夏の友人 参
夏祭りの次の日、僕はまた神社に彼女へ会うために向かった。
だけど、彼女は現れなかった。
僕は彼女が何か怪我をしたんじゃないか、熱でも出したんじゃないかと気が気じゃなかった。祖父母に無理を言って、人間の世界に数日滞在してみた。
人間に視認されない布を顔に被せ、ひらすらに神社で彼女を待った。
それでも彼女は現れない。
もう少し滞在して様子を見ようとしていたら、身体が半透明になっているのに気付いた。慌てていると、祖父母が「これ以上はいけないよ」と言って僕を元の世界へ連れ帰った。
祖父の話では、元々僕の世界と彼女の世界が交わることはなく、繋がってしまうのは非常に稀なことで、相容れないものなのだと。
だから、人間が妖怪の世界に、妖怪が人間の世界に長くいると、存在が消えてしまうのだと、祖父は言った。祖父は人間の世界について研究している、研究者だ。だから彼女の世界に詳しい。
それでも、やっぱり僕と彼女たちは相容れることはなく、結局は別々に生きるしかないと、夏祭りの僕を見ていた祖父が僕に言い聞かせるように言った。
でも僕は、その事実を受け入れられなかった。彼女と一緒にいられないなんて。彼女がいない世界で生きなければならないなんて。
あの鮮やかな夏が、奪われてしまう。
僕は祖父にもう行くなと言われたにもかかわらず、人間の世界に隙間が閉まってしまうギリギリまで行き続けた。それでも、彼女は現れてはくれなかった。
僕は、彼女にやはり、何かしてしまったのだろうか。何故彼女は怒っていたのだろうか。考えても考えても答えは出ない。
それでも僕は、彼女を諦めることなど到底できなかった。だから僕は、彼女が怒った原因となっていたかもしれない、僕を変えることを決意した。
◇ ◇ ◇
年を取るごとに、小さかった僕らは色んな妖怪がいるということに気付き、僕を仲間外れにはしなくなっていった。
僕はまず、友人を作った。あの時の彼女との失敗を繰り返さぬよう、喧嘩をしてみたり、より仲良くしてみたりもした。親友と呼べるような友人もできた。
大人に近づいていくにつれ、女性妖怪たちは僕を気に入る奴が多くなった。
僕は両親に似て、妖力が強いし、顔も綺麗だと言われる。でも、気持ちはまったく揺るがなかった。
僕が欲しいのは、彼女だけで、彼女しか、いらなかった。
でも彼女が喜んでくれるかもしれないから、女性妖怪が何をしたら喜ぶのかを調べる為に、色々してみた。顔を近づけると、どこか嬉しそうにする。優しくすると、喜ぶ。
親友には無駄に優しくするな、顔を近づけるなと言われた。余計な気は持たせないほうが良い、と。
そんなことは分かっている。でも彼女に会ったときに、これで僕を好きになってくれるかもしれないと思うと、僕は女性妖怪たちが喜びそうなことをどんどん実行していった。
僕が人間の女の子を好きだと知っている親友には「罪な男だな、お前…」と諦めたように言われたが、彼女と仲良くなる為の手段があればあるほど、いい。
そのせいでよく告白されるという煩わしいことはあったが、彼女の為だと思えばそれすらも構わなかった。
あの別れの日から、僕は毎日彼女に会いに行った。
次の年も、その次の年も。祖父母宅に夏休みになると行くことに、両親はもう何も言わなかった。
祖父にはやんわりと諦めるように言われているが、諦める気など僕はさらさらなかった。
そしてあの別れから11年が経ったある日、学校終わりにあの神社へ向かうと、彼女は現れた。神社の大木に、憂鬱そうに寄りかかってため息をついていた。
久々に会えたのが嬉しくて声を掛けようとしたけれど、僕は声を掛けられずにいた。
あれからもう、11年が経った。彼女は僕を、覚えてくれているのだろうか?覚えていたとしたら、もし彼女があのとき怒っていた理由が僕にあったのなら。
彼女は今まで顔も見たくないほど、僕を怒っていたのではないだろうか。
そう考えたら怖くて、いざとなったら声すら掛けられずに僕は立ち尽くすだけだった。
声を掛けようか迷っていると、彼女が帰ろうと足を踏み出したのに気付いた。またこの神社に、来てくれる保障はない。そしたら次はもう、彼女と一生会えないかもしれない。
そう思ったら僕は、彼女に声を掛けていた。
「もう帰るの?」
声を掛けると、彼女は初めて出会った時のように驚き、恐る恐るこちらを振り向いた。
彼女は、昔と変わっていない。僕の気持ちも変わっていない。
彼女に会えて、嬉しい。
「ごめん、そんなに驚くと思わなくて。別に隠れていたわけじゃないんだけど」
