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背中の真相


 教室の扉を開けた瞬間、鈴木がニヤニヤしながらこちらに近づいてきた。昨日に続いて今日も、彼の顔には何かを知っている人特有の含み笑いがあった。



 「桜井! 元気になったか? お前、知らんだろうけど、ホームルームで白松がめちゃくちゃお前の話してたぞ!」



 「……え、何だそれ?」



 いきなり何の話だ? 驚いて鈴木の顔をまじまじと見る。まだ熱が完全に下がりきっていない頭で、昨日のクラスの妙な空気を思い出す。



 「先生が『誰か桜井に連絡取れるか?』って言ったら、白松が真っ先に『私が電話します』って手を挙げたんだよ。それだけじゃない! 『桜井くんはいつもクラスのために頑張ってるから心配です』とか、妙に熱く語ってたぞ。あと、『微妙な関係にあって』って正直に言ってたしな!」



 「……微妙な関係?」



 さすがの俺も、思わず反応してしまう。あの電話は、クラスでの話し合いの結果だったのか。白松さんが自ら手を挙げて、俺に連絡しようとしてくれたなんて。そして「微妙な関係」と言ったというのは、一体どういう意味なのだろう。



 「なあ、桜井。それ、どういう関係なんだよ?」



 ニヤニヤが止まらない鈴木の顔を横目で見ながら、周りを見渡すと、教室の端っこにいる白松さんと目が合った――気がした。だが、彼女はすぐに視線を逸らし、俯いてしまう。その頬がほんのり赤くなっているのが見えた。昨日、隣の席で感じた彼女の優しさが思い出される。



 「……とにかく、あいつお前のこと大事に思ってるっぽいぞ?」



 鈴木がポンと俺の肩を叩く。その言葉に、なんとも言えない感情が胸を占めた。



 「鈴木、サンキュな……」



 「いいよ、お前ら応援してるから」



 鈴木は軽く肩をすくめると、自分の席へと戻っていった。教室の空気は昨日と同様、何か特別なものを含んでいる。みんなが俺と白松さんのことを知っていて、そっと見守ってくれているようだった。



 昼休み、白松さんを探しに図書室に向かった。昨日、彼女が昼食時に一人で出て行った先は、もしかしたらここなのではないか——そんな直感が俺を導いた。


 奥の窓際で本を読んでいる彼女を見つけ、少し躊躇しながら声をかける。窓から差し込む光が彼女の輪郭を優しく照らしていて、一瞬息を呑んだ。



 「白松さん、ちょっと話せる?」



 彼女は驚いたように顔を上げた。その瞳に、一瞬の戸惑いと、何かの期待が交錯するのを見た気がした。



 「……どうしたの?」



 「ホームルームで、俺のこと話してくれたんだって?」



 その言葉に、白松さんの顔がみるみる赤くなった。彼女は目を逸らし、少し戸惑ったように本を閉じる。その仕草に、昨日教室で感じた彼女の物憂げさが思い出された。



 「……気にしないで。ただ、みんなにちゃんと話しておいたほうがいいかなって思っただけ」



 「でも、なんでそこまでしてくれたんだ?」



 俺の問いに、白松さんは一瞬考えるように間を置き、小さくため息をついてから答えた。その間、昨日感じた特別な空気感が、今もこの図書室に漂っていた。


 「桜井くんがいない間、みんな心配してたの。私も……どうしていいかわからなくて。だから、正直に話したほうがいいかなって思ったの」


 その言葉に込められた彼女の迷いと決意が伝わってくる。



 「嬉しいけど……正直、ちょっと恥ずかしいよ」



 苦笑いを浮かべて本音を漏らすと、白松さんはぽつりと呟いた。



 「……じゃあ、嫌だった?」



 その言葉に、一瞬、心臓が止まりそうになる。彼女は不安そうに顔を上げ、俺の目をじっと見つめてきた。その瞳には、言葉にならない感情が込められている。昨日、教室で交わした「みんな、桜井くんのこと気にしてるよ」という会話から、何かが確実に変わり始めている。



