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終章 45

 ヴァイス・シュツルムが投下されたのは、ベーゼル空戦隊の中央にアルベール・フォンク達が大きく穴を開けた時であった。

 アルベール・フォンクに率いられた部隊は、敵中に入り込むと、中央から蹂躙し、徐々にその輪を広げていったのである。さらに、アルベール・フォンクは、ベルンハルトが居るであろう場所に目星をつけていたのだ。

 スクランでは見たことも無い巨大な砲車や自走する砲車群に囲まれ、周辺を戦車で固められた一際大きな装甲車。これに、恐らくベルンハルトは座乗しているのであろう。もしも囮であったなら、それは敵が上手だという事だ。

 フォンクに率いられた空戦隊は、少数であっても常に獲物を追う狩人であった。

 獰猛な鷲が小鳥を追い払うかの如く、ベーゼル機を追い散らし、ベルンハルトが座乗しているであろう装甲車の上空を制圧してゆく。

 もっとも、ベーゼル側の思考からすれば逃げるのも当然である。暫く待てば、増援が来るのだ。彼等にすれば、ただ、耐えれば良い。まして、敵を地上部隊から引き離さなければならない以上、外へと向けて飛ぶことは至極当然なのだ。

 それゆえアンセルム・エナルは、追われるベーゼル軍と追うフォンク軍の中央に、輸送機の巨体を悠々と曝す事が出来たのである。

 __そして、ヴァイス・シュツルムが二発、投下された__

 ヴァイス・シュツルム投下直後の光景を、アルベール・フォンクは現実のものとして受け止める為に、僅かの時間を要した。

 着弾点では、閃光が弾け、円形に光の輪が出来た。その後、周囲の敵兵が次々と動かなくなってゆくのだ。

 だが、空での戦闘は依然として続いている。アルベール・フォンクは視線を正面の敵機に向けると、機銃を放つ。

 敵機は、回避する機動もおざなりに、ただ茫然としたかのように地上に落ちて行く。恐らく、敵も同じく、眼下の光景を目にしていたのだろう。ただ、自失していた時間がアルベール・フォンクよりも長かった、ということだ。

 上空から眺めていると、まるで操り人形の糸が切れたかのように、人が次々と崩れ落ちてゆくのだ。俄かには信じがたい光景であった。

 アルベール・フォンクは、機首を下げ、地上一〇〇メートル付近まで降下する。

 ヴァイス・シュツルムの効果範囲がどれ程かは分からないが、地上から一〇〇メートル以上離れて効果があるとも思えない。仮に、もし効果があったとしたならば、これ程の行為をした報いである。その時は潔く死ねばよいのだ。

「ベーゼルの血を引く者ならば、”アレ”で死ぬ事は無い」

 そう、ヴァイス・シュツルムについて、イレーネから聞いているアルベール・フォンクである。ならば、ベルンハルトはまだ生きているはずだった。そして、彼を倒す最大の機会が今なのだ。

 慎重に機体を操り、敵を翻弄しつつベルンハルトを探す。

 無論、程なく皇帝は見つかった。

 目星をつけた巨大な装甲車から程近く、草原をよろける様に歩き、茫然としている黄金の髪を持った人物。アルベール・フォンクにとって忘れるはずも無い、ノエル・アジェの仇でありイレーネ・フランツを攫った男だ。

 復讐心などという陳腐なものが自分にもあるのだ、と、アルベール・フォンクは歪む口元を自覚して自嘲した。

 それから指に僅かの力をかけ、忠実に発射される機銃弾と、直後、眼前に飛び散る肉片を確認して、「ふぅ」と息をつく。

 真紅の機体を上昇に転じると、陽光が煌き、アルベール・フォンクの褐色の瞳を焼いた。

 アンセルム・エナルの輸送機に群がりつつある敵機を蹴散らすと、アルベール・フォンクは撤退の信号弾を上げる。

 敵も味方も、パイロット達は茫然自失の体であろう。戦闘は散漫であり、凄絶とは程遠い。ただ、輸送機にだけは、この惨状を作り出した元凶との認識があるのか、一部強引に殺到する部隊があった。

