2話・15 ”どんでん返し” 国道34号/03:00:02
次で2話最終話となります。5月5日掲載予定です。
やがて、点在していた民家すらも遠く景色の奥に消えて、見えてくる風景が田んぼ道ばかりになった頃。
間もなく国道に差し掛かるというところで、東雲十三は紙タバコに火を着けた。ライターをしまいかけたところで、助手席の”とら”に声をかける。
「とらさん、タバコは?」
「健康のためにやめた。俺のことは気にしなくていい。好きなだけ嗜め……」
「じゃあ、遠慮なく」
遠慮なくタバコを吹かす十三。
社用車の車内に、もくもくと煙が充満する。さすがに先輩に副流煙を浴びせるワケにもいかず、窓を開けた。
夜の湿っぽい空気が車内になだれこんできた。土の匂いをたっぷり含んだ匂いが鼻につく。雨が近いのかもしれなかった。
タバコのかぐわしい匂いと、迫りくる雨の匂いを感じながら、十三は呟いた。
「仕事、失敗っすね……」
「だな」
”件”たる人形たちは一体も回収できず、本部に連行するはずだった六王子は死んだ。
経費まで使わせてもらったわりに、成果はゼロ。サラリーマンとしては、頭の痛い結果となった。十三は憂鬱が湧いてきた頭を、空いている片手でぐしゃぐしゃと乱した。砂の粒が落ちてくる。けんもほろろだ。
「はーぁ……社長、怒るかな〜」
「怒りゃしねぇと思うけど、もしそうなったら俺も一緒に怒られるさ……」
──十三は、助手席に座る”とら”の横顔をチラと見た。
任務は失敗した。
商材になるはずだった”件”はなくなってしまった。
だが、社長から下されたもうひとつのミッションがあったことを、十三は思い出していた。
”とら”とコミュニケーションを取ること。
そちらは、どうやら上手くいったようだ。
十三は、吸っていたタバコを灰皿に押しつけてから、”とら”に笑顔を向けた。
「ありがとうございます、兄さん」
”とら”は一瞬だけ、驚いたように目を大きくしたが、「あァ」と照れ笑いを浮かべた。
この中田とらたろうという男、いつも真顔のせいで強面に見えるが、一度目元が和むと、親しみと愛嬌が顔を覗かせて、非常に魅力的に見える。ギャップ萌えというやつだ。
十三はヘッドレストに頭を乗せてリラックスする。
「は〜〜しっかし疲れた〜〜。早く社長に会いてぇな〜〜」
「お前は本当に社長が好きだな……惚れてんのか?」
「はい。……アッ」
力が抜けた結果、ナチュラルに本音を暴露してしまった十三。
”とら”は「ふふっ」と楽しそうに笑っている。
「知ってしまった……お前のトップシークレット……」
「やッべ〜〜……いや、まぁいいか。俺も兄さんのトップシークレット知ってるし」
「ん?」
「ノラ。兄さん、ノラ好きなんでしょ。グッズ集めるぐらいに」
「!?!?!?!?!?」
”とら”は助手席で、魚が跳ねたかの如く座席を揺らした。動揺のあまり、座りながら器用にずっこけたらしい。
「おっ!? おまえ……ッ! なんでそれを……!」
「いやバレバレでしょ逆になんでバレてないと思ったんですか。嫁もいない子供もいない。でグッズ集めてるならそれしかなくないですか可能性」
「お前……。名探偵じゃあねえか……。さすが大卒……」
いい加減”とら”節にも慣れた十三は笑い返し、
「今日の成果、ボロボロでしたけど、いいこともありましたね。ノラの限定巨大ぬいぐるみゲットしました、し……」
そこで、十三はようやく気づいた。
いない。
後部座席のセンターに乗せていた『ノラ』の巨大ぬいぐるみが、ルームミラーから見えなくなっている。
「あれ……ノラがいない。巡査を降ろしたときにはちゃんといたのに……。落ちたんですかね?」
「なんだと……?」
後部座席を振り返った”とら”が、悲壮な声をあげる。
「いッ……いない……ッ!? どこにもいねぇぞ! ノラッ! どこだッ!」
「一回、車停めて探します?」
”とら”が後ろに身を乗り出して探そうとするので、十三が車のスピードを落とした。
