第一話 発端
新しい連載始めました。
よろしくお願いします。
いつの時代も、戦いを模した遊びは子供たちにとって尽きることのない興奮の源泉だ。戦士の姿を真似ながら彼らは夢中になり、その戯れの中で自らが伝説の勇者になったような気分を味わう。
子供たちは手にした木の棒を振り回し、仲間同士で役割を決め、役を入れ替えては日が暮れるまでそれを繰り返す。
一方、小高い丘の上に聳える一本の巨木。その根元にできた木陰では、少女とまだ小さな男の子たちが玩具の机や食器を持ち寄って、泥団子を丸めては葉で包み、何やら座って遊んでいた。
いわゆる”おままごと”である。
なだらかな丘陵には田畑がパッチワークのように広がり、地平の彼方には天を衝かんばかりの大山脈が世界を見下ろす。のどかな自然に包まれた、変わることのない農村の風景。
ここは辺境の果て。
行商人すらも訪れない山脈の奥地、秘境の村。
南に広がる森は、村の者以外が通ると強力な魔物と出くわすと言われていた。
「あーっ! ととしゃま、ととしゃまがかえってちたー!」
のどかな村に、幼い声が弾けるように響き渡る。
村の外れから一本、粗末な道が伸びている。獣道との違いといえば、せいぜい村の者たちが草を刈り、人の手を少しだけ加えてあるという点くらい。そして、その先がどうなっているのかを知る者は少ない。
年に数度、人が通るかどうかというその道から男が三人、姿を現す。
そのときだった。おままごとに夢中になっていた幼い少女が跳ねるように立ち上がり、ためらうことなく駆け出した。
「おととー!」
弾けるような幼い声が、なだらかな斜面を転がるように落ちてくる。その声に剣帯を肩に掛けた男が立ち止まり、顔いっぱいの笑みを浮かべた。
「フィーネ! フィーネか!」
男が名を呼ぶと、少女は駆け下りる勢いをそのままに、男の胸を目掛けて跳ねるように飛び込んだ。
「いま帰ったぞ! 母さんは元気か?」
男は少女をその厚い胸板で受け止める。そのまま軽々と両脇に手を入れて抱え上げると、ひょいと高く持ち上げて空に舞わせ、たかいたかいとあやすようにして目を合わせた。
「かかしゃま、おうち! おしらせしちくる」
フィーネは足をばたつかせて「おろして」とせがみ、地に下ろされるとたちまち踵を返して、家に向けて全力で駆けていく。
「ラルフ、俺たち帰って来たんだな」
「ああ……」
男の名はラルフ。この村は自給自足、まともな産業すら無い。そのために村の男が交代で兵役という出稼ぎに出て、現金を稼いでくる。その現金を集めて年に数度、街へ買い出しに赴くのだ。
ラルフは一年前から兵役につき、隣国との戦争に参戦。幾度かの戦いを無事に生き伸び、この日ついに家族が待つ故郷へ帰ってきた。隣を歩く二人も同じ村で育った幼馴染。同じ日に五人で兵役に出たのだが、無事に戻ってこれたのはこの三人だけだった。
故郷の村を懐かしく眺めながら、男たちは段々畑が続く道を村の中へと足を進める。しばらく歩くと少し開けた平地へと変わり、集落の入口広場にたどり着いた。三人はそこで足を止め、短く言葉を交わす。
二度、三度と互いの肩を叩き合って笑みをこぼし、それぞれの家へと散っていった。
「あなた! よくご無事で」
「ああ、ハンナ、今帰った」
「おととかえったぁー!」
玄関先で出迎える妻と、手を叩いて飛び跳ねるフィーネ。
「ねぇおばちゃん、おとしゃまかえってちたよー」
ラルフとハンナ。若い夫婦は玄関先で抱擁を交わし、フィーネは弾けるような笑顔で隣の年増に父の帰還を知らせる。
「ラルフ! よく無事で……フィーネも良かったねぇ」
隣家の玄関先に顔を出した年増女は、愛くるしいフィーネの姿を見やり、表情を崩した。出稼ぎに出たまま帰らぬ人となった者も居る。しかし少なくとも、この家族には久しぶりの平穏が戻ってきたのだ。
「よし、一息ついたら皆でエルゼ様のところへお礼と報告に行こう」
