第16話 十層の主
アラトはスケルトンの身体に向けてボウガンを放つ。近距離で放つ威力は、前よりも上がっているのか、アラトの一連の攻撃でバラバラに吹き飛ぶのだった。
アラトはステップをはさむ。自動でリロードされたボウガンに、コラプスキューブをくっつける。ラウラがメイスで殴りつけたゴーレムに向かって矢を放った。
ゴーレムの胸あたりにラウラが与えたダメージが蓄積されているのか、胸がひび割れている。そこに矢が突き刺さると、ドンという衝撃がゴーレムを襲う。
防御力の硬い相手にこそ強力なこの技は、いまではなくてはならない。
狩人をやっていて思ったのは、案外疲労するのが早い、ということだった。
当然前に出たり、後ろに下がったりと激しい動きをしているから当然とは思うが、肉体の疲れとは少し違った。
スキルを使うには、魔力か気力と呼ばれるものを消費するらしいのだ。これもユニカに指摘され分かったことだった。
どうやらスキルを消費する度、気力が増減したりするのだ。そして狩人の現在使用しているスキルは、消費が高い。特に『チェインショット』の消費が高くそれほど連発出来るスキルではないことが分かった。
そしてこのコラプスキューブは、魔力を消費して発動しているようだった。
魔力は時間経過とともに自然回復するらしいのだが、今のアラトにそれ以外に魔力を回復する手段がないのだ。
アラトは購入したことがないが、露店では魔力ポーションなるものも販売している。特に十層からは回復ポーションと合わせてよく販売しているものだった。
ガシャンという音を立ててラウラのメイスがゴーレムを破壊する。メイスから白い光が放たれゴーレムに神妙な何かを押し付けている。
ラウラの新たに覚えたスキルが、ゴーレムに強烈なダメージを与えるのであった。
戦いを終えるとラウラが『祈祷』を開始する。ラウラ自身の失った気力を回復するためだ。
ラウラがゴーレムに使用した『清めの一撃』というスキルは、気力を消費して攻撃を放つスキルで、分類としては物理的なダメージと魔法的なダメージの両方を与えるスキルらしい。
それ以外にも僧侶のスキルはほとんどが気力を増減させながら使うことが出来る。
今回は運が良かったのか、或いはゴーレムとの戦いに慣れてきたのか、誰も攻撃を受けることなく倒すことが出来た。
ゴーレムとの戦いは一撃を受けてしまうと、損害が大きく取り戻そうとすると、時間がかかることが多かった。戦いのなかで回復するスキルを使用するにも、ラウラもゴーレムと相対して戦っているため、隙を見て回復しなければならない。もう一人前衛が居ればいいが、そうなると前衛ばかりのパーティーだ。
アラトは頭の隅で今後のことを考えながらも、ゴーレムを処理していく。
もうこうなればあとは進んでいくだけだった。魔物を倒しきる速度も速くなっていくと、夜になるまえどころか、お昼中に最奥にたどり着くことが出来そうだ。
ラウラはひとり静かに嘆息をした。
インフィリスの大穴に来てからまだ三か月も経っていない。五層からはひと月ほどで、ここまで来ることが出来た。だから五層までの方が時間がかかっていると言える。
五層までは、トッドという男と二人で攻略をしていたから、楽は出来なかったとはいえ、トッドもラウラもそれまでに、実戦経験がそこそこある方だった。だからこそ二人で五層まで来ることが出来た。そしてそれすらも早い方だと言えるらしいのだ。
だからこのひと月の間にこの十層までたどり着いたことは驚愕にも値するものだ。
リアンナとアラトの二人は、まだ幼い少年少女に見える。最近はアラトも少し大人びてきたのか、少しドキリとするような顔つきをするようになったが、それでも自分の弟とそれほど変わらない年齢らしいから驚きである。
この攻略の速さは、アラトによるところが大きいのは分かっている。
