第7話 僧侶ラウラ
少女は迷ったような困ったような視線を彷徨わせ、女の方に顔を向けた。
「よろしいのですか?」
黒い服を着た女は、丁寧な言葉で感謝を述べる。
「ごめんなさい。ちっとも気が付かなくて。あなたも心細いですよね」
少女は平気だと首を振って、ジュースを飲み始めた。
「どうしたんですか? なにか困りごとでも」
こちらをじっと見て、足元からもう一度視線がぶつかるまで戻すと再び溜め息を吐いた。
「ごめんなさい。こんな少年に話すようなことでもないのですが、けど困っていることは確かです」
アラトは女のことを見て、小さい少女の方を見た。
その後、周囲に視線を回す。普段騒がしいならず者たちが、静かに聞き耳を立てているのが分かった。
こっちもため息を付きたくなるのを我慢して、場所を移動することに決めた。
「お腹すいたんで食事にしませんか。なんだかここは静かすぎて落ち着かないでしょう」
女が語ったことはそう珍しい話でもなかった。
「私はラウラと言います。あなたは?」
「アラト。俺も最近まで浮浪児をしていた。親が居ない子どもはここには少なくない」
食堂にラウラと名乗った女と少女を連れて、食事を頼む。
アラトが浮浪児だったと話したら、ラウラは非常に驚いていた。
「どうやって……。いえ、これはあなたを侮辱する言葉になってしまうかもしれませんね」
アラトはボウガンこそ持ち歩いていなかったが、防具を身に着け、服やローブも最近購入したものを装備していた。これらは地下世界で役立つ装備だと言われて購入したものだ。
それらに気が付いていたラウラからしてみれば、アラトが浮浪児だということが驚愕に値することだと分かっているのだった。
「いや、俺はおそらくここまでこれたのは運が良かっただけだ。面倒を見てくれる人が傍にいただけ」
ラウラは最近になって地下世界を攻略しながら、五層までたどり着いたらしい。しかし五層まで同じパーティーとして組んでいた男が、娘を置いて行方をくらましたのだという。
「その男は旦那さん?」
「え……。ち、違いますよ。私はただの修行中の野僧です。娘をもつ男の嫁などとても……。男はトッドと言いますが、たまたま縁があって一緒に地下世界を進むことになりました」
娘を置いて居なくなってからもうすでに三日目だという。娘の名前はセリー。父親が居なくなっていても、本人は案外落ち着いている。
「トッドはあのギルドに登録していましたから、帰ってくるのではないかと、ギルドの前で待っていたのです」
そう言いながらラウラはため息を付いた。ため息を付くのが癖になっているのか、その様がなんとも言えない雰囲気を携えているのだった。
ラウラは田舎の寺院で修行をした僧侶だという。黒い衣服をまとい、どことなく仏教系の僧侶にも似ているが、厳しい戒律のようなものはなく、自然や田舎暮らしを支えるための教義があちこちに根付いているのを、寺院が広めているのだそうだ。
「アラト」
ラウラから話を聞いていると、リアンナが食堂にやってきた。
四人で食事をしながらお互いの話をする。
「その歳で、五層を攻略したのですか?」
「アラトがいたから。一人じゃ無理だった。それに私はそんなに若くない」
リアンナがエルフだと知ると余計に驚いていた。田舎にもエルフはいたらしいが、背が高くエルフとはそういうものだと思っていたようだ。
「良かったら、私も地下世界に連れて行ってくれませんか」
食事がひと段落し、これからどうするかという雰囲気になったとき、ラウラが口火を切った。
その言葉に思わずリアンナと目を合わせたアラトは、内心では悪い案ではないような気がしていた。
「この子……セリーはどうするんです?」
地下世界に行っている間、セリーは一人になってしまう。その間そこらへんにほっぽり出すわけにもいかない。
「そうなんですよね。どうしましょう」
「数日くらいは宿にいくらか払って面倒を見てくれると思うけど」
このくらいの歳になれば、生きているだけの食糧さえあれば、結構生きていけるものだ。当然さみしさはあるだろうが、父親がいないのだから仕方ない。この子の母親がいるかどうかも分からないが、探すのにも手がかりはなにもない。
「この街には孤児を集めて養育してくれる施設はないのですか?」
ラウラがそんな疑問を投げかけてくる。当然だが、リアンナもアラトもそんなことは知るわけもなかった。
仮にあったとしても、積極的ではないことは確かだ。でなければ二層や三層でたむろしている浮浪児があんなにいるわけはない。
アラトが知っているだけでも大人の浮浪者の中に紛れて、子どもが十人以上は確実に似たような生活を送っていた。
一層ならば数人の子どもたちで魔物を囲えば魔石を入手することが出来るためか、数人のグループを形成して生活していることもあった。
そうでなければいつの間にか姿を消しているのだ。
ラウラの武器は長い棒状の武器と、それよりも短いこん棒を二種類の武器を持っていた。
「狭いところはこうして、武器を切り替えて戦うのです」
パッと手品のように長い杖が消えたと思えば、片手にこん棒を持っていた。
「何かのスキルなの?」
アラトが僧侶などの精霊はそういった特殊なスキルがあるのかと思った。
「いいえ、これは精霊の基本と教わりました」
リアンナもアラトもそんなやり方は知らなかった。
精霊にお願いするのです、なんてラウラは言うがアラトには意味が分からなかった。しかしリアンナはすぐさま使いこなしている。
両手に短槍をもつスタイルと短槍と小盾を一つずつ持つスタイルを、素早く切り替えるのに成功していた。
「苦手な人もいると聞いていますから、気にしなくていいですよ」
ボウガンと短剣を素早く切り替えて戦うことが出来るなら、もっと近接攻撃を取り入れることが出来るかもしれない。