集落の裏にある岩壁、そこには人工的に掘られた岩屋がある。中には、村の守り神として小さな石の祠が祀られていた。その守り神を「エルゼ様」と、村の者たちは呼んでいるのだ。
「いくー、かみたまいくー」
「そうね、お父さんが生きて帰れたのも、きっとエルゼ様の御加護があったからだもの」
「じゃあね、あたち、おそなえのおだんごちくる」
そういって庭の小さな畑へかけていくと、フィーネは地面にベタンと座り込んで土をこね始めた。
「フィーネ、エルゼ様の所に行くのに手を汚しちゃダメじゃないか」
「そうよ、お供えはお母さんが用意するから、フィーネはちゃんと手と足を洗いなさい」
父と母が揃って言うと、肩まで伸びた髪をふわりと舞わせながら振り向いて、元気よく右手を上げる。
「あい! そうしゅる」
言うが先か、立ち上がったフィーネは近くの井戸へと駆けていき、そこにいた近所の娘に水を汲んでくれとせがんでいた。
ハンナはたらいを出して水を甕から移し、薄い布でラルフの手を洗い、続いて靴を脱がせて足を洗う。フィーネも井戸で娘に手足を洗ってもらったようで、転がる様に家へと戻ってきた。
「えるぜさま、えるぜさま」
フィーネの家は村の端にあり、岩屋の祠は庭から抜けてすぐの所にある。家族三人は岩屋の奥へと進み、フィーネと同じ背丈の小さな祠にお供えを置く。そして今日という日を無事に迎えられたことへの感謝と、ラルフ生還へのお礼、そして明日からの平穏を祈るのであった。
急な帰還となったため料理支度も間に合わず、この日の食事はいつも通りの質素なもの。お祝いは改めて、ごちそうを用意しようと言う事になった。
やがて日は傾き、村と山を茜に染めあげる。時と共に色を変え、赤みがゆるやかに褪せていく。夜を迎え、闇が静かにあたりを包みはじめた――ちょうどそのときである。
けたたましい半鐘の音が鳴り響いた。
「なんだ、火事か?」
ラルフが扉を開け、村の様子をうかがう。
「賊だ、賊の襲撃だ!」
ラルフの耳は、はっきりとその声を捕らえた。何者かがこの辺境の村を襲っているのだ。
「ハンナ、剣を持て!」
ラルフは玄関先で剣を受け取り、外へと飛び出した。
その時、周囲から鬨の声が上がった。続いて怒号、悲鳴、何かが打ち壊される鈍い音――静けさに包まれていた村は、一転して喧騒のただ中に叩き込まれた。
「かかしゃまこわいー」
「しっ、いい子だから静かになさい。暗くなってから泣いたりすると、鬼がでますよ」
「うぅ」
小さな手でぎゅうと母に抱き着き、今にも泣きだしそうなフィーネ。しかし、鬼が出ると言われて涙をのんだ。必死で涙を堪える幼子と、緊張で顔をこわばらせる若い母親。二人が抱き合い息を殺す家の前で、突如として打ち鳴らされる剣劇の音。
男の吼える声と、二、三人分の断末魔が響き渡る。
「この男、強いぞ!」
「クソッ やられた!」
「囲め! 皆で囲め! 長物でなぶり殺しにしろ」
家の外で響く怒号と、闘争の音。ときおり混じるのは、逃げ惑う女たちの、獣じみた絶叫だった。
凄まじい破壊音と共に扉が砕け、血塗れのラルフが土間に転がり込む。戸を押し倒すように倒れ込んだ彼は、朦朧とする意識の中で必死に顔を上げた。
「ハンナ、フィーネ、逃げ──がぼぁっ」
妻と子に逃げろと告げる声は、後ろから延髄を貫き、口中から突き出た槍の穂先で遮られた。
「なんだぁ、こんなところに別嬪さんが隠れてんじゃねぇかぁ。てめえの旦那に六人も殺られたんだ、戦友を失った悲しみをその身体で癒してもらうぜ」
絶命したラルフを踏みつけ、家に上がり込んできたのは襤褸の上に革製の胴鎧を付けた雑兵五人。
男たちの眼には、獣のような剥き出しの欲望がぎらついていた。
「かかしゃま……」
あまりの恐怖に声を失い、泣くことさえ忘れたフィーネは、ただ大きく見開いた瞳でその男たちを見つめていた。
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