1話「織田の侵攻」
人物との会話によっては仁科盛信を五郎、武田勝頼を四郎とする場合がございます。
・1話「織田の侵攻」
時は戦国…
1582年2月、戦国大名織田信長の息子、織田信忠は父・信長の命により「甲州征伐」を進行し、名門の武田家を滅ぼそうと考えた。
そして岐阜城から出陣された軍は甲州征伐のはじめとして信濃伊那群の高遠城の攻略を企てていた。
その高遠城では武田信玄の5男の仁科盛信が兄の武田勝頼の指示に従っていた。
かつて甲斐の名門といわれた武田家も、1575年の長篠の戦いの敗北の影響から、武田家の心はバラバラになってしまっていて、特に1ヶ月前には妻として武田信玄の娘の真理姫の夫であった木曾義昌の謀反といった内部の裏切りが増えるなど、勝頼を従う者は少なくなっていき今は滅亡の危機がすぐそこまで迫っていた。
「殿!織田信忠隊が我が高遠城を目指して進軍しています!」
側近の一人が高遠城主・仁科盛信に伝える。
高遠城を攻略しようとしていた織田信忠隊は、すぐそこまでと迫ってきていた。
「木曾の軍も攻めてきているのか?」
仁科盛信の重臣・高橋勝親は側近に質問する。
「はい。先鋒隊として木曾義昌の軍も見られます」
(クソ!)
勝親の顔は険しくなる。
高橋勝親は商人出身から仁科盛信の重臣となるまでと武田家に対して恩の気持が大きかった。
そのため武田家の外戚でありながらも武田家を裏切った木曾義昌を許すことができず、怒りの気持ちでいっぱいであった。
「兵はどれくらいだ?」
盛信は確認をとる
「3万ほどの大軍かと見られます!」
「なんと…」
仁科盛信の救援部隊として高遠城に入場していた小山田昌成も驚きの声を漏らした。
それもそうであろう、高遠城にいる兵は3000程度。10倍以上の敵を相手にして勝利を計算するのはほぼ絶望的である。
武田家の本拠の城は甲斐の新府城であり、そこまでの道のりの入り口といえるのがこの高遠城である。
このような大軍を送るということは、織田家は何としても武田家を滅ぼそうと考えているに違いない。
「殿、いかがなさいましょう」
側近が盛信に尋ねると盛信は
「よし、それでは半刻ほどしたらこれからの方針と作戦について話し合うとしよう。重家と大学助を呼んで参れ。それと勝親と昌成も頼む。策を考えておいてくれ。」
側近、勝親、昌成は同時に返事をする。
これから話し合いが始まるというのに勝親はどうしたらよいのかといった困惑した顔をしていた。
それは、勝親はこれからの話し合いで何を提案すべきかということだ。
高遠城に3000程度の兵で10倍以上の兵を敵として追い返せる策を考えるべきなのか、それとも五郎様(仁科盛信)の命を守るために降伏をするべきであるのかと…。
勝親は例え負け戦になろうとも死のうとも最後まで武田家のために抵抗をしたいと考えてはいるが、自分が守るべきである五郎様、そして五郎様の家族には生きていてほしいとも思っていた。
もう少ししたら高遠城のすぐそこまで織田の軍はたどり着くであろうから、その時までに準備は怠らないようにしなければいけない。
まぁいいや、半刻まで時間はあるし城内の周りを歩きながら決めるとするか…。
勝親はそのように思うと、いい策が思いつくようにと、四半刻ほど城内を散歩しようと決めた。
半刻=1時間。四半刻=30分程度という意味です。




