第9話 ウツロ
アラトは知らなかったがリアンナは名前くらいは聞いたことがあったらしく、どうにもこの穴蔵の世界にはそういう集団がいるらしいことは分かった。
「そのウツロさんが何の用で?」
「俺たちはそのセリーという娘を回収しにきた」
回収という言葉を聞いて、ラウラが怒っている。話をしていた男も言葉の選択を間違えたのか、仲間にせっつかれていた。
「いや、すまん。この娘の父親が十層で怪我をしていたのを俺たちが保護しているんだ。俺たちはリーダーに頼まれて娘を迎えに来た」
なんでも、十層のゲートに血まみれで倒れていた男がセリーの父親のトッドだったという。
「そんなこと言われたって、あなたたちが本当に父親を保護しているという証拠はあるのですか」
ラウラの言うことは確かにもっともで、せめてセリーが分かるような何かを持っていればいいのだが、どうやらそれらしいものは何も持たされていないらしい。
「うーん。困ったな」
仕方ないし、これ以上騒ぎを大きくするわけにもいかないので、アラトは男たちに助け船を出した。
「それなら、俺たちをトッドのいるところに連れて行ってくれませんか」
男たちは顔お互いの見合わせる。どこか困惑しており、判断がつかないようだ。
黒い装備を身にまとい、歴戦の雰囲気を纏わせているくせに、なんだか仕事がいまいちできなさそうだ。アラトはなんとなく悪い人たちではなさそうなのだな、と判断したのだった。
この後食事をして、新しいスキルなどを馴らすために地下世界に侵入する予定だったが、セリーの父親であるトッドのところに向かうことになった。
男に連れられて、階層を降りていく。階層を降りていくと地上からの光がどんどん薄れていくのが分かる。
八層辺りになると逆にしたの方から明るい光が見えてきた。
地下世界でも見かけた精霊石が太陽の光の代わりに発光しているらしく、十層では夜になるまでまばゆいほどの光が照らされているだそうだ。
ラウラとセリーは手をつなぎながら歩いている。二人とも緊張しているのが分かった。
そういうアラトも初めて足を踏み入れる階層が、興味深かった。
十層ともなると気温がもっと変化するものだと思っていた。これだけ大きな穴を降りていくともっと暖かくなるか、あるいは寒くなるのか、変化があると思われた。足元から吹き付ける風が何処から来たものか分からないが、一定の温度を保たせている原因のような気もした。
専門家ではないアラトには分からないが、そもそも地球上にこのような巨大な穴が、地下何百メートルに及んでいるなどあり得ない。
自然と水がたまり海か湖などになっているはずが、そうはなっていない。
地下世界に限らず、もうこの穴蔵全体が、不思議な空間に繋がっているのではないか。
そんな疑問は尽きないが、いつのまにかアラトたちは、トッドがいるという場所まで来ていた。
アラトはあまり心配していなかったが、ラウラは悲壮感まで漂わせている。
ラウラの杖が震えるほどに握りしめているのに気が付くと、アラトも少し心配になった。
確かにこんなところで囲まれたら抵抗のしようはない。ラウラを連れてきたのは間違いだったかと後悔した。
「セリーは俺が連れていくよ。ラウラは何かあったらすぐ逃げてほしい」
小声でそう言うと、無言で首を振った。自分にはそんなことは出来ない、ということかもしれない。アラトは心配させまいと口にしたが余計に辛そうな顔をさせてしまった。
十層の小さな小屋のような建物の中にトッドは寝かされていた。
「お父さん」
あまり大きな声ではなかったが、セリーが周囲に聞こえるほどの声量を出したのは、アラトが記憶する限りこれが初めてだった。
「お前さんがこの娘の面倒を見てたのか?」
小屋に入ってきたのは暗い色の服装を纏った男たちのリーダーだった。
「俺は『ウツロ』のリーダーなんかをやらされている」
その男はオロフと名乗った。