更に声を掛けると、彼女はパニックになっているようで顔を忙しなく動かしていた。
なんだか嬉しくて、つい本音が漏れてしまう。
「変わらないなぁ。百面相する女子高生…うん、面白いね」
そう言うと、彼女はムッとした顔で僕に話しかけてきてくれた。
ああ、久しぶりに彼女と話せる。
「…なんなんですか、あなた。いきなり話しかけてきて失礼じゃないですか」
「ごめんごめん。なんか久しぶりだったから、ついね。昔から変わってないんだな」
「え?初対面ですよね?」
彼女は僕を、忘れてしまっていた。
悲しかったけれど、この様子だとあのとき怒っていた理由も忘れているようだった。それは僕を、とても安心させた。
「忘れてるならいいんだ。それよりもう帰るの?」
「ええ、帰りますけど…何か私に用事でしたか?」
「いや、用事って程のことはないんだけど。小さい頃、僕らはここで会って一緒に遊んでいたんだ。偶然ここに立ち寄ったら君がいてさ、懐かしくなってまた君と少しでも話せたらと思ってね」
どうか、少しでも僕のことを思い出して。
そういう思いを込めて、少しだけ昔のことを話した。彼女は戸惑っていたが、真剣に思い出そうとしてくれている姿を見て、やっぱり彼女は彼女だなと安心する。
夜闇が空を覆う頃、彼女はやっぱり思い出せなかったようで、少し申し訳なさそうな顔で言った。
「ごめんなさい、本当に思い出せないんです、すみません。あと申し訳ないんですが夕飯に間に合わなくなるので帰ります」
「いや、こっちこそいきなり声かけてごめん」
「お気になさらず」
そう言って彼女は帰ろうとしている。
このままだと、もう彼女に会えなくなる。そんな予感が頭を過り、また彼女に声を掛けていた。
「ごめん、待って。明日ここで会えないかな。今日と同じ夕方くらいに」
「明日ですか?」
「えっと、いいですよ。じゃあ明日の夕方にここで」
「引き留めてごめん、ありがとう。ここで待ってる」
「いえ、それじゃまた明日」
「また明日」
彼女が「また明日」って、言ってくれた。
明日になったら、また彼女に会える。僕は嬉しくて、彼女を見送ってから自分の世界に戻った。
次の日、僕は昔着ていたのと同じ紺色の着物を着て、彼女に会いに行った。少しでも僕を、思い出して欲しくて。
彼女は驚いていたが、着物で普段は生活していると伝えると、納得したようにうんうんと頷いていた。可愛い。
会えたのが嬉しくて、しばらく彼女を眺めた。話もしたかったけど、久しぶりに会った彼女を目に焼き付けておきたかった。
彼女は気まずそうにしていて、視線を彷徨わせていたが、僕が彼女を見ていることに気が付くと、大きく目を見開いて驚いた。
可愛くて思わず笑ってしまうと彼女はムッとしていたが、昔と同じで本気では怒っていないようだ。
僕だけが楽しそうなのが気に入らないらしい彼女は、耐え切れないといった様子で話を切り出してきた。
「ところで昨日も言っていたけど、私ってあなたと本当に昔知り合いだったの?悪いけど私はあなたのこと全然覚えてない。だからいまいちピンとこないんだけど」
「知り合いだったよ。寧ろ友人と呼べるくらいには仲良くしてた。でも君は結構小さかったし覚えていなくても無理はないかなぁ」
「小さかったって…あなた私と同い年くらいじゃないの?私は16歳だけど」
「僕は17だよ。君より一つお兄さんだね」
「一つ違うだけならほとんど変わらないと思うけど」
「そうかな?小さい頃の一歳って大きいと思うけどね」
そう言うと、彼女は少し考えるようにした後、なにやら納得した様子だった。そして何かに閃いた様子で僅かに目を輝かせている。昔と変わらない、素直な子。
あまりに愛おしくて、自然と僕はその想いを言葉にしていた。
「なんか君って相変わらず素直だよね」
「…そうでしょうか、私って凄く自分が捻くれてるって思ってますけど」
「昔っから君は素直だったよ」
「…さっきから昔から昔からって言いますけどね、私全然覚えてませんから。あなたの言う昔の私とのエピソードってやつを教えてもらっても?」
僕ばっかり楽しそうにしているからか、彼女はむくれている。
この楽しさを君にも共有してほしいから。
じゃあ少し、話をしよう。
「そうだね、僕ばっかり楽しそうにしててごめん。なんか嬉しくてさ。じゃあ僕と君との初めての出逢いから話そうか。少し長くなるからベンチに座ろう」
こうして二人でこのベンチに座るのも、11年ぶりだ。
