第15話 破壊の腕輪
ふとみるとユニカがベッドに合わせて座っている。どういう理屈なのか分からないが、ユニカが椅子に座ったりすると、そこにある椅子やベッドに合わせてユニカの姿がアラトにも見える。
「どうしたんだ?」
『アラトはどうして、私の願いを聞いてくれる気になったの?』
いつも感情が読めない冷静な彼女にしては、少し弱気に見えた。
いつも白衣を着て、なにかの研究をしている姿が似合っている。彼女も落ち込んだり、悲しくなったりすることがあるのかと、アラトは少し驚いた。
「分からないな。でもそうしたい。今俺がこの世界にいる理由がそれだって言われた気がしたからかもな」
ユニカが探している人物が、どんな人間なのかも分からない。だが確かに彼女は探している人がいて、それはこのインフィリスの大穴と呼ばれるこの地の底にいるのだと、そんな気がしていた。
『ねえ、異次元ボックスを開いて』
彼女に言われるまま四角い箱型のナニカを開く。なんとなくそうした方が良い気がして黙って箱の中に手を入れた。
ユニカのひんやりとした小さな手が重なり合った。
ゆっくりと彼女の身体がベッドに横になる。ちょうどアラトの隣に横になっているように見える。
ユニカの身体は薄っすらと透き通っていて、触れることが出来ない。
彼女の手だけが、アラトに存在を訴えてくる。何かを確かめるように手をじっくりと触るユニカを見ながら、アラトはいつの間にか眠ってしまっていた。
翌朝になるとユニカの姿は見えなかった。異次元ボックスに入りっぱなしの手がまだ仄かに温かみが残されていた。
十層の地下世界には、罠がいくつか配置されている。探索者のスキルで罠の位置が分からなければ、何度か引っかかってしまっていただろう。
狩人や他の精霊と契約しても罠の位置はなんとなく分かるらしいのだが、探索者のスキルがとても便利であることは間違いない。
寂れた遺跡の中を歩くことになるので、いくつかの行き止まりにつきあたることもある。これらも探索者のマップというスキルで、どちらが正しいルートなのかがすぐに分かる。しかし、アラトたちはいちいち行き止まりを確かめることにしていた。
少なくとも初めての地下世界を攻略する段階では、すべてのルートを確かめている。それほど複雑な地形でないため、すべてのつきあたりを確かめてもそれほど時間はかからない。確実に行き止まりの道を選択できるので迷うことなく進むことが出来た。
「あった」
アラトが声を上げたのは、宝箱を見つけたからだ。
必ず見つかるとは限らないが、行き止まりの先にはこうして、お宝が見つかることもある。この階層にはないが、鍛治や錬金術などの素材に使うものが配置されていることもあった。
今はお金稼ぎよりも、攻略を優先している段階なので、素材を集めたりはしないが、宝箱を見つけたら毎回確かめている。
アラトが罠などがないことを確かめてから、開ける。
宝箱に入っているのは、装備の強化に使う石板や運がよくても精霊石がほとんどだ。
中を開けると小さな輪っかが入っているのが分かる。
「腕輪でしょうか」
どういった性能のものか分からなければ、いまいち喜ぶことはできなかった。ひとまず『異次元ボックス』に入れてユニカに渡してみる。
ユニカが何かしら情報をくれるかもしれないし、新しい何かに気付けるかもしれないとの気持ちだったが、何かが解れば運がよかったという程度の期待しかしていなかった。
その日はその時点で地下世界を進むのをやめた。なんとか倒せることは分かったが、無理せず一度戻り三人で話し合いながら作戦を組み立てていく。
どこまで深く階層を潜らなければならないのか分からないが、出来るだけ無理をしない。とくに初めて出会う魔物や新たな階層は、思わぬ危険に遭遇することもある。出来ることを振り返り、なにが最善か一度止まって考えることも必要なのだと感じていたのだった。
『この腕は、破壊の腕輪というらしいよ。名前は物騒だけど効果はそれほどでもないと思う』