精霊とは何か、いまだにアラトには分かっていない。ふわふわと漂うこの小さな人型の生き物。契約した本人以外には姿を現さないが、それらの精霊以外にもたくさんの精霊がこの世には存在しているらしい。
なんとなくユニカにお願いするように変更するように出来ないものかと考えた。
『なるほど、装備を一時的に登録しておいて、切り替えることが可能なのね』
ユニカがアラトの近くで声を出すから、アラトは身体が跳ねた。すると次の瞬間には装備が切り替わっている。手には短剣が握られており、ボウガンは装備していない。
周りを探したがボウガンはどこにも見つけられなかった。
『あなたのボウガンはこっちに来ているよ。なぜか棚に置いてある』
ユニカの存在はリアンナも知らない。アラトが探索者以外の不思議な力を扱うのを知っているが、それだけだ。
アラトは装備の切り替えができたふりをして、再びユニカに装備を変更をお願いする。なんとなく言葉に出さずにもユニカに伝わっているようで、もしかしたら精霊の代わりにユニカがその役目を担っているのかもしれないと思った。
「それにしても宿屋の店主さんが優しい方で助かりました」
アラトたちが止まっている宿に、ラウラとセリーもやってきた。
そこで店主にお願いし、セリーが勝手に外に出たりしないようにお願いしておいたのだ。すると店主はそれだけじゃかわいそうだと言って、玩具を渡してくれた。小さな木製の玩具だったが、セリーはそれでも静かに遊んでいた。
ラウラはリアンナとアラトが同じ部屋に泊まっていると知って、なんだか複雑そうな顔をしていた。こんな生活をしていたから、ひとりで泊まるような贅沢な気持ちになれなかったのだと説明すると、そうですか、と一応の納得はしてくれたようだった。
アラトからしてみれば、どちらでも構わない。少し気まずい感情もあるが、リアンナとは今までも二人で生活してきた。なんとなく離れがたい気持ちもある。
しかし、これより大人になる上で、いずれは離れないといけないという理性も働いていた。
それにユニカと話し合いたいこともある。あまり一人に慣れる時間はなく、大人しく話を聞く時間が取れないこともあって、どうしても目先の重要な話題に持っていかれることが多い。
五層のブロンズウルフ相手には、ラウラを含めた三人の戦力ではかなりの余力があった。そこで初見ではあるが、六層に向かうことになった。
「ラウラは、なにが出来るの」
リアンナが言葉少な目に問う。ラウラは気にもせず、自分の僧侶としての戦力を説明してくれた。
「私は『僧侶』ですから、当然味方の回復や、前衛で敵を攻撃することです。代表的なスキルはこの『癒し』でしょうか」
ぽわぽわと手から柔らかい光が漂う。それがリアンナを包み込み、すっと吸い込まれ消えていった。
僧侶とはアラトの記憶では確かに回復を行うイメージがある。しかしそれよりも攻撃的であると知った。ラウラは何ならリアンナよりも魔物に近寄り物怖じせずにメイスを叩きつけるのである。
スキル自体も回復と攻撃の両方のスキルが存在するらしい。
「案外攻撃的なんだな」
思わずアラトが呟くと、ラウラは少し恥ずかしそうに笑った。
「僧侶でなく『神官』ならもう少し回復能力も高く、味方を強化するスキルもあると聞きます。この地下世界を調査する者たちも、そちらの方が人気だとか」
「そうなのか。回復してくれるだけでもありがたいと思うけど。それに人数が少ないと皆がそれぞれ戦うことが出来るほうが重要だ」
アラトの言葉にリアンナも頷いている。ラウラは静かにありがとうございますと、感謝を述べた。
アラトの言葉は本心から出たものだった。アラトはどちらかというと前衛に立つことが出来ない。一応短剣を持っているが、そんなに扱いが上手いわけでもなく、リアンナに守られるながら戦うのは正直複雑だった。
リアンナも後衛に魔物がいかないように気を張ることになる。そんな今の状況で、後衛特化の味方が増えても怪我をする確率が高くなるだけのようにも思えた。
六層の地下世界は、洞窟の中のような世界だった。
場所は狭く、リアンナの短槍でさえ振り回すのが難しい。ラウラはこん棒をメインに戦うように決めたらしい。
洞窟の中なのに、ところどころを明るいのは、不思議な灯りで照らされているからだった。リアンナが言うには、この灯りは精霊石だという。
回収出来たらお金になるのかと思ったが、一度こうして灯りの効果を持たせると、それ以外のことは出来なくなるのだそうだ。しかも場所を固定してあるように配置されているこれらは取ってしまえば灯りの効果も失われるのではないかとラウラも言う。
洞窟中に現れたのは、コボルトという狼のような顔を持った二足歩行の魔物だった。しかも一体だけではなく二体同時に現れる。
ラウラとリアンナがそれぞれ相手取り、そこを的確にアラトが攻撃を行うことで、対処した。
コボルトは小さな木の棒を持っているが、一体ごとの能力はブロンズウルフにも劣るように感じた。子供くらいの姿のコボルトの胸を開いて魔石を取るときは、さすがのアラトも少し忌避感を抱く。ラウラも青い顔をしていたため、さすがに魔物を解体するようなことには慣れていないのだろうと思えた。コボルトを解体して手に入れたのは小さな牙だった。
なにに使うかも分からないが、探索鞄に仕舞う。
洞窟の中には分かれ道があった。
「左は行き止まり。右は奥に進める」
「分かるのですか?」
アラトが口にした言葉にラウラは驚く。リアンナも言葉にしなかったが、こちらを見ていた。
「これは『探索者』のスキル。初めての地下世界であっても、ルートが分かるんだ。これまでは一本道をあ歩けば最奥にたどり着いていたけど」




