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私の周りには6人の男女がいる。
右隣から王子、眼鏡、コミュ障、ヒロイン、毒モブ、モブキングの順だ。
みんな顔から感情が抜け落ちているけれど、それは私も同じだろう。
「……それでは、投票を始めよう」
王子はひどく硬い声色でそう言った。それもそのはず。これで全てが決まるんだから。
これから始まる最後の課題。『狼を殺せ』。
本当にヒロインを選んでいいのか、私には分からなかった。
本当に、いいの?
証言台に置かれていたペンを持つ手が震えている。それは私だけではないようで、毒モブが一度ペンを取り落とした。
ヒロインは、真っ青な顔で立っている。もう涙は零れていないが、ひどい顔色だ。
王子から順に中心にある投票箱に紙を入れていく。全員能面のように無表情。人形みたいで怖い。かくいう私も、今は上手く表情を作れそうにない。
私が票を入れると、投票箱や砂時計、証言台は溶けるように消えた。
『最後の課題――』
その声が名前を言う前に、ヒロインの足元に鉄板が出現した。
走り出そうとするヒロインを逃がさないと言わんばかりに、前後左右には鉄の格子、頭上には足元と同じ鉄板が蓋のように被さった。
ヒロインは格子に掴みかかり「嫌だ!! 出してぇっ!」と掠れた声をあげた。
『クリアです! おめでとうございます!』
後半の『おめでとうございます!』は耳に入らなかった。『クリア』の声と同時にヒロインが発火し、瞬く間に火だるまになってしまったからだ。
断末魔。
そう表現する他ない叫び声が脳を揺らす。
油を含んでいない状態であれだけ燃えているのだから、あれも魔法なんだろう。
人間が焼死することなんてよくあること、ではない。火事だとガスや窒息死が多いらしい。
でも彼女は違う。どちらの理由でも死ねない。本当に、焼かれて死ぬんだ。
苦しむ声にのた打ち回る火の塊。
――あれを作り出したのは、私たちなんだ。
*****
目を開けると両親から痛いほどの抱擁を受けた。
よく見ると2人とも泣き腫らした目で、憔悴した様子だった。
私が寝ていたのは、王城の一室。
混乱する私をよそに、宮廷医師というおじいちゃんに検査が始まる。
精神的にも身体的にも疲労状態だから、よく休めとのこと。その為検査が終わってからも再びベッドに寝かされたので、こんがらがった頭を落ち着ける時間として活用することにした。
ヒロインが火を点けられてから、記憶がない。あそこから出た記憶もない。
幸か不幸か、ヒロインのあのショッキングな状態は覚えている。
両親には何も考えずにとにかく休め、と念を押されるが、考えたくなくても考えてしまうのだ。あの出来事を。それから、どうして今ここにいるのかを。
それから何時間か経った後、眼鏡が現れた。
事件のことで話したいとのことだったが、両親が「まだ落ち着いてないし」「2人きりはちょっと」と色々心配してくれる。
私のことを思ってそう言ってくれているのは分かったが、私も済ませたかったので了承する。
できれば関わりたくない。色んな意味で。
結果を先に言うと、ヒロインを除いた6人は全員脱出できた。
私はヒロインが燃えている最中に気を失ってしまったらしい。眼鏡は「無理もない状況だった」とフォローの言葉を添える。発火から絶命まで相当な時間があったようで、むしろ気絶していて良かったとすら言った。
彼女が燃え尽きた後、また1つ鍵が手に入り、全部で鍵は6つとなる。そしてあの声に従って校門を閉ざしている錠前に6つの鍵を差し込むと、一瞬の空白の後、全員夜中の学校の校庭に立っていたそうだ。私のことはモブキングが支えてくれていたとのこと。すみません。
もちろんそこにはヒロインを焼いたあの鉄の檻も、地下へと続く階段も、全てなかったらしい。
その直後、王子を探していた王国騎士団に保護された、という流れだそう。
王子が言ったように、彼女の家はとある国と関わりがあり、所謂家宅捜索が決行された。まだその結果は出ていない。
その国はこの国より高い魔法技術を持っており、私たちがいた「学校」もそれにより作り出された空間だったと推測されている。
あのデスゲームを行ったとされる人たちについては、まだ何も分かっていない。
ヒロインが死んだことから、彼女が狼――いや、トカゲの尻尾だと当てられたので私たちは助かったわけだけど、後味は全く良くない。悪い。
「それからこれは、あの場にいた全員に陛下からの命令です。『あの事件の内容は、例え身内であっても口外しないように』。関係者以外に知られると面倒な案件ですので。ご家族には追求しないよう言ってあります。万が一詳しい情報が出回ったらどうなるか、貴方なら分かりますね」
かくして、私の乙ゲーモブ人生史上最大の災難は幕を閉じた。
今後の予定としては、まずライラックのお墓参りに行く。残念ながら他の人のところへは行かない。ただ、王子や眼鏡、コミュ障が事件に巻き込まれた生徒たちのお墓参り、遺族のアフターサポートを出来る限り行うそうだ。お墓参りには毒モブとモブキングも同行すると言っていた。
それから、多少日程が遅れるけど卒業式。
当初の予定と違って、とても晴れやかな気持ちでモブ人生の卒業、というわけにはいかなくなったが、これでもう彼らと関わることもなくなるだろう。
これからは、モブではなく1人の女として、生き残った人間として、生きていく権利が私にはあると思う。
卒業式後すぐに届いた一通の手紙に、また人生を翻弄される。
そんなことを微塵も思っていない私は、今日もまた平和な1日を過ごした。
*****
概ね貴方の予想通りになりましたね。
ああ。彼女が残ったのは、私も意外でした。
それにしても良かったんですか。将来有能な騎士団副団長の息子と魔術師団員の息子を潰してしまって。それに彼女も。候補の1人にしてもおかしくない人柄でしたよ。あの子が泣くくらい、最期も立派でしたし。
彼らの家が不安分子であることに違いはないですが……恨むなら家を恨めってことですか。なるほど。
勿体ないからです。まあ、余計な火種がなくなったと考えれば安いものですが。
彼らはどうしますか。
実力で生き残った人です。頭の回転、身体能力、運の良さは高水準ですよ。
畏まりました。では、予定通り引き入れる手配を致します。墓参りには同行させるようにしましょう。
え? 卒業後すぐに、ですか。いいんですか、そんなにすぐに決めてしまって。貴方にとっても女性にとっても、人生の重要な選択肢なんですよ。
確かに彼女は多少抜けている部分はありましたが、地頭は悪くないし、勘も良かった。
へえ、だいぶいい線行ってたんですね。『どこか』の国の組織とはまた惜しい。
もう少し疑うのが早かったら……ですか。はは、鍛え甲斐のありそうな人材ですね。気に入るのも頷けます。
さあ。これで貴族界隈の反乱分子の末端辺りは掃除できましたね。婚約者候補も絞れましたし、ほんの少しの間は休憩できそうですね。主に一部の魔術師団員たちが。
……大変ではなかった、と言えば嘘になりますね。
いいえ。貴方のご慧眼は重々承知しておりますから。
この命尽きるまでお仕えしますよ――セルリアン殿下。