 「嫌だったわけじゃない。ただ……びっくりしただけだよ」



 そう答えると、彼女は少しだけほっとしたように笑った。でも、その笑顔はどこかぎこちなく、胸がざわつく。昨日見た、彼女のふんわりとした笑顔とは少し違う、緊張感のある表情だ。



 「桜井くんが無事でよかった。それだけ」



 小さな声で言いながら、彼女はふと俯く。そして、何かを決心したように再び口を開いた。窓からの光が彼女の横顔を照らし、まるで何かの前兆のように感じられた。



 「ホームルームで話したのも、実はすごく勇気が必要だった。でも……誰かに分かってほしかったんだ。桜井くんがどんなに頑張ってるかってこと」



 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。俺が頑張っているなんて、自分では思ってもいなかった。昨日の「桜井くんは自分が思っている以上に、すごく頑張ってるよ」という彼女の言葉が蘇ってくる。



 「俺……頑張れてるのかな?」



 そう尋ねると、白松さんは優しい笑顔で頷いた。



 「うん。桜井くんは……自分が思っている以上に、すごく頑張ってるよ」



 その言葉が、静かに胸に染み渡る。バイトに学校に追われる日々、それでも何とかこなしてきた自分。彼女はそんな俺の姿をずっと見ていてくれたのだ。だが、次の瞬間、彼女の口から出た言葉に、心がぎゅっと掴まれた。



 「……あのね。もう一度言わせて。私、桜井くんに『別れたい』って言ったとき、本当は……止めてほしかったの」



 息が詰まる。あの日の記憶が鮮明に蘇る。寒空の下で、彼女が俺に言った言葉。そして俺がすぐに受け入れてしまったこと。



 「でも、桜井くんはすぐに『分かった』って……そう言ったから。だから、私たちの距離が本当に離れてしまったように感じて、怖かったの」



 彼女の声は小さく震えていた。昨日、彼女が「ただ応援してるだけ」と言った言葉の裏には、こんな感情が隠されていたのか。



 「桜井くんに迷惑をかけたくないって思ってたけど……本当は、ただ一緒にいてほしかっただけなんだ」



 その言葉に、胸が痛くなる。俺はなんて馬鹿だったんだろう。彼女の本当の気持ちに気づかず、あの日、あっさりと引き下がってしまった自分が情けない。熱で倒れたのも、心のどこかで彼女への思いがあったからなのかもしれない。



 「俺も……白松さんのことが大事だった。でも、自分のことばっかり考えて、君の気持ちをちゃんと見ようとしてなかった。……ごめん」



 そう伝えると、白松さんの目に涙が浮かんだように見えた。窓から差し込む光に、その涙がきらりと光る。



 「桜井くん……ありがとう」



 彼女のその言葉に、また胸が温かくなった。昨日から続く、クラスの特別な空気の理由がようやく分かった気がした。みんなは、俺たちの関係がどうなっているのか知りたかったのだ。そして、応援してくれていたのだ。


 俺は静かに息を吸い込む。そして、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。



 「俺……もう一度、ちゃんと君と付き合いたい」



 白松さんは驚いたように目を見開き、少しの間そのまま固まっていたが、やがて小さく頷いた。


 その表情には、確かに微笑みが浮かんでいた。ほんの少しだけど、それは間違いなく、希望の光だった。昨日見た彼女の物憂げな表情が、今、晴れやかな笑顔に変わろうとしている。



 「桜井くん、ありがとう……私も、もう一度ちゃんとしたいな」



 その言葉に、俺の中の何かが解き放たれたような気がした。熱があったせいで体は少し弱っていたけれど、心は確かに強くなっていた。白松さんとの新しい始まりを、俺はしっかりと掴み取りたいと思った。


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