バーガーショップの長い夜(後)
事件が収束し、店内に残っていた緊張感がようやく薄れていく。
警察官たちは迅速に現場を確認し、俺たちに事情を聞き始めた。
「強盗が入ったのは何時頃ですか?」
「最初にどういった言葉を発してきましたか?」
冷静に答えようとするものの、事件の記憶がフラッシュバックして背筋がゾクッとする。
隣では鈴木が「いやー、マジで怖かったっす」とか言いながらも、要点をしっかりと説明していた。
「お兄さん、結構冷静だったみたいだね。普通、あんなに話せないもんだよ」
警察官にそう言われると、鈴木は照れくさそうに頭をかいた。
「いや、もうビビってましたよ。でも、あいつがこっち向いてる間に桜井が動いてくれると思ってたんで」
「ああ、君が警察に通報したのか?」
警察官が俺に目を向ける。俺は小さく頷きながら言った。
「はい。でも、鈴木があの場を引きつけてくれなかったら、俺も動けなかったと思います」
「おいおい、もっと褒めてくれていいんだぜ?」
鈴木が冗談めかして言い、警察官も苦笑する。
一方、白松さんも震えた声で外からの様子を説明していた。
「私……外から警察に電話しました。でも、何もできなくて……」
「十分だよ。中に入らなかったのは賢明な判断だった」
警察官の言葉に、彼女は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。
事情聴取を終えて店を出ると、夜空には無数の星が輝いていた。
冷たい風が肌を刺し、まるで現実に引き戻されるような感覚がする。
「いやー、今日はすげぇ日だったな。俺ら、マジで命がけでバイトしてんじゃね?」
鈴木が手をこすりながら言う。
「お前が話しかけてなかったらどうなってたか分からないけどな」
「いやいや、俺だけじゃなくて、桜井だってちゃんと動いてただろ。チームワークだな、俺たち」
鈴木が片手を上げる。
いつもの軽口なのに、今は妙に頼もしく感じた。
ふと隣を見ると、白松さんが俯きながら歩いている。
「どうした?」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げ、小さく首を振った。
「……私、あの時中に入ろうとしちゃった。桜井くんに止められなかったら……どうなってたか分からない」
その声には後悔と自責の念がにじんでいた。
「でも、外にいてくれたおかげで警察もすぐ来たし、俺たちだって助かったんだ」
そう言ったものの、彼女の表情はまだ晴れない。
「……もっと、できたはずなのに」
鈴木が立ち止まり、白松さんの肩をポンと叩く。
「お前さ、考えすぎだよ。俺たちは生きてる。それで十分だろ?」
「……でも」
「ほら、白松が安全に見ててくれたから、俺たちは何とか耐えられたんだ。これ、マジな話な?」
鈴木の軽口に、白松さんはようやく小さく笑みを浮かべた。
「ところで鈴木、お前今日、なんであんな冷静だったんだ?」
家の近くまで来た時、ふと気になって尋ねると、鈴木は意外にも真剣な顔をした。
「いや……実はさ、昔、似たようなことあったんだよ」
「え?」
「あの時は、俺の親父がいたんだけどさ。飲食店やってて、強盗が入ったんだよ。俺、厨房で隠れてただけで、何もできなかったんだ」
鈴木は少し照れたように笑いながら続けた。
「でもさ、親父が言ったんだ。『生きてりゃそれで十分だ』って。だから今日も、俺たち全員生きてりゃそれでいいって思ってさ。少しでも役に立とうと思っただけだよ」
「……お前、たまにはいいこと言うんだな」
「俺はいつもいいことしか言わないだろ?」
そう言って、またいつもの調子に戻る鈴木。
俺は苦笑しながら、「お前はほんと、すげぇよ」と呟いた。
家に帰った俺は、部屋のベッドに倒れ込み、静かに目を閉じた。
今日のことを思い返す。
あの緊張感、冷たい汗、震える手の感覚。
それでも乗り越えられたのは、鈴木がいたから。
白松さんが外で見守ってくれていたから。
俺は一人じゃなかった。
――翌日
学校では、何事もなかったかのように普段通りの時間が流れていた。
クラスメイトたちは事件のことなんて知る由もなく、いつも通りの笑顔で話している。
昼休み、俺は鈴木、白松さんと3人で机を囲んでいた。
「でもさ、強盗の顔、ちょっと怖すぎたよな?」
鈴木が大げさに言う。
「そりゃ怖いに決まってんだろ」
俺は苦笑しながら返す。
「でも、あの時の桜井くん、めちゃくちゃ真剣な顔してたよ」
白松さんがふと呟く。
「……そりゃ、命かかってたからな」
「でも、そのおかげで助かったんだよね」
彼女が少しだけ微笑んだ。
俺は、昨日のことを思い出しながら、静かに頷いた。
「……まあな」
外の風が、穏やかに窓を揺らしていた。