ユニカがそんなことを言いだしたのは、一度解散して部屋でくつろいでいる時だった。このあと五層のワンダの鍛冶屋に行って見てもらうことも考えていた。
「ん、つまり攻撃力があがるのか?」
『まあ、その認識でも間違っていないね。でも実際のダメージには攻撃力と影響力ってのが関わってくるみたい』
以前、探索者のマスターから購入した短剣などを、ユニカに渡して調べてもらったことがあった。性能はなんとなく聞いたが、他に比較する物がなくそれがどれだけの能力を保有しているのか分からなかった。
『前は影響力ってのが良く分からなかった。攻撃力は武器が産み出されたときに付けられた力と言って良い。強力な武器であれば、この攻撃力は高くなる。影響力っていうのは、アラトがその武器にどれだけ上手く扱えるか。その攻撃力を引き出すことが出来るか、という感じ』
ユニカは長くしゃべったことで、疲れたかのように息を吐いた。普段から引きこもって異世界の不思議な研究をしているせいか、体力がないのだ。
「それでこの破壊の腕輪ってのは?」
『多分影響力を上昇させる力がある』
ユニカの歯切れが悪いのは、調べても分からない数値が表示されるからのようだ。結局のところ鑑定出来る人間のところに行くしかないのだった。
ワンダの鍛冶屋のある五層まで行く。それだけで結構な階段を上ることになる。
億劫ではあるが、精霊の恩恵があがっている今のアラトではそれほど辛い苦労でもない。ワンダは五層に店を構えているが、五層の装備の質にしては良い装備ばかりだ。とてもではないが、五層を攻略しているようなならず者たちが購入できるような装備ではない。
前回買ったショートソードは性能が良く、ボウガンで攻撃するよりも大きなダメージを与えることが出来る。狩人の戦い方としては、遠距離から近距離まで切り替えながら戦うのが主なようで、どちらか一方に偏れば何かの劣化のような戦い方しかできないのだから、両方のバランスが良いようにするのがちょうどいいのだった。
「このボウガンにも石板を使いたいんですが」
ワンダの鍛冶屋は静かだった。外からでもトンテンカンと鉄の叩く音がすることもある。そういう時は出来るだけ邪魔しないことにしていた。
彼は鉄を叩かずとも武器は作れると語ったことがあった。
精霊の恩恵は様々な手順を飛ばして装備を作りだせるのだそうだ。
「俺は錬金術は専門じゃねえ」
「でも錬金術師なんてどこにいるんです?」
「十層まで降りれば何人かはいるだろう。ギルドで聞きゃあ教えてくれるはずだ」
どうにも錬金術師とは戦いもこなせる精霊の恩恵があるらしく、十層などで地下世界で魔物を狩りながら、金稼ぎをしている連中もいるらしい。
「ただ十層にいる連中は落ちこぼればかりだ。どうせならちゃんとした店に行け」
じゃああんたでも良いだろう、という言葉をアラトは飲み込んだ。たしかに十層の地下世界を攻略してはいるが、あまり店を回ったりなどはしていなかった。
だまったアラトに悪態を付きながらも、ボウガンと石板をアラトから奪うように持っていくのだった。
「それで、全部つかっていいのか」
「ええ、全部攻撃力と影響力の石板です」
「まあ全部低位の石板だからな」
ワンダが言うには、石板にもランクがあり、レア度が高くなるとより複雑で強力な効果が含まれた石板があるという。
もっと深い階層にまで足を踏み入れることができれば、高位の石板も手に入るだろう。
今回は防御力などの武器以外に使用する石板は、異次元ボックスに入れっぱなしである。
石板はそれなりの重量があり、数が多くなると邪魔になる。今更防具にも使用してほしいなどというのには躊躇われた。それにそろそろ防具の更新もしなければならない。出来ればもう少しお金をためて、一気に揃えて石板も使用してしまいたい。
どうせ低位の石板はたまっていく一方で、いずれ使わなくなるという。売ってしまっても良いが、リアンナやラウラの装備のこともある。彼女らの装備をどうするのか、今はまだ話し合ってもいないが、今回はアラトのボウガンを強化することになった。
