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5.「どうして騎士になられたのですか?」

「ふぅ~」


賑やかな会場を出るとそこには静かな暗闇が広がっていた。パーティーが行われた会場の外には大きな庭がある。中央にある噴水の音しか聞こえない静かな空間だ。空を見上げるとたくさんの星が輝いている。


「やっぱり疲れるなぁ」


私は噴水の近くのベンチに腰をおろし、背もたれによりかかった。


もっと社交的にならないと。と、さきほど思ったばかりなのにやっぱりだめだ。つい会場から逃げてきてしまった。王子の妃としては最低だ。


「はぁ~」


体の中にたまった緊張を一気に外に吐き出した。それから何度も息を吸っては吐き出し、新鮮な空気を入れていく。少しリフレッシュしたらまたすぐに会場へ戻ろう。今日はロブの奥さんとして隣にいないと。

でもきっとロブは私なんかいなくても大丈夫なのだろう。小さい頃からロブはその明るい性格からパーティーの中心にいた。彼の周りには自然と人が集まってくるし、笑いが絶えなかった。ロブには人を惹きつける不思議な力があると思う。


ここへ来る前に目にした光景を思い出す。ロブを取り囲む王女たちの顔はとても楽しそうで、彼を見つめる瞳はどれもうっとりとしていた。私も同じ女である。彼女たちのその視線にどんな想いがあるのかなんとなく気づいた。明るく気さくで優しくてかっこいい。みんなロブが好きなのだ。


自分の夫が他の王女たちと親しく話をしている姿を見れば普通ならまずは嫉妬をするだろう。しかし、私はそうは思わなかった。ロブの周りに集まる彼女たちにとても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

ロブを好きな人はたくさんいる。それなのに彼と結婚をしたのは彼のことをきっとこれからもずっと好きになれないこの私。しかも結婚相手の兄が好きで彼のそばにいたいがためにその弟と結婚をしたようなずるい女だ。


これで本当によかったのだろうか…。


ロブとの結婚は父親同士の約束で決まったものだから断ることはできなかったけれど、結婚をしても私はまだフィル様だけを想っていていいのだろうか。この結婚を決意したときは、ロブと結婚をすればフィル様のそばにもいられるしいつでも会うことができると期待していた。そんな考えをしていた自分がとても恥ずかしく思えた。


ますますパーティー会場へ戻りづらくなる。いっそこのまま終わるまでここにいようかな。と、思ったときだった。


「王太子妃様がこのような場所で何をしているのかな?」


突然、後ろから声を掛けられて慌てて振り向いた。


「ルーシー。パーティーはどうした?」


そこにいた人物に私は思わず大きく目を見開く。

現れたのは騎士の制服に身を包み腰には立派な剣をさした黒髪の男の人。フィル様だ。思わぬ人の突然の登場に私の心臓はドキンとはねる。


「また抜け出したのか?」


そう言って、フィル様は私の隣に腰をおろした。なんとなく私は少し隣にずれてフィル様との間にすきまを作ってしまった。


「少し息抜きをしたいと思っただけです」


フィル様の顔を見ることができない。私は俯きながらそう答えた。


「ロバートはどうした。奥さんをこんなところで一人にさせて、あいつはまた大きな肉でも食べてはしゃいでいるのか?」


その言葉に私は少しだけ顔を上げてフィル様を見た。しかし、フィル様の視線は上に向き、空を見上げているようだった。


「懐かしいな。昔からロバートはパーティーといえば肉ばかり食べていた。で、ルーシーはいつもこっそりパーティーを抜け出していたよな。こんなふうに」


上に向けられていたフィル様の視線が下がり私に向けられる。すると彼の横顔を見つめていた私の視線と重なった。


フィル様やロブのいる王宮でのパーティーは他のどのパーティーよりも居心地がよくて楽しかったけれど、それでもやっぱり人ごみの中は疲れてしまう。静かな空間に行きたくて私はこっそりと会場を抜け出しては、こうして今いるベンチに座りながら噴水を眺めていた。そのたびにフィル様が私を探してやって来て、こうして隣に座ってくれていた。

