エピローグ ずっとそばにいた光
春の風が、庭を渡っていく。
木々は芽吹き、
陽射しはやわらかく、
屋敷には穏やかな時間が流れていた。
エリシアは、
庭のベンチに腰掛け、
本を閉じる。
最近、
夜に不安で目を覚ますことは、
ほとんどなくなった。
理由のわからない胸のざわめきも、
以前ほど、
彼女を縛らない。
消えたわけではない。
けれど、
もう、敵ではなかった。
——ここにある、とわかっている。
それだけで、
十分だった。
エリシアは、
そっと目を閉じる。
胸の奥に、
静かに意識を向ける。
「……ミラ」
声に出す必要はなかった。
けれど、
呼んだ。
風が、
一瞬だけ、
やさしく逆流する。
淡い光が、
空気の中に滲む。
「……ひさし……ぶり……」
以前よりも、
少し落ち着いた声。
少し大人びた姿の妖精が、
そこにいた。
「久しぶり」
エリシアは、
微笑む。
「呼んでくれて…ありがとう」
「どうか…した?」
「ううん」
エリシアは、
首を横に振った。
「ただ、
声を聞きたくなっただけ」
ミラは、
それを聞いて、
嬉しそうに光る。
ふたりは、
しばらく並んで座る。
言葉は、
なくてもよかった。
遠くで、
家族の笑い声がする。
その音を、
エリシアは、
ちゃんと現実として受け取れる。
——いなくならない。
——ここに、いる。
胸の奥で、
小さな子どもが、
そっと息をしている。
もう、
泣いてはいなかった。
「ねえ、ミラ」
エリシアが、
ぽつりと言う。
「私、
前はずっと、
ひとりだと思ってた」
ミラは、
首をかしげる。
「…いまは…ちがう……?」
「うん」
エリシアは、
ゆっくりと答えた。
「ひとりじゃなかった」
「忘れてただけで……
ずっと、
一緒にいたんだ」
ミラは、
それを聞いて、
静かに頷いた。
「……いまも……」
「うん」
エリシアは、
空を見上げる。
澄んだ青。
怖くない。
「これからも、
一緒に歩く」
「離れないけど、
縛られない」
ミラは、
その言葉を、
大切そうに受け取った。
「……それが……
ほんとうの……
まもる……」
エリシアは、
小さく笑った。
「そうかもね」
風が、
また、
庭を渡る。
ミラの姿は、
ゆっくりと、
光に溶けていった。
けれど、
消えたわけではない。
エリシアは、
胸に手を当てる。
そこには、
あたたかさがあった。
——治癒魔法は、
傷を消す力じゃない。
——忘れていた自分を、
思い出し、包み込む力だ。
エリシアは、
静かに目を閉じ、
そして、
歩き出す。
過去も、
今も、
その先も。