 だが、アンセルム・エナルが上昇をかけると、それを追えるベーゼル機はおらず、また、アルベール・フォンクと部隊の奮闘もあり、無事に輸送機は戦場を離脱した。

 こうして、フォンク軍の対ベーゼル戦は集結した。

 終わってみれば、フォンク軍の損害は十二機。対してベーゼル軍は、二個軍団を失い、戦闘機も三十機余りを失った。何よりも、皇帝であるベルンハルトを、その戦場において倒されたのである。

 まさに、アルベール・フォンクの圧勝であった。

 

 快晴のナントから飛び立ったイレーネ・フランツは、やはり快晴の空の元、ジョセフ・ジョレスの布陣を上空から眺めて唖然とする。

 包囲されつつある、或いは、包囲されていた。

 どちらかは判然としないが、前者であれば困るし、後者であれば、敗北の後である。

 状況は、後者であった。

 包囲された事を悟ったジョセフ・ジョレスが即座に突出した部隊を引き戻し、代わりに自軍の両翼を広げて敵をさらに包囲せんとしたのだ。

 しかし、元々兵力において劣るフォンク軍である。為に、予備兵力を全て使い果たしている状況であった。

 つまり、このまま包囲を脱せなければ、敗北が決定的になるのだ。

 当然、この状況で援軍が来るとすれば空から、である。

 無論、そんな事はランディ・ヴァレリアンに予測されていた。故に、程なくイレーネ・フランツの前方からは、銀色に輝く光点が現れたのである。

「敵も銀色、味方も銀色。目がちかちかして嫌だなぁ、まったく」

 左右の僚機を見渡して、溜息混じりにぼやいたイレーネ・フランツであった。

「まあ、どっちにしても、あれを片付けないと下を助けにもいけない。あんまり派手な運動は控えて……っと」

 エンジンの振動すら、今のイレーネには心地よく感じられないのだ。やんわりと腹部に手を当てて、イレーネは「ごめんね」と呟いていた。

 街の医者にも見てもらい妊娠が確実だと判明すると、イレーネ・フランツは、もはやすっかり母親の気分であったのだ。

 漆黒の機体を駆る麗人は、左右、僅かに後方に控えるコンラートとハンスに目配せをして、手を振り上げ、前方に下ろす。そして、自身もスロットルを開放し、眼前の敵に突入してゆくのであった。

 戦力比は、大よそ一対二である。

 此方の総力に対して政府軍は、こと航空機の数に関して、かなりの余裕があった。だが、パイロット達の技量では、明らかにフォンク軍の方が勝っているのだ。

 イレーネ・フランツは格闘戦を避け、その視力にものを言わせて一撃離脱戦法で次々と敵を屠る。手抜きと言えば手抜きだが、混戦の中ですらこの戦い方が出来るのは、背後を決して取られず、狙った獲物に気付かれることなく近づく技量が備わっていればこそである。誰彼となく真似する事など出来ないのだ。

 コンラートとハンスは相変わらず縦横に挑み、蹴散らし、食い散らかすように戦っているし、デジャンは、一つずつ丁寧に敵の背後を取り、屠っていた。

 空戦は、フォンク軍が優勢であるかのように思われた。

 しかし、戦闘が開始されてから二十分もすると、機体を青く染めた一団が彼等の眼前に現れ、状況が変わる。

 その数は、およそ一〇〇機。

 新たに現れた敵に対して、イレーネ・フランツは悠然と構える気にはなれなかった。

 明らかに、ブラッケの部隊である。

 元々、ブラッケは個人戦よりも集団戦を得意とする男だったはずだ。それが、青に染め抜いた部隊を率いて現れたならば、相応の意味があるはずだ。

 イレーネは、機首を青い戦闘機群に向ける。流石にコンラートとハンスも状況を察し、イレーネの背後につき従った。

 青い集団は、散開し、猛禽の如くフォンク空戦団に襲いかかる。

 彼等は、決して乱れることはなかった。二機で編隊を組み、それを崩さない。それだけならば、此方もそうである。しかし、二機で勝てなければ四機、六機、と状況に合わせて戦術を変化させるのだ。こうなると、元より戦力の劣るフォンク空戦団は、とたんに不利になる。