しかし、当の本人たちはあまり気にしていないようなのだ。それどころかあまりに自然体だ。早く攻略しようと焦っているわけでもなく、どこか楽しそうですらあった。
食事時でも、地下世界のことを話し合い、あの魔物に対してはこうしたほうが良いとか、スキルの使い方はどの順番が良いとかの意見を出し合う。
不思議とアラトはリアンナやラウラの精霊にまで知識が深い。どこでそんな知識を覚えてきたのかと思うほどで、戦い方の助言をすることまであるのだった。
ラウラにとってインフィリスの大穴を降りていくことに、それほど大きな思いは抱いていない。ラウラには地下世界はお金を稼ぐ場所であって、稼ぐことができるならそこまで下の階層を目指す理由はないのだ。
アラトやリアンナがどう考えているかは分からないが、普段からの生活や考えを知る限りでは、そんなに強い思いを抱えているようには見えなかった。
例えばリアンナは、両親のことを覚えている。だから彼らがこの大穴の底を目指して下っていったことは、聞いたことがあった。
けれども、リアンナにとってそれは過去のことだ。大事なのは今いるアラトのことで、あるいは両親が残した精霊石が大事なのだった。
それを知ると、ではなぜこんなにも意欲的なのかと思わないでもない。
ただ、感じることはひとつある。
彼らと一緒に地下世界に行くのは楽しいのだ。
新しい魔物と出会い、戦い、戦略を立てる。
少しずつこれが日常になりつつあった。
ラウラにとって、大事なのは故郷に残してきた家族だ。その家族が生きていく助力をするために、お金を稼ぐ。これがラウラにとって大事なことだった。
自分の弟のことを思う。アラトに近い歳だが、アラトよりもやんちゃで子どもだった。アラトに比べると自分でさえどこか、至らない部分があるのだと反省することだってあった。
それだけ故郷の弟のことが心配になることもある。
けれども今ではそれと同じぐらい強い思いもあった。アラトやリアンナと共にこの大穴からまだ見ぬ世界を旅立つことへの気持ちが強く心に広がっていくのだ。
手に力が入る。ラウラが握ったメイスが光を放ちながらゴーレムを穿つ。
一撃の力がゴーレムを内部まで衝撃を与え、石の身体がばらばらと砕けていった。
ゴーレムの内部に残された魔石と小さな石板が、後には残されていた。
石板の能力にはラウラもあまり詳しくはない。どうにも地下世界にしか作用しない不思議な力だという。
精霊や地下世界で得られる装備や遺物には、まだまだ分からないこともあった。けれどもアラトと共に進むことが出来るなら、まだ発見されていない世界への旅が続けられるのではないかとラウラは思うのだった。
リアンナは、巨大なゴーレムを見上げた。
最近リアンナは悩んでいる。それはアラトが頼りがいのある男になってしまったことだ。それは頼もしいことだが、けれどもう少しリアンナはお姉さんでいたかったのである。
幼い時のアラトは甘えてくることもあった。あまり口数の多くない子どもだったが、リアンナ自身もそうであるので、それは仕方がないことだとも思う。
アラトが放った矢が自分の目の前のゴーレムに突き刺さり、大きな衝撃を与えた。
大きなゴーレムにとっても、アラトが扱う不思議なキューブはそれだけ強い威力を与えたのだった。
リアンナは短槍を握りしめ、ゴーレムを叩きつける。
ゴーレムには全力でスキルを使用してもよいので、相手をしていて楽しい。
けれども、硬すぎるせいか槍先が通らず、ダメージを与えにくいのは、あまり嬉しくなかった。
ラウラは不思議な光をメイスに携えて、攻撃することがあった。
リアンナはそれを見て少し悔しい気持ちになった。自分の目指す先はああいった力だった。
いつか見た記憶の中で、母が槍をもって魔物を薙ぎ払う。そんな記憶がいまだにリアンナの心を燃やす。
槍から放たれるキラキラと輝く光は、精霊の力だと母に教えてもらった。
母は『エレメンタルランサー』という珍しい精霊と契約していたのだった。
