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ミニュイの祭日  作者: 月岡夜宵
前章 星降る夜(ニュイ・エトワレ)

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プール・フー・ループ1

 僕たちは今、バカンスで訪れているルルミア島、その海岸に位置する野外プールへ来ていた。じつは、リュートとカレンを誘うも仕事があるとかでふたりを連れてくることは叶わなかった。だがこうしてリュカ様と二人、海岸線を歩いていると、なんだか新鮮な気分だった。


 ここからでも別荘付近の山麓がみえる。

 山頂には水をたたえたケルト湖、あの夜不知火をみた場所だ。雲を吹き飛ばすほどの風が僕らの着衣をはためかせているから、今夜はきっとあの湖面も凪いではいられないだろう。


「海には近づくなよ」、口にしながらリュカ様がこっちを見た。その黒髪からのぞく凛々しい青い目が目の前の海を思わせる。海といえば、今日は高潮だという島内放送を思い出す。島の無線で流れるニュースではお天気のほかに、ラジオ番組もときどきやっているようだ。昨夜はみんなで夕飯後に放送を聞いたが、なかなか突っ込んだお悩み相談をしていた。食後でよかった。あまりに赤裸々すぎて、あやうく口の中のものを吹き出しかねないのだ。うん、やっぱり田舎には独自のコミュニティや文化があるなーと思わされた。


 気をつけながら岩場の上を歩く。先導するリュカ様のお召し物は、ワイシャツは薄いブルーをしていて、南国の花模様が描かれていた。そのパターンに合わせてズボンはダークグレーの半ズボン。サンダルを履き慣らす姿でさえ格式高い雰囲気があるのはなぜなのか。やはり血筋か、はたまた彼の風格がなせる業だろうか。

 対する僕はといえば、花の模様は同じでも、赤や黄色といった花芯や花弁が描かれ、リュカ様のものより派手な半袖シャツをはおっていた。下半身は発色のよいグリーンの半ズボン。無人の小屋で着替えるからと手には水着の入ったかばんを持っているので、大荷物だ。


「だれもいないな。ま、この風じゃあしょうがないか」


 遠い防波堤には黄色い旗がつられている。そうして到着したプールには彼の言うとおり、人気はなかった。

 このプールは海とつながっているため、潮の満ち引きまで、外海に左右されるようだ。面白い具合に荒波が寄せては返していた。手を入れるとつよい引きにもっていかれそう。


「泳ぐのは難しそうだな」

「残念ですね……」


 ここまで来たのはいいが、もともとリュカ様は監視役で、僕が入るのを見守るつもりだった。だからこそ、リュートやカレンを理由は説明せず誘ったのだが、断られてここに至る。この波なら誘わなくてよかったかもしれない、とんだ無駄足だったなー。


 ふと、リュカ様の様子を振り返る。彼は神経質そうに海岸線をみつめていた。それが、なにか考え込むように気が晴れない顔をしているなと僕には思えた。いつになく思いつめている様子に、僕も神妙に立ち上がった。


(リュカ様……不機嫌そうだな。やっぱり連れてくるべきじゃなかったのかも)


 そんなことを考えていたら、いつの間にか、気が抜けていたらしい。油断して見ていた僕は、やっぱりという展開で――、足を踏み外した。滑った靴底の感触、ドボンと水に片足を突っ込む感覚。体を這いずる浮遊感に背筋が凍ると、やがて半身をもっていかれた。


 僕の身体は背後の海へとゆっくり傾いていった。




 さいごにみえたリュカ様は、「あっ」という驚いた人の、普遍的な反応を示していた。ごく自然な反応で、それがよけいに……なんだろ、おかしく思えたのかな。口を半開きにして、目は二度瞬いてって観察する余裕すらあった。こんな時だからか、つよく印象に残ったんだ。ああ、リュカ様も人の子なんだ、って。


 ――なんでか、伸ばした手は空を切った。


 盛大なざっぱあんという音とともに感じる水温。落下したのが夏でよかった。だが、力強い海流にもっていかれそうになる。おもったより波が高いぞ。これはヤバイかもしれない。


「ぷはぁ」


 こころもとない感覚で、立泳ぎを試みる。ついさっき、あまりの波しぶきにみえた海中は暗く、深い穴ぐらに吸い込まれそうなイメージがして怖かった。思わず海面に顔を出し、嫌な想像を振り払う。それでも負けじと水が吸い込むように覆いかぶさってくる。


 海と陸の境界線をみた。さいごに見えたリュカ様の唖然とする表情、僕の名を呼んでいた彼は、いなくなっていた。


(どこ!? ん……あれは?)