仲間に錬金術師がいたら、とアラトは思わずにはいられなかった。
ワンダの鍛冶屋を出て、せっかく五層に来たのだからと、消耗品である矢などを購入していくことになった。
壁際に立ち並ぶ露店や出店を見ながら、面白いものはないかと歩いていく。
時折見たこともないような獣の肉や野菜などが並んでいることもある。地下世界で取れる食材などもあって面白い。
普段アラトたちはあまり素材集めをしない。探索鞄に詰め込める分はかぎりがあって、いちいち素材を回収していると時間が大幅に取られるからだ。
中には高い金額で取引されるものもあって、たまには回収してみようかという気になった。
この世界に来る前に見たことのある食材を見かけることもあった。
なんとなくこれがあれば、というものを見つけて値札を確認したのだった。
アラトは朝目が覚めて、水を貰いに宿屋の従業員に声を掛けに行く。
水は部屋それぞれに使用できるわけではなく、いくつかの水道が上から繋がっており、そこから水を貰うしかないのだ。
桶一杯に入った水を何往復かすると、その水を軽く温める。
部屋には魔道具があって、水を温めるための鍋があった。魔石を取り出して魔道具にセットすると勝手に鍋が暖まるのである。
ぬるま湯になったそれを再び水桶に入れてから、顔を洗う。
身体を洗うのは数日に一度くらいのものだが、出来ればもっとたくさんのお湯を使って、風呂に入るかシャワーを浴びたいとアラトは常々思っていた。
だがここは大穴の地下十階。水は贅沢品である。
そうこうしているうちに、リアンナとラウラが起きだしてきた。寝ぼけたリアンナをラウラが軽く支えながらやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
リアンナは前はもっとしっかりしていたような気がしていたが、ラウラと一緒に暮らすようになってから、なんだか子どものようになってしまった。
見た目は本当に子どもと変わらないので、二十を超えた年齢だとしても精神性も幼いのだろうか。
ラウラの寝間着は白い甚平か作務衣のような見た目をしている。どことなく和服を思わせるが、少し着崩れたその姿は、見慣れないアラトには目の毒だった。
逃げるように朝食を頼みに行く。宿の従業員を見つけて、部屋番号を言い朝食を頼むと、届けてくれるのだ。
その分手間賃を取られるが、朝は出来るだけ楽をしたいとアラトは思っていた。ラウラは贅沢な金の使い方にあまりいい顔をしない。
リアンナだって、今までが今までだったので、それほど贅沢をしたいとは言わないだろう。
ただ、時間を短縮すればその分長く地下世界に行くことが出来るのだ。最近は十層の攻略を進めている段階なので、あまり無理は出来ないが朝食の用意を頼むくらいならば、些細なことなのであった。
宿のある九層を軽く歩くと、朝特有の冷たい空気がこちらまで漂っているのが分かった。地上からもう何十メートルか離れているだろう。それでも朝露の新鮮な空気が、染み渡るかのようだった。
これで見た目にも緑が豊富であれば文句はないのだが、地下の穴蔵にはそんなものはなかった。
いっそのこと地下世界に潜り込んだ方が自然に囲まれることもある。生憎十階層の地下世界は古びた遺跡型で、自然に生きる物たちにはとんと出会うことはできないのだった。
借りている部屋に戻るとリアンナとラウラは着替えを終えていた。
ちょうどアラトが戻ると、朝食が運ばれてきた。居間のテーブルに置かれた朝食は軽めの物だ。肉の挟んだパンに、塩漬けの根菜。あとは味の薄いスープだ。味付けはあっさりしたもので、塩がかかっているだけ贅沢なのだが、アラトには少し物足りない。
リアンナとラウラは美味しそうに食べている。それらを見てると自然と笑みがこぼれた。
「なんだかアラト君、おじさんみたいです」