エルフは精霊と近い関係にある。だからか、精霊の声を聞くことがあった。
精霊とは自分の身に侍っている人型のものだけでなく、あちこちに存在していると教えてもらったことがあった。
それから精霊のこと考えていたら、小さなアラトの身体にたくさんの精霊がくっついていることに気が付いた。
自分も一緒になってくっ付いていると、アラトの身体は落ち着くことがわかった。それから小さいころからアラトを守ると決めていた。なぜならアラトがいなくなりこの気持ちが感じられなくなると思うだけで、心が落ち着かなくなるからだ。
精霊があちこちで輝いていた。
大きなゴーレムが身体を捻りながら、硬い拳を振り上げている。狙うのは近くでボウガン放ったアラトだった。
強い精霊の輝きに身を任せた。リアンナの攻撃はゴーレムには効きにくいものだ。けれど、精霊が教えてくれる。強い輝きがいつどこでどんな攻撃をすれば、巨大なゴーレムを倒すことが出来るのか。
精霊は時々そんなことをリアンナに教えてくれる。
横から流れるようにゴーレムを叩く。ガンと硬いものがぶつかり合う音がした。短槍が跳ね飛ばされるような勢いで、持っていかれるのを堪えた。
ゴーレムの腕を跳ね返すようにスキルを使ったが、完全に勢いを殺しきるのは出来なかった。けれど、アラトが後ろに下がる時間は稼げたようだ。
短槍を握りしめ、短い時間で『集中』を行う。
短槍と身体を固定する。ザッと走りながら突っ込んでいく。アラトが放った矢の中心に向かって飛んだ。
「彗星突き」
ゴーレムの中心に短槍ががりがりと突き刺さっていくのが分かる。
このスキルを使ったのはこれが初めてだった。最近覚えたばかりだが、ゴーレム相手でさえ、使う暇のないスキルだったからだ。
放つまでの準備も、放った後の隙も、そしてその威力も、簡単に扱えるほど、機会に恵まれるものではなかった。
そこらへんにいるゴーレムでは、アラトがさっさと倒してしまうし、ラウラだって倒すのが早い。
ひとりで戦っている間は、そんな大技を放つ暇はなかった。
振り返るとアラトが驚いた顔して、こちらを見ていた。リアンナはアラトが怪我をしていないことに安心しつつ、まだまだアラトのお姉さんであると得意な気持ちになったのだった。
巨大なゴーレムがガタガタと崩れていく。
アラトがトドメに放ったチェインショットは、致命的なダメージを与えたはずだったが、それでも十層の主である巨大ゴーレムは倒れることがなかった。
巨大な拳が振り下ろされようとしていると気が付いたときには、スキルの大きな隙が出来てしまっている最中だった。
そこをリアンナに助けられた。大きな腕を跳ね飛ばし、回避する時間を稼ぐことが出来た。アラトは間一髪避けることができ、ダメージを負うことはなかった。
驚いたのはその後。リアンナが身体ごと跳ね飛ぶようにゴーレムに向かっていくと短槍で突き刺した。体重が乗った攻撃だが、身体の小さいリアンナではそれほどダメージが与えられるようには見えないが、槍の先からは大きな衝撃がゴーレムに伝わっているのが分かる。
激しくぶつかり合う音と共に、ゴーレムの身体がゆっくりと崩壊していくのだった。
アラトたちは三人で十層の主である巨大ゴーレムを倒すことが出来た。
これで、十層以降に進むことが出来る。巨大ゴーレムの石の身体から、魔石を取り出すと他にも輝くものがあるのを見つけた。
うっすらと虹色に輝く白い石は、以前手に入れた精霊石よりも少し大きい。
魔石は手のひらに収まるくらいの大きさだが、この精霊石はちょうどアラトの拳ほどの大きさだった。
翌日にはアラトたちは休みをとった。リアンナは槍士のスキルを覚えて地上に登っていった。一人で行くのは少し心配であったアラトはラウラについていってもらうことにした。
その間に異次元ボックスに詰め込んだ食材を調理していく。ワンダの鍛冶屋で購入したナイフを使って食材をカットした。