「強い……」

 見れば、イレーネの周囲では、銀灰色をした味方機が落とされる数が増えていた。

 コンラート・アスマンとハンス・バウアー、それにリオネル・デジャンが懸命に支えているが、状況はいかんともし難い。

 それでも打開策を考えつつ、イレーネ・フランツは周囲を見渡した。

 すると、眼下から立ち上る黒煙と入り乱れる機体に紛れても尚、燦然と輝く浅葱色の機体が右翼前方にあった。

 それは、容易く味方機を屠り、敵機を援護する。

 ヴォルフ・フォン・ブラッケに間違いなかった。

 ブラッケも漆黒の機体を見つけたのか、猛然と迫る。彼にとっても、漆黒の機体を駆るイレーネ・フランツを放置して自由を与えるつもりは無いらしい。

「面白い」

 知らず、イレーネ・フランツの口元が歪む。

 これ程までに愚直に、自分に正面から挑む者は、アルベール・フォンクだけだと思っていた。しかし、ブラッケは、それが出来るまでに成長したということだろう。

 互いに機銃弾の閃光を走らせ、近づくと機体の腹を向け合ってすれ違う。一歩間違えば、正面から衝突するような暴挙であった。

 すぐに旋回して、イレーネはブラッケの背後に回ろうとした__瞬間。

 俯き、腹部にイレーネは手を置いた。

「駄目だ、戦えない……!」

 イレーネは、旋回せず、もう一度多くの敵中に踊りこんだ。

(別に、ブラッケに拘る事は無い。多くの敵を落としても変わらないのだ)

 そう自分に言い聞かせて、ブラッケとの格闘戦を避けたイレーネである。

 他の敵ならばいざ知らず、今のブラッケが相手ともなれば、空中機動が尋常なものではなくなる。それがもたらす負荷を、イレーネは深層で恐れたのだった。

 悔しさに目を腫らしても、後悔はない。大切なものは、自分の誇り等ではないのだから。

 

 結局、航空戦は、フォンク軍が劣勢のまま終始する。

 青い機体以外の敵に対してはフォンク軍が優勢であっても、彼等が戦場に到達すると優劣が変わる。そんな事が、幾度となく繰り返されていた。だが、それでもフォンク軍の誇る撃墜王達は、彼等の蹂躙を許さず、果敢に突入することで何とか敗北に至る坂道を踏みとどまっていたといえるだろう。

 彼等の奮闘もあって、ジョレスもなんとか突出した部隊を戻し、陣形を整えて後退する事に成功した。

 航空団からの援護射撃は無かったが、反対に敵軍からの機銃掃射も無かった。それだけでも援軍の価値はあるのだ。

 そもそもの敗北は拭えないが、これならば再戦も可能であるし、敵軍も追撃はしないようである。

 もっとも、ランディ・ヴァレリアンが追撃をしてくるならば、手痛い逆撃を加える算段であったジョレスにとっては、むしろ残念な事であった。

 ともかくも、この戦いはジョレスの敗北で幕を閉じたが、ランディ・ヴァレリアンが止めを刺すには至らなかったということである。

「負けてはいない、よね」

 ブラッケから逃げた形になったイレーネ・フランツとしては、忸怩たる思いはあるが、何とか任務は果たせたのである。ブラッケを連想させる蒼穹に対しても、唾を吐きかける程の気持ちにはならなかった。

「いずれ勝負してやるよ」

 つまらない負け惜しみを言いつつ、ブラッケが迫ってきた時の威圧感を思い出し、イレーネ・フランツは、ふと自身に疑念を抱く。

(自分が万全だったとしても、今のブラッケに勝てるのか?)

 漆黒の機体の中で、大きく頭を振ってその思いを振り払う。

(自分に勝ちうる者が、アルベール・フォンク以外にいてたまるか!)

 気を取り直して、イレーネ・フランツは機首をナントに向けた。

 損害率で言えば、この時、フォンク軍の方が僅かにスクラン正規軍を上回っている。その意味では、地上でも空でも敗北を喫したと言っても過言ではない。

 とは言え、当初の目的は果たしている。ならば、問題は無いはずで「胸を張って帰還」は出来なくても、責められる程の事でもない。イレーネ・フランツは、部隊を大過なく統率し、戦ったのだから。


 

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