 なにか浮いているぞ、と思い、慌ててその物体に駆け寄る。近くでみつめると、それはほかならぬリュカ様の着衣ではないか。花模様のパターンこそ見えないが、間違いない。

 そういえば落ちる前、リュカ様はすごい表情をしていなかったか? ……まさか。


(僕をおいかけて……? リュカ様……ッ!!)


 血の気がどんどん失せていく。シャツは丸くなるように海面に出ていて、背中は見えても、彼の頭や腕はみつからない。悲鳴をあげ、僕はあわてて漂流するリュカ様をクロールで追いかけた。


 疲労とショックのせいで腕や足をとられる。もつれるように、やっとの思いで僕は()()をつかまえた。軽い……? という感想のあと、掴んだ中身をこわごわ確認する。そこには、彼が羽織っていたシャツではなく、くしゃくしゃになった買い物袋があるだけだった。


(なんでだ?)


 袋に気取られたせいで体力を余計に消費したことに気づく。放心してしまったが、ともかく、彼はここにはいない。どうやら僕のようにドジをして海に落ちたわけではないらしいと知る。よかったと思って、気を取り直すことにした。僕は自分で思う以上に混乱していたらしい。落ち着けと胸で何度か唱えた。


(ひとまず冷静に…………。って、登るとこどこだ!?)


 しかしこれが手こずる。なかなか岸にあがれそうな岩場がみつからないのだ。舗装されたのは岸の内部で、外部はむき出しの岩が切っ先を構えている。鋭い見た目に躊躇していると、どんどん自分が流されていることに気づいた。このままでは……、手こずっている間に島から離れてしまうかも!

 危ないと思いながら岩に手をかけようとしたその瞬間、ごほっ。

 荒波に叩きつけられる。頭から沈んでなかなか上がれない。あがるすきすらみつからない激しいうねり。軽いパニックに陥る。

 さっきまではなんとか泳げていたのがうそのようだ。口から水が入って、さらに波が次々と襲いかかる。ぐるぐる回る海流が冥府へと誘う水先案内人のようで、僕は戦慄から震えが止まらない。


 水着ではない着衣が、水を吸って重い。どうしようもない焦燥感と疲労から、まともに抵抗するのが困難になって来た頃、ほんのわずかな光明が差した。


「ルナ!!」


 一瞬だが、体が波の影響で浮上したのだ。


 とっさに聞こえた、リュカ様の声。彼は蒼白ながらこちらに向かって目一杯叫んでいた。膝は屈して、もはや立ち上がれないほどひどい状態にみえる。そんな彼が何事か叫んでいる。聞こえたのは。


『脱げ!』


 リュカ様の助言を思い出す。


 再び頭から水中に引き戻される。かぶさる水量が半端ではない。彼の助言通りに実行しようとするが、うまくいかない。水の中でなかなか脱げない着衣に翻弄されながら、必死にもがいた。関節のことなんか構わず強引に腕を引き抜くとシャツが外れる。その勢いのまま、ズボンまで取り除いた。


 足りない、まだだめだ。泳いでいるには力を使いすぎた。せめて浮力だけでも――。


 と、ここで、ついさっきできた邪魔な代物を思い出す。自分のズボンを丸めるようにして、力強く海中を蹴った。いくら飛び上がっても人間では空は飛べない。それでも、海面に浮上した瞬間を見逃さず、空気を溜め込んだ。なんとか水風船を作る要領で簡易的な浮き袋の作成に成功した。


(よかっ……ぅ、まだだ! 安心するには早い)


 浮き袋でましにはなったが荒波のせいで流されるのは変わらない。く、どうすれば――!?

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