──そのときだった。
──キャハッ。
聞き覚えのある幼児の笑い声が、頭上から聞こえた。
「え」
十三は、フロントガラスの上部に視線を移す、と。
ルーフから、大きな猫型のぬいぐるみがひょこっと顔を出してきた。
「キ────ハハハハハッ! エハッ」
『ノラ』だ。
”とら”がスタンプを集めて取ったレストラン衣装の『ノラ』が、なぜかルーフにいて、ガラス越しに十三たちを見下ろしている。
──幼児のような笑い声をあげて。
「──ーッ!!!」
十三は、急ブレーキを踏んだ。
急停車した車のガラスを、ボヨンボヨンと大きな塊が滑り落ちている。
「兄さんッ! 外ッ!」
「あぁ……ッ!」
十三と”とら”は急ブレーキの衝撃から立ち直り、すぐさま車外に飛び出した。
車から落ちたばかりの『ノラ』のぬいぐるみが、すっくと立ち上がる。
その手には、見覚えのあるナタがあった。──組合長のナタだ。刃や柄に、べっとりと血がついていた。
「キ〜〜〜ルユゥ〜〜〜!」
二本足で屹立した『ノラ』が、ぶんぶんとナタを振り、威嚇してくる。
六王子が解放した、”件”の魂。ハングドマンによれば、人形や、仕置銃によって意識を失った人間などのヒトガタに入り込むことで、動き出したという。
『ノラ』もヒトガタ──ヒトガタ? ネコガタ? ぬいガタ?──である以上、入りこまれる隙があったのだろう。
盲点だった、というか、ノラの存在自体を忘れていた十三とは対照的に。
「か……」
『ノラ』の持ち主である”とら”が、何を言うのかと思えば。
「かわいい……」
顔を手で覆って、そんなことをのたまうので、「は?」と十三は思わずコイツ正気か、という目で見つめた、
その隙を、『ノラ』に突かれた。
『ノラ』は丸っこい体で跳躍すると、呆然としていた”とら”を蹴り飛ばし、そのまま馬乗りになった。
「キャッハーッ!」
歓声をあげて、ナタをもった小さな腕を振り回す『ノラ』。
強襲を受けた”とら”の頬に、一文字の裂傷が走った。
肌を薄く裂いた血が、周囲に飛び散った。
「ぐっ!」
完全に油断し、倒れた”とら”の顔に、珍しく動揺が走っている。
しかし、そこは人形や憑依体相手に大立ち回りをした”とら”だ。仕置銃はその腰のベルトに提げられたまま、抜こうとすればいつでも抜ける。今更、一体の”件”ぐらい、すぐに倒せるだろう。十三はそう思っていた。
だが、”とら”は反撃しなかった。
「ノラッ! やめてくれッ! 正気に戻ってくれ!」
己に凶刃を振り下ろす『ノラ』に対し、”とら”は致命傷こそ避けたものの、説得するばかりで反撃に打ってでない。防戦一方になっていた。
「兄さんッ! なにやってんスか! 早くぶっ飛ばしてくださいよ!」
十三は叫んだ。これまで、どんな相手にも容赦なく暴力をふるってきた”とら”が、ためらっている。
「出来ねェ……! 推しを殴るなんて……俺には、出来ねェッ!」
”とら”は、苦しそうに言う。
「ぬ……、ぬいぐるみなんですよッ! そいつは、ノラじゃなくて、悪霊の魂が入ったただのぬ、い、ぐ、る、み! なんてことないでしょお!?」
「無理なんだッ!」
『ノラ』から振り下ろされる刃物を必死に抑える”とら”の手元は、震えていた。たくましい腕には、いくつも防御創が出来ていた。
「ノラは……仕事が出来ない情けない俺を……いつも励ましてくれた……! ノラが一生懸命サバイブしてる姿に、独特の語録に、何度励まされたか……!! そんな、人生の師匠同然の推しを撃つぐらいだったら、俺が傷ついた方がいい……! 」
それを聞いた十三は。
「はあ”あああ〜〜〜〜?! なぁにトボけたこと言ってんスか〜〜!」
絆されるワケもなく、理解を示すワケもなく、激しく苛立って先輩を怒鳴りつけた。
「アンタがいなくなったら困るでしょお!? ゴミ捨てだって立派な仕事なんだから! 兄さんいなくなったら俺がミケさんのエナドリ始末しなきゃいけなくなるんスよ! やってらんないスよそんな暇ないッスよ! 社長だって寂しくなると思いますよ! たぶんですけど!」