嬉しくて、少し芝居がかったような言い方で、僕は彼女との思い出を彼女に少しでも思い出してもらうために、大切な思い出を言葉にして紡いでいく。
「それじゃあ僕らの記念すべき出逢いの話をしよう。あの日もこんな風に、夕暮れだったんだ」
ちょっとくだらないやりとりをしながらも、彼女は僕の話を真剣に聞いてくれた。
そんな彼女が愛おしくて、可愛くて、話している間、僕は顔をにやけさせてはいなかっただろうかと心配になった。
キリの良い所まで話し終えると、彼女の顔色が悪いことに気付いた。
心配になり、彼女の顔を覗きこみ、言葉を掛けると、僕は彼女に嫌そうな顔をされた。
「大丈夫だから顔近づけないで」
「あ、ごめん」
ショックだった。何がいけなかったんだろう。
僕がどうしたらいいか分からずにいると、彼女の方から声を掛けてくれた。
「ごめんなさい。私パーソナルスペース狭いから」
「いや、僕こそごめん。無意識に人に近づきすぎちゃうとこ昔からあるんだ。そのせいで友達にもよく怒られたりする」
「分かってくれればいいです。怒られるくらいなら早く直せばいいのに」
「僕も直したいとは思ってるんだ、この癖。だけど昔からだからなかなかね」
本当は意図的にやっているけれど。でも君が、喜んでくれるんじゃないかと思って。
「でも君は昔は僕が顔を近づけても平気だったのに、駄目になったの?」
ここまで近づけてはいなかったけど、彼女は僕が近づいても昔は嫌がったりはしなかった。
何が悪かったのか確かめる為に、彼女に聞いてみる。
「今は子供の頃とは違いますよ。それに私だからよかったものの、その癖直さないと女性に勘違いさせちゃうから早めに直すことをおすすめします」
「勘違い?」
「あなたのその癖という名のテク毒牙にかかった女性があなたを好きになってしまうということです。あなた無駄に綺麗な顔してますからね。あなたの友達はそれに気付いているから怒ったりしたのでは?」
彼女は僕のこの行為の意図が分かっている。では何故?
何故君は喜んでくれない?
平静を装い、彼女の表情から読み取れるものがないか注意深く見て、更に探りを入れた。
「なるほど。よく友達が怒っていた理由が分かった。だから無駄に優しくするなとか、顔を近づける癖を直せと言っていたのか」
「そうだろうと思いますよ」
「よく告白される謎が解決した」
「そうですか」
彼女は顔を引きつらせていくだけで、僕が女性が惹かれるに値するような男性だとは、思ってくれていないのか。
念の為、最後に確認をした。
「君は勘違いはしないんだ?」
僕は何かをミスしてしまったようだ。
彼女が物凄く軽蔑するような目で、僕を見ている。
「私はあなたの顔が苦手だからです。勿論、あなたを好きになることもないので安心してください」
息が、止まるかと思った。
僕を好きになることはない、なんて言わないでよ。僕は、君が好きなのに。
僕のこの顔は、彼女に好かれる要素にはならない。寧ろ苦手だって言われた。
僕はこんな顔に生まれたことを、生まれて初めて悔いた。
「そう…そっか。ごめんね、苦手な顔近づけちゃって」
「いや、大丈夫だから。それと、段々暗くなってきたし私帰るね、それじゃ」
僕は彼女が不快に思うようなことばかりしてしまったようで、彼女はさっさとこの場から去ろうとしている。待って、行かないで。
お願い、僕を好きにならなくてもいい。だけど、一緒にいて。
気付いたら僕は、彼女の腕を掴んでいた。
「待って。ごめん、苦手な顔を近づけたのは本当に申し訳ないと思ってる。僕の発言で気に障ることがあった?だったら謝るよ。だから怒らないで」
「怒ってないですよ。ただこれ以上話すこともないですし、そろそろ夕飯の時間なので帰りたいなと」
彼女は怒っていない。なら、また明日、約束をしても許されるだろうか。
「あ、あのさ!怒ってないなら、もしよかったら…明日もこの時間にここで、会えないかな?」
彼女は迷っていたが、僕が縋るように頼み込んでいたからか、戸惑いながらも小さく頷いてくれた。
「ありがとう!長々と引き留めてごめんね。また、明日」
「ええ、また明日」
今日も「また明日」が聞けた。だから、明日も会える。
僕は嬉しくて、彼女に手を振って鳥居を出た。そこで人間に視認されない布を被り、彼女が帰っていくのを鳥居の前で眺めていた。
天然イケメンは天然ではなく培養だったようです。
にしても夜陰さんの小夏ちゃんへの執着が凄い。怖い。どうしてこうなった。
もはや作者にも分からない。
これはヤンデレをキーワードとして足しておくべきなのだろうか…。




