第1話 催涙スプレー
照度を落とした店内に流れるBGMは『RED ZEPPELIN 』の『ROCK'N ROLL』。60年代のオールディーズが中心のこの店で、アップテンポのロックが流れるのは珍しい。
客席とカウンターの隙間に置かれた年代物のジュークボックスはいつも気まぐれ。機嫌が悪くなると、ロックをかけたくなるようだ。
カウンターの裏側に掲げられている『BAR SHARK』の看板には、今日もスポットライトが当てられ、照度を落とした店内においてはまるでそれが浮かび上がっているかのように見える。
時刻は深夜の25時を回り、何やら薄汚いボロボロの衣服を纏った5人以外に客は居ない。浮浪者と言われれば、そのようにも見える。
浮浪者が5人ならば、カウンター席も5個。皆、横一列カウンター席に行儀よく座り、虚ろな瞳でただ何となく前を見詰めている。ただ1人を除いては......
「ウェ~ ヌォ~!」
長身の一人が、さっきから意味不明の呻き声を断続的に発している。
「............」
「............」
「............」
「............」
「グワッ~! オエ~!」
「............」
「............」
「熱帯雨林の鳥がいる...... 」
「............」
「盛りのついた動物園のゴリラじゃないのか?」
「............」
「............」
「カカカカカ......ンゲ~!」
「ポール! いい加減静かにしろ! お前は鳥か?!」
さすがのエマも我慢しきれない。イライラが顔に出ている。エマの目蓋には小さなばんそうこう。すでに痛みは感じない。
新宿の裏通りに面した雑居ビルの地下1階......薄汚い階段を降りるとそこに『BAR SHARK』があった。カウンター五席と四人掛けテーブル三個とこじんまりとはしているが、どこか落ち着く雰囲気がある。
ほんの三時間前、『帝徳ホテル』の駐車場で大門剛助相手に手痛い敗北を喫した柊恵摩が経営するBARであることは言うまでもない。
普段はバーテンダーとしてカウンターに立つポール......事件が起こる度、カウンターには臨時のバーテンダーが立つ。もう慣れっこだ。
「まぁ、エマさん仕方ないでしょう。ポールさん大勢に囲まれてたんですから......」
フォローを入れたのは、臨時のバーテンダー。髪の毛はオールバック。高貴な初老の紳士といった感じだ。
「ビェ~! 屋上で......催涙スプレー撒いたトコロまではヨカッタんですが......ジブンも結構吸っちゃって......ンガ~! ノェ~!」
ポールは両目から大量の涙を流しながら、ひたすら粘膜の痛みに耐えていた。
「正に自爆ね。でもあの時ポールさんが来てくれなかったら、結構大変な事になってた......感謝してるわ」
美緒はポールから視線を反らしながら、労いの言葉を述べた。美緒に深傷を負っている様子は見られないが、身体中あちこちが擦りむけている。所々未だ血が滲んでいた。
「まぁ、飛んだディナーショーになっちまったな」
圭一は大門に殴られた左頬を撫でながら、独り言のように呟いた。左頬は未だ腫れが引かず、リンゴのようにぷっくらと膨らんでいる。幸いにも骨には達していないようだが......
「まぁ、腫れただけで良かったんじゃないかしら。顔の左まで跡残っちゃったら、もう髪の毛で隠せないもんね」
美緒は横目でちらりと圭一を見ながら、労りの意を含んだ薄ら笑みを浮かべた。
「まぁな。色男が台無した」