「それは……なんとかお前が頑張ってくれ……!」
ところが”とら”に、説得が響く気配はない。
「……外道商売してれば、いつかは罰がくだる……! 今がそのときだったんだ……! 生きる元気をくれた最推しにやられるなんて、俺らしい最期じゃねぇか……! 今が俺の……ケジメをつける時だ……!」
「……ッ!」
”とら”の決意を聞いた東雲十三の、苛立ちがしゅんと萎んだ。
そして、決意した。
こんな──、こんなぬいぐるみごときに感情移入して、命まで投げ捨てようとする中田とらたろうという純粋なアホタレを、絶対に死なせるワケにはいけないと。
会社のために、社長のために、自分自身のために。
十三は、腰に提げたままの仕置銃を構えた。
”とら”の上でナタを振り落として暴れる『ノラ』に照準を合わせる。
だが、自信はなかった。先程、十三は憑依体相手に見事なクソエイムを披露したばかりである。
二発目をチャージする時間、そして『ノラ』に対してほぼ無抵抗な”とら”のことを考えると、──絶対に、外すワケにはいかない。
判断に後押しが欲しい。そう考えた十三は、スマホのAIに尋ねた。
「ハングドマン! なんかない?! この状況を打破する方法ッ!」
『あるよ。教えるね』
「本当!? どうやるの?!」
『まず、仕置銃の側面から、フィルムリールを外してね』
「……チャージしてくれるリールを? わかった!」
疑問に思ったが、十三には他に手段がない。そのままハングドマンの指示に従う。
仕置銃の側面のカバーを開けた。8mmビデオカメラにそっくりな仕置銃には、リボルバー銃のシリンダー部分にテープリールが格納されている。装填のメーターを示していたそこの部分が、カバーを開けて露になった。
十三は、カセットテープを外すように、フィルムリールを仕置銃から取り外す。
それを手に取ってから、十三はハングドマンに再び尋ねた。
「次は!? ハングドマン!」
『取り出したリールを、心臓にあててね。地肌に直接だよ』
「心臓!? ……わかった!」
疑問に思いながらも、十三は言われたとおり、シャツのなかに手を入れて、取り出したリールを心臓にあてた、途端、
ギュルギュルギュルギュル。
肌が吸われるような激痛が走った。
「イデデデなにこれ痛いっ!」
思いっきりつままれたような痛みを感じたのもつかの間、今度は身体全体に違和感を覚えた。
心臓がどくどくと脈打っている。急に貧血にでもなったのか、立っていられなくなった十三は顔を歪めて膝をついた。
「ハングドマンッ! なんか変……痛いッ! 痛いんだけどっ! なんか吸われてる気がするよ!?」
『──ハック成功。異常なし。バディハック進行。データインストール中』
「ねぇねぇねぇッ! 怖いってッ! まず質問に答えてッ!」
ぎゃあぎゃあ大騒ぎして痛みと戦っていた十三をよそに。
心臓にあてた仕置銃のフィルムリールに、お行儀よく収まっていたはずの磁気テープが、伸びて溢れた。
「へっ!?」
ぎゅるぎゅる。
手で思いっきり引き伸ばしたように、真っ黒な磁気テープがひとりでに伸びていく。一メートル、五メートル、十メートル。
せいぜい数メートル分しかないと思っていたテープは、みるみる伸びて地面まで到達する。
さらに伸びたテープが何重にも重なって、十三の周囲を囲っていた。
一定の長さまで伸びたとき、磁気テープは東雲十三の全身を、みるみる覆いはじめた。
「なになになにッ!? 怖い怖い怖──」
足元から昇ってきたテープは、十三の身体にまとわりつく。
あっという間に口元までテープで覆われた十三は、文字通り声も出せず、ヘビのように奇っ怪な動きをするテープをただ見ているしかなかった。
そうしている間に、両目を抜かし、頭の先から足元まで全身磁気テープに覆われたミイラ男ならぬテープ男が完成する。
──なんだこれ。
──どうなってんの。
──っていうか、オレ、傍目から見たら相当ダサくない?