オロフはそれほど身体が大きいわけでもないのに、なんだか威圧感があった。
アラトは自分がセリーの面倒を見ていたわけではないと、ラウラのことを話す。
「そうか。まあ、俺たちもこのトッドという男を詳しく知っているわけじゃないんだが、一応説明しておくか」
トッドは、数年前に妻に逃げられてから酒浸りの生活を送っていた。
借金もあり、なんとか金を稼がねばならないとなって、それまで軽く足を突っ込んでいた地下世界に、挑戦したのだという。
「まあ、この男はどうしようもない男だが、まだ悪に手を染めたわけじゃない。こっちとしてもこんな男を助ける義理はないんだが、娘も可哀そうだしな。そういう訳でこの男を連れて行っていくが、娘はどうする」
そう言われると、困るのがアラトたちだった。
トッドという男を知っているのはラウラだけだ。そのラウラでさえ、たまたま数日一緒に組んでいただけの関係だ。セリーとはそれなりの日数生活してしまった所為で、情が移ってしまっているのは確かだが、すべてを背負うほどの責任感があるわけでもない。
「分かりました。セリーも父親が傍にいるならその方が良いでしょうから」
「まあ、娘のことは心配するな。そう悪いことにはならないと約束する」
オロフはそこで一度言葉を切ると、アラトの方を見ながらニヤリと笑みを浮かべた。
「心配なら早いところ降りてくると良い。別のところで話を聞いた。若いやつで地下世界を降りて行こうとする奴がいるとな。俺たちは十五層で待ってるぞ」
オロフは、小屋から去っていった。
セリーは父親の様子を見てシクシクと泣いていた。セリーを慰めるラウラは、スキルを使用する。暖かい光のようなものがトッドの身体を包むと、トッドが苦しむ姿が少し和らいだように見えた。
そのことに気が付いたのか、セリーがラウラに抱き着いて泣いた。
その日は十層の宿に泊まることにした。十層の宿はさすがに金額も高く、その値段を聞いたラウラは青ざめた顔をしていた。
どうにもウツロのリーダーが気を利かせてくれたようで、一泊分の代金を代わりに支払ってくれることになっていたらしい。
リアンナはアラトと一緒の部屋に泊まろうとしたが、ラウラが連れて行ってしまった。今日はセリーと三人で一緒の部屋で過ごすらしい。
部下を連れて十五層に戻ったオロフは、椅子に座って煙をくゆらせた。
煙管から肺に入った空気が、自分の中を通り抜けていく。
熱に浮いた自分の頭が妙に可笑しくて、くつくつと笑った。
「今日はご機嫌ですね。リーダー」
「うるせえよ。面白そうなやつを見たからな」
椅子を引いて後ろの棚から、とっておきの酒瓶を取り出す。
それを見た部下のザットが、ワオと小さく驚く。
「まるで、深層を制覇したみたいだ」
「ちっ。つまらねえ冗談を言うんじゃねえよ」
美しい透明のグラスは、この街にも数少ない希少な高級品だった。それに酒を注ぐと琥珀の色に染める。
「そんなに期待できそうなやつだったんですか?」
「さあな。知らねえ」
「なんですかそれ」
「今日初めて会った奴だぞ。知るかよそんなこと」
「でも話には聞いていたんでしょ?」
「まあな。五層のワンダから聞いてはいた」
「ワンダって、あの鍛冶屋のドワーフですか?」
それ以外に五層のワンダなんかいやしないと、オロフは心の中でつぶやいた。そんなことよりも目の前のグラスの中身が今口の中に入ろうとしている方が重要だったから口にはしなかったが。
すっと入り込んで来るような芳醇な香りが喉を通り抜けると、身体をカっと熱くさせた。
「そいつは、まだまだ下に降りてくるつもりだ。そういう若いやつをみるとうれしくなんだよ」
「それで祝杯ですか。毎日が記念日だこりゃ。別にガキが地下世界に進むなんて珍しくないでしょ」
「うるせーぞ」
そう言いながらオロフはご機嫌だった。普段ならもっと軽口をたたいていたところだが、今日のところは許してやることにした。
