7話
「おい!」
「人が倒れてるぞ!」
遠くから誰かの声が聞こえた。
ぼんやりとした意識の中で、誰かに肩を揺さぶられる。
「大丈夫か!!」
返事をしようとした。
だけど声が出ない。
体も動かない。
空腹と疲労で、意識だけがどんどん沈んでいく。
「救急車呼べ!」
「早く!」
騒がしい。
だけど、不思議と嫌じゃなかった。
少なくとも、あの家に帰るよりは。
そんなことを考えながら、俺の意識は途切れた。
⸻
次に目を覚ました時。
見慣れた天井が視界に入った。
「・・・またか」
思わず呟く。
病院だった。
ついこの前まで入院していた病院と同じだ。
「目が覚めましたか?」
看護師さんが安心したような顔をする。
「二日近くまともに食事をしていなかったそうですね」
「・・・」
否定はできない。
「脱水症状もありました。病み上がりなんですから無理をしないでください」
無理をしたつもりはなかった。
ただ、どうしていいかわからなかっただけだ。
「ご家族には連絡してありますので」
その言葉に少しだけ気まずくなる。
家族。
正直、来てほしくない。
だけど他に呼ぶ相手もいなかった。
⸻
数時間後。
病室の扉が開いた。
義母か。
それとも義姉か。
どちらにしても面倒だなと思った。
だが、入ってきた人物を見て驚く。
「失礼します」
見覚えのある女性だった。
「・・・あ」
火事の後、病院で会った。
叶のお婆さんだった。
「こんにちは」
そう言って頭を下げる。
俺も慌てて頭を下げた。
「どうしてここに・・・」
「病院の方から連絡をいただいたんです」
祖母は苦笑する。
「ご家族に連絡はしたそうなんですが、すぐには来られないそうで」
「・・・そうですか」
不思議と驚きはなかった。
そんなものだろう。
「それで、もしご迷惑でなければと思いまして」
祖母はそう言いながら紙袋を取り出した。
ふわりと湯気が立つ。
「お粥です」
「・・・」
「食べられそうですか?」
湯気が立っていた。
温かかった。
ただそれだけのことなのに。
言葉が出なかった。
家を出てから二日。
まともな食事なんてしていない。
それどころか。
誰かが俺のために何かをしてくれたのも久しぶりだった。
視線を落とす。
情けないな。
助けた側のはずなのに。
今は俺の方が助けられている。
「・・・ありがとうございます」
気付けばそう言っていた。
祖母は優しく微笑んだ。
「こちらこそです」
⸻
しばらく静かな時間が流れる。
やがて祖母が少しだけ迷うように口を開いた。
「実は・・・」
「はい?」
「叶も来ているんです」
「・・・え?」
思わず聞き返す。
「会ってみますか?」
祖母は病室の扉を見る。
つられるように視線を向けた。
少しだけ開いた扉の向こう。
誰かが立っているのが見えた。
小柄な少女。
けれど病室に入ってくる様子はない。
ただ、こちらを見ているだけだった。
「・・・」
あの日。
炎の前で立ち尽くしていた少女。
助けたはずなのに。
一度もちゃんと話したことがない少女。
叶だった。
「無理にとは言いません」
祖母は静かに言う。
「叶もまだ色々と整理がついていませんから」
それは俺も同じだった。
何を話せばいいのか分からない。
謝るべきなのか。
それとも。
「・・・でも」
祖母は少しだけ笑った。
「会いたいとは言っていましたよ」
その言葉に。
扉の向こうの少女が小さく俯いた。
⸻
助けた少女との再会。
それは、大の止まっていた時間が少しだけ動き出す瞬間だった。
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