしてないよ。私にとっては、それも含めて楽しい思い出だから」



 彼女の言葉に、胸の中にあった緊張が溶けていくようだった。



「じゃあ、また一緒に行こう。次は、絶対に完璧に段取りするから」



「ふふ、それも楽しみにしてる」



 彼女がそう笑う姿を見て、俺は「何とか失敗をリカバリーできたかな」と安堵した。




 しかし、家に帰った途端、体に重たい疲労感が押し寄せてきた。緊張しすぎたせいか、全身がだるく、頭も重たい。



「楽しい一日だったはずなのに……俺、ちょっと張り切りすぎたのか?」



 ベッドに倒れ込むと、映画館の中での彼女の笑顔が浮かんできた。



「次は、もっと余裕を持って楽しめるといいな……」



 そう思いながら目を閉じるが、体がなかなか休まらない。


 少しずつ、こうした疲れが積み重なっていくことに、俺はまだ気づいていなかった。


 そしてこの日、俺が無意識に抱えたストレスは、やがて俺の日常を少しずつ蝕んでいく第一歩だったのかもしれない。



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