そこらのガキとは違う気がしたのだ。なにか目的をもって地下世界を進んでいるような印象すらあった。軽く話しただけ。それでも何かが違うと思えたのはそんなような子供たちをたくさん見てきたからでもあった。
喉を通り抜けている酒の香りと、アルコールの酔いがオロフの気分を良くさせる。
しばらくは陰気な連中の顔を見ても許せそうな気がした。
アラトたち三人はセリーとお別れをしたあと、十層から階段を上りいつもの宿屋に戻ってきた。
ラウラは静かで少し元気がない。なんだかんだと言いつつセリーのことが心配なのだろう。
その日は休みにすることにして、五層に買い物に出かけた。五層に並ぶ店を眺めて、欲しいものがあれば買うつもりだった。
露店に売り出されている装備なんかも、種類は豊富でアラトたちが手を出せないような高価なものもあった。
「リアンナさん。こんなのはどうですか」
アラトをそっちのけで、リアンナとラウラは防具やアクセサリー類を覗いていた。貴金属などを使った髪飾りやアクセサリーも装備品としての効果がある。
中には能力が上昇したり、不思議な効果を持つものも存在した。
防御力が重要な鎧などの防具ならともかく、こういったアクセサリー類などは、そういった能力の上昇する効果によって価値が大きく変わるものが多い。
アラトもラウラたちが見ていた頭に着ける防具とも言えないような飾りだった。それでも効果が有用なら買う価値は当然あるが、これらは見た目ばかりで値段の割に性能はあまりよくないように見えた。
アラトは微妙な顔を浮かべたが、二人も本当に買うつもりはないようで観て周っているだけなのだと、考えることにした。
仮にそうでなかったとしても、自分たちのお金をどう使おうが自由なのだが、この装備を地下世界で装着している姿を見たとき、複雑な感情がアラトに押し寄せてくるのではないかと、少し心配になったのだった。
夜になって、いつもの食堂で食事を済ませる。
「今日はありがとうございました」
ラウラが妙にしんみりという。
「私は田舎の貧乏な男爵家の次女なんです」
アラトは驚いた顔を浮かべたが、ラウラは僧侶となって家を出たから貴族としての、籍はもうないようなものですと言った。
「周りともあまり馴染めず、僧侶になったのも家を出たかったという気持ちがあったからかもしれません」
お金のない貧乏貴族とは、かなり悲惨な生活を送らねばならないらしく、そのためにお金を稼ぐ手段を探していたのだそうだ。田舎の寺院は、そういった厳しい生活の中で生き抜く知恵や教えを広めているという。
「私には姉と弟がいます。弟はアラト君より少し上でしょうか。姉はこの間結婚することになったんですが、とても大変でした。姉の持参金を用意するのも一苦労なんですよ」
姉の結婚相手は、裕福な家の商人だった。一応貴族であるラウラの家であるから持参金を用意するのは男爵家が用意することになっいるらしい。
アラトはそういったしきたりのことはよく知らなかったが、地方や国によって変わるのだそうだ。
「相手は裕福な家ですから、形だけのものですけどね。だけど、その形だけのものですらうちには余裕がありませんでしたし、この後家を継ぐことになる弟のことも心配なんです」
それで自分は住んでいた家を出て、仕送りをするためのお金を稼ぎにこの巨大な穴、インフィリスに来たのだという。
「それでもうお金は稼ぎ終わったの?」
「いえ……」
「それなら、これからも一緒に地下世界に行ってくれると助かるよ。お願いできますか」
「もちろんです。あの、どうして……」
当然ラウラがパーティーに必要だと思ったからだが、なんだか意を決してみのを上話をしているように見えた。何か言いたいことがあるのだろうとアラトは予測したが、それがどんなことなのかまでは分かっていなかった。
「もしかしたらこの穴蔵から抜け出したいのかと思って」
「い、いえ。地下世界を攻略するのは楽しいと思っていますよ」