途中で十層に降りてから、手ごろな肉を購入する。軽く焼いてからお湯を張ってその中に食材をぶちこんでいく。
最後に以前見つけて購入した胡椒をゴリゴリと潰していく。よくあるペッパーミルなどはないので、石のような皿でゴリゴリと潰すしかない。
スープが出来上がるころにはリアンナ達は帰ってきた。
「アラト。槍士、マスターしたよ」
リアンナが開口一番に報告した。喜怒哀楽の表現がすくないリアンナだが、その時ばかりは、顔を赤らめながら嬉しそうに笑っていた。
その後はアラトが用意した食事を三人で囲った。
アラトが作った料理は二人にも評判で、特に食材を豊富に使ったスープは二人とも喜んでいた。
ただ色んな食材を放り込んだだけの料理だったり、火を通して切っただけの男の料理だ。そんなものでも塩と胡椒さえあれば、多少はましになるようで安心したのだった。
ユニカの口に合うのかは分からないが、別の皿によそったものを異次元ボックスにいれた。
三人で食事をする間、空いた椅子に座って食べているユニカをアラトは見つけてひそかに嬉しくなった。ユニカはあまり食事を取らないせいか身体が細い。
アラトもユニカが食事をしているところを見たことが無かったから、彼女の見たことの無い姿を見て少し安心したのだった。
夜中に目が覚めたアラトは九層の足場を歩いていく。あたりは暗く、ところどころに明かりが灯されていた。これがなければ歩くこともままならず、中央の穴に真っ逆さまだ。
この穴の先にあるのはなんだろうか。どこまで続くかもわからないこの穴の先にあるものは、物理の法則が成り立つもののような気がしない。
もし地球でこのような穴があったら、海か湖のような場所になっているのではないか。あるいは地中の熱で暖かいはずだが、それも感じない。
使用して汚れた水は、下水として地下に流れていくと言われている。
そもそも、ここで暮らす住人たちはゴミを平気な顔で穴へと放り込んでいるのだ。
インフィリスの大穴は、街を一つ分飲み込むほどの大きさで巨大だが、この星の大きさからすれば些細なものなのだろうか。
この世界で生きるようになってから、そういえば空を見上げたことはあまりなかった。
星空を見上げたら、ここが地球かあるいはそうでないのかくらいかは分かるだろうかと考えるも、あまり興味はわかなかった。
『不思議。こんな場所でも人が生きているのが分かる』
ユニカが声を聴いて、振り返ると闇の中に、ぼんやりと光を放ちながら彼女が立っていた。
宵闇の中、人が寝静まっている。静かだが、静寂ではない。
巨大な獣が寝静まり、おおらかに寝息を立てている、そんな気配をこの大穴から感じることが出来る。
階層ごとに明かりが灯されているが、全部の範囲に明かりがあるわけではない。特に十層が明るく九層は階段周りや宿屋周辺に明かりがあるくらいで、他はかすかに見えるだけだ。
地下のどこまで行けば、探している人物に会えるだろうか。それまでにどれだけの時が過ぎていくのか。
この大穴の中、転ばずに降りていくことができるのか、アラトには分からない。ユニカがいるなら大丈夫だと思う。彼女のいるおかげでこの世界の謎を解明できている。アラトとユニカが知っている情報をこの国の為政者などに話したら、どれだけの情報がどれだけの価値を持つのか、いまいち正確には分かっていない。だがそれほど騒がすつもりはなかった。
巡り合わせが良いのか、リアンナとラウラはそれほど細かいことを気にする性質ではなかった。
そんな彼女たちに大いに助けられている。特にリアンナはどうしてかアラトが大きくなるまで守ってくれていた。どれだけのことをすれば彼女に報いることが出来るだろうか。
ユニカの教えられる精霊の知識を元に、彼女たちのことに与えられたらいいとアラトは考えていた。
『あんまり、長く呆けていると冷えるよ』
ユニカの言葉の通り、少し肌寒い。闇に吸い込まれないように気を付けながら自らのベッドに戻ることにした。