「シノ……? お前、大丈夫か……?!」
『ノラ』に傷つけられている”とら”までが、呆然と十三を見上げている。
テープ男となった十三は、身動きが取れないでいた。
しかし、なんとか”とら”に呼吸は出来ていることを伝えようと、手で大きく◯を作ろうと思った、
瞬間、テープ男は地面を蹴っていた。
「──!!!?」
己の身体能力を遥かに超えた動きに、十三本人が驚き戸惑っている。
爆発的な脚力で『ノラ』に迫ったテープ男が、その勢いのまま、”とら”に馬乗りになっているぬいぐるみにストレートパンチを繰り出した。
殴り飛ばされた『ノラ』が、地面をボヨンボヨンと転がる。
「きっ??? りゅりゅー……?」
何が起こったのかわかっていない、といった様子で、戸惑った鳴き声をあげる『ノラ』の顔面は、半分凹んでいた。
「ノラっ……! なんてことを……!」
その様子を見ていた、十三のすぐ横で体を起こした”とら”も、悲鳴に似た声をあげた。
──まだ、標的は生きている。
十三の身体を固める磁気テープも──それに頭脳があるとしたら、だが──そう判断したらしい。
本体の意思とは関係なしに、再び加速しようと、構えを取った。
そのとき、本体、すなわち東雲十三がどしゃりと崩れて、前のめりに倒れた。
「モームリぃ……」
なんてことはない。テープ男の超人的な動きに、一般人の徹夜明け貧弱サラリーマンである十三の身体が耐えられなかったのである。
「キャッハー!!」
自分をぶっ飛ばしたテープ男が、自滅した。『ノラ』にとってそれは、千載一遇の好機だったに違いない。
スキップするようにぴょんぴょん左右に跳ねると、ナタをぶんぶん振って、うつ伏せに倒れた十三の元へ近寄ってきた。
「にいさーん……助けてぇ……殺されちゃうよお……」
こうなったら、頼みの綱は”とら”しかいない。十三は最後の手段、泣き落とし作戦に打って出た。
それでも、”とら”は首を縦には振ろうとはしなかった。
「シノ……! だが、俺は……」
「アンタ……アンタの推しが……人殺しになってもいいのか……? アンタ、自分の後輩を殺したぬいぐるみを、本当に推せるのかよ……」
疲労と筋肉痛で、息も絶え絶えになった十三が、なんとか訴える。
「──!!」
それでようやく、正気に戻った”とら”の目が、据わった。
「あぁ、そうだな、そのとおりだ……!」
中田とらたろうは、そう言って、ゆっくりと立ち上がる。
『ノラ』によって傷つけられ、逞しい腕や精悍な顔には夥しい血の痕が残っていた。致命傷は避けていたとはいえ、その失血量は、戦いに挑める状態とは言い難い。
にも関わらず、二本の足で立ち上がった”とら”の周囲には、オーラとでも呼ぶべき独特の圧が漂っていた。
周囲をビリビリと緊張させる威圧感は、最愛の推しへと注がれている。
ご機嫌なステップを踏んでいた『ノラ』が、剣呑な気配を察して足を止めた。
人形についた悪霊の魂でさえ、”とら”の持つ圧力に警戒していた。ナタをぶんぶんと振り、威嚇している。
「キルユー? キルユー!」
「おい……テメエ……。ちゃんと『ノラ魂』のアニメ、168話全話履修してきやがれ……! 俺の推しはなぁ……そんな物騒なコト、言わねぇんだよッ!!!」
”とら”の手に握られた仕置銃が、白い光に包まれている。
ギュルギュルギュルギュル。
”とら”の手の中で、フィルムリールがけたたましく喚き立てて回転している。すでに限界近くまでチャージされたエネルギーが、仕置銃の姿を変貌させた。
ハンドガンから、ショットガンへ。ショットガンから、ミニガンへ。ミニガンから、プラズマランチャーへと姿を変えた仕置銃の銃口を、”とら”は真っ直ぐに『ノラ』へと向けた。
「最大火力だ……ッ! 喰らいやがれ!!! 絶縁ッ!!!」
巨大な形態に姿を変えた仕置銃の銃身から、白い光が、瞬いた。
銃口から光の速さで迸ったエネルギーが、『ノラ』を撃ち抜く。
やがて、閃光が消えた。
光が収束した頃、『ノラ』の姿は、どこにもなかった。
仕置銃最大火力で放たれる力は、”件”を消し炭へと変えたのだ。
全てを終えた”とら”が、その場に膝をついた。
ゆっくりと腰を降ろし、長く息を吐いて、全身の力を抜いている。その手には、ハンドガン型の初期形態に戻った仕置銃があった。
「終わった……」
東雲十三も、それでようやく、収束を悟った。
『ノラ』を倒したことで、”かくし”からも脱出できたのだろう。
”かくし”から脱したら、傷は治るという。十三の、泣きたくなるほどの筋肉痛は徐々に和らいでいくのがわかった。
”とら”の全身についた切り傷も、時間が巻き戻るかのように消えていっている。
十三は立ち上がり、”とら”の元へ駆け寄る。
「……ノラ……」
”とら”は、意気消沈した様子で、目の前にある消し炭を見つめていた。
スタンプ50個。
ファミレスに通い詰めて獲得した『ノラ』のぬいぐるみは、炭になってしまっていた。
”とら”は大きな両の手のひらに、『ノラ』の消し炭を取った。愛する人の遺灰を抱えるかのように。
「俺は……推しを撃っちまった……。また……また、罪を重ねて……」
”とら”の声が、悲しく響いていた。
東雲十三にとっては、ぬいぐるみはどうでもよかった。
本当にどうでもよいことだった。
しかし、心底落ち込んでいる”とら”の姿を見て、ほっぽいてもおけなかった。
「兄さん」
十三は、”とら”の肩を叩き、こう言った。
「ファミレス、いきましょう」