『王宮の中とはいえ暗闇で一人は危ないよ』と。

フィル様にとったら私はたぶん妹なのかもしれない。フィル様と初めて会ったときの私はまだ3歳で、フィル様は10歳だった。そんな小さいときから私を知っているフィル様から見た私は、本当の弟であるロブと同じ7つ年下の妹のような存在。きっと今もそういうふうに見られているのかもしれない。


「お前たちは変わらないな」


そう呟いてフィル様の口角が少しだけ上にあがった。他の人なら気づかないような表情の変化を私は絶対に見落とさない。

フィル様はロブとは違って感情をあまり表情に出さない人だった。笑顔にしても、本人は笑っているつもりなのだろうけれど、他の人からすればその表情の変化の違いに気付きにくかった。けれど小さな頃からいつもどんなときもフィル様のことを見ていた私にはフィル様のどんな小さな表情の変化にも気が付くことができる。


「フィル様は変わりましたね」

「俺は変わったか?」

「はい。……もう王子ではありません」

「ハハ。確かにそうだな」


フィル様にしては珍しく声を出して笑った。


こちらからは明るい会場内の様子をよく見ることができるけれど、きっと会場から外の様子は暗くてあまりよく見えないと思う。だからこうして私たちが二人きりでいることを誰も知らない。

このまま時間が止まればいいのにと思った。


「フィル様はどうして騎士になられたのですか?」


噴水を見つめながら、ふとそんなことを思った。

そういえばまだ聞いたことがなかった。なぜフィル様は王子である自分を捨て、王位継承権を放棄し、騎士となることを選んだのだろう。もしフィル様が騎士になんてならなかったら、第1王子のままでいてくれたら、私はフィル様と結婚することができたのに。昨日の結婚式も、今日のパレードも、パーティーも、私の隣にはフィル様がいたはずなのに。


「教えてくれませんか?」


私はフィル様を見上げた。背の高いフィル様の顔は座っていても私とは頭2つ分ほど上にある。


「ルーシー。それを聞いてどうする?」

「知りたいんです。どうしてフィル様は騎士になったのか。……ただ、それだけです」


聞かれたくなかったのだろうか。私になんて話したくないのだろうか。

フィル様は私の問いには答えずにしばらくは黙っていた。けれど、やがてゆっくりと口を開いた。


「守りたいものができたから、強くなりたかったんだ」

「守りたいもの…ですか?」


フィル様が守りたいもの。


「それは何ですか?」

「答えたほうがいいか?」


フィル様に問われて、私はコクンと頷いた。


「そうだな。ルーシーにとったらロバートのような存在かな?」

「ロブ…ですか?」

「そう。ルーシーはロバートが好きだろ?」

「…………はい」


いいえ、私が好きなのはフィル様です。とは、言えるわけがない。私の答えを聞いたフィル様は優しく微笑んで私を見つめた。他の人なら気づくことができない小さな笑みで。


「ルーシーはロバートに何かあったら助けたいと思うか?」

「はい」

「それと同じだよ。俺も好きな人に何かあれば必ず助けてあげたい。それには強くなる必要がある。守られる王子ではなくて、俺は守る側の騎士になりたかった。……大切な人を守りたくて」

「大切な人…ですか?」

「それは誰ですか?とは聞くなよ」


そう言って、フィル様は立ち上がった。


「ほら、もう会場の中に入りな。今日のパーティーの主役がいつまでもこんなところにいたらいけないだろう。俺も持ち場に戻るよ」


フィル様が私に背を向けて歩き出す。小さいとき、パーティーを抜け出した私を追いかけてきてくれたフィル様なら、しばらくこうして庭のベンチで一緒に過ごした後は必ず私の手をひいて一緒にパーティー会場に戻ってくれた。なのに、もうそうしてはくれない。私たちはそれぞれに会場へ入らなければいけない。私は王太子妃でフィル様は騎士なのだから――――。



お読みいただきありがとうございました!

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