第3話 スタンガン
バカめ、つまらん所に隠れおって......ダクトの裏側でブルブル震えている青年の姿を想像すると、自然に笑いが込み上げてくる。
フッ、フッ、フッ......
一気に取り押さえてやる!
男は息を大きく吸い込むと、丸太のような太い身体を一気にダクト裏側へと投げ出した。
おうりゃあ!
............
............
............
しかし、隠れているであろう青年の姿はどこにもない。何となく拍子抜けした空気が辺りを包み込んでいく。その代わりと言っては何だが、薄汚いこんもりと膨らんだシートが角の方に転がっている。
ん?
男はその怪しいシートへと近付いていった。近くで見れば、そのシートは意外に小さく、1メートル四方というところ。屈んで覗き込むと、シートの下にタキシードを纏った人間の背中のようなものが見え隠れしてるではないか。
「ハッ、ハッ、ハッ。お前それで隠れてるつもりか?」
男は大きな笑い声を撒き散らしながら、体を前屈みにして乱暴にシートを剥ぎ取った。
バサッ!
そして暗がりの中、服の襟首を掴み上げる。
おや?
人の襟首を掴みあげたにしては妙に軽い。よくよく見れば、服の中にはパイプに巻き付けられていた保温材が大量に押し込められおり、服の中に人間の姿は無かった。
まさか! 罠か?!
突如、男の背中に冷や水が走る。
どうせド素人の若造が一人だけ......俺様からしてみれば、取り押さえる事など赤子の手を捻るようなもの......そんな男の甘い目算が招いた人為的なミスとしか言いようがない。
もし、暗がりであることを視野に入れ、突入前に仲間を集めていたら......
そして、もし他とは違う足跡が2種類存在する事に気づいていたなら......
この後起こる惨劇を未然に防げたに違いない。
「今だ!」
突如、頭上から女の声が立ち上がると、屈んだ自分の背中に何かが落ちてきた。ずっしりと重い感触だ。またそれと同時に、何か自分の足に絡み付いてくる。
「なっ、何だお前らは!」
男は余りに一瞬の出来事に一体何が起きているのか理解出来ない。
「それじゃいくわよ。ハイ、離れて!」
頭上から男の背中に飛び乗った美緒は、雪の中パンツ一丁で男の足に食らえつく未来に指示を送った。
「はっ、はい!」
未来はバネ仕掛けの人形のごとく男の足から飛び離れる。
「えい! 最強レベルだ。喰らえ!」
美緒は躊躇なく、スタンガンのレバーを力強く握り締めた。
ビリビリビリ!
「あいやぁぁぁぁ......!」
さすがに最強レベルともなると、先程未来に喰らわせた『弱』とは比較にならない程の衝撃だ。スタンガンから発せられた稲妻の閃光は、男の全身を見事に包み込み、暗がりの東京の夜空を明るくライトアップさせた。
次の瞬間には意識を失い、その場に射殺された熊のごとく倒れ落ちていく。
「さすがポールさんの改造スタンガンね。たっ、楽しいわ。フッ、フッ、フッ」
美緒は、興奮しきった口調で不適な笑みを浮かべている。一方、最強レベルの攻撃を喰らった男の方はと言うと......体からは、雪降る空間に大量の湯気を立ち上げ、口から泡を吹きながらなおも痙攣を続けている。
この人......もしかして悪魔?
未来は美緒の猟奇的な表情を目の当たりにして、全身に鳥肌が立っているのが分かった。
「おいっ、居たぞ。あっちだ!」
それまで四散していた狩人達が、音に気付いて一斉に駆け寄ってくる。バタ、バタ、バタ......!
勝利の余韻に浸っている場合ではない。美緒の表情が瞬時に引き締まる。
「行くわよ!」
美緒はそう叫びながら、未来の手を引いた。
「はっ、はいっ!」
2人は全速力で非常階段の搭屋へと突き進んでいく。雪面に足が取られて倒れそうになる。
20m......10m......
「もうちょっとだ。頑張れ!」
大型ホテルだけに、屋上の敷地もそれなりに広い。方々に散らばっていた狩人達は、2人よりも遥か後方に位置していた。
この距離なら狩人達の包囲網を抜け出せる......そんな甘い手応えを2人が感じた正にその時だった。
バタバタバタ!
2人が向かう搭屋の内側から、何やら複数の足音が響き渡って来るではないか。
もしやあの2人が助けに来てくれたのか?
それとも敵なのか?
自分1人ならまだしも、戦いという事に関してド素人の未来を抱えているこの状況。もし階段を掛け上がって来るのが敵ならば、手の打ちようがない。
どっちなんだ?......美緒は祈るような気持ちで、その者達の姿が現れるのを待った。
すると......
「どこだ!」
大声を発しながら屋上に駆け上がって来たのは、美緒の期待を裏切る狩人達の増援部隊だった。次から次へとウジ虫のように沸き上がってくる。総勢10名は下らない。
「スッ、ストップ!」
美緒は塔屋の5m手前で急ブレーキを掛けた。手前からは、美緒達の姿を視界に捉えた増援部隊が束になって押し寄せてくる。後ろからも四散していた狩人達が、各所から集まってくる。
すっかり囲まれた!
万事休す!
それは正に絶望的と言ってもいい状況だった。