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転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
第四章

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記憶 1

 目を覚ますと、真っ先に目に入ったのは真紅の天蓋だった。どこ、ここ……? そう思ってベッドから身を起こす。部屋の中は既に薄明るくなっていた。もう朝らしい。


 ふと横を向くと、ベッドサイドの椅子に、美形のお兄様が腕と足を組んで座っていた。この人、中央神殿から私を連れ出してくれた人だ……。もしかして、ずっと傍にいてくれたのかな?


 お兄様は目を閉じ、少し俯き加減。寝てるのかな? それを確かめようと、ベッドから身を乗り出し、お兄様の顔の前で手をヒラヒラとさせてみる。すると、突然、彼に手首を掴まれた。ビ、ビックリした! 寝てたんじゃなかったのか!


「起きたのか」


 そう言ったお兄様は、どこかアンニュイな雰囲気を漂わせていた。やっぱり寝ていたらしい。気配で起こしてしまったのか……。申し訳ない事をしてしまったかもしれない。


「ええっと……。ここ、どこでしょう?」


 愛想笑いを浮かべつつ、お兄様に問う。すると、お兄様は眉間に皺を寄せた。怒らせてしまったのだろうか? 私、怒らせるような事を聞いたのだろうか?


「あの……」


「お前の部屋だ」


「え?」


「ここは、お前の部屋だと言った」


 私の部屋……。ぐるりと部屋の中を見回す。アンティーク調の落ち着いた色合いの家具。どれもこれも凝った彫刻が施されていて、一目で高級品と分かる。大きな出窓には、天蓋と同じ真紅のカーテンが掛かっていた。薔薇の花が活けられた花瓶が、ダイニングテーブルやソファの前のローテーブル、ベッド脇のサイドボードの上に置いてある。中央神殿のあの真っ白い部屋とは違い、どこか生活感があって落ち着く気がする。しかし、こんな豪華な部屋が私の部屋?


「嘘だぁ」


 乾いた笑い声を上げる私を、お兄様が険しい表情で見つめている。何、この人。顔怖い。超怖い。何で睨むの? そんな、気に障るような事言いましたかね、私。


「あの……?」


「一つ聞く。私が誰だか分かるか」


 お兄様に問われ、私はまじまじと彼の顔を見た。うん。何回見ても綺麗なお顔です事。でも、視線が怖い。で、誰だか分かるかって? そりゃあ、勿論――。


「分かりません」


「そうか」


 お兄様は無表情に言うと、椅子から立ち上がった。そして、くるりと踵を返し、虚空へと姿を消す。何だったんだ、今の……。質問の意図が、全く分からなかったんですけど……。


 ……はっ! ボーっとしてたら駄目だ。とりあえず、ここが本当に私の部屋なのか確かめないと! 私はベッドから降りると、クローゼットへと向かった。私の部屋だと言うのなら、ここに私の服があるはず! そう思ってクローゼットを開き、私は動きを止めた。


 何だ、これ……。見た目以上に中が広い。引くくらい広い。物理法則は完全無視ですか? この空間、クローゼットの見た目からしておかしいでしょ!


 だだっ広い空間には、色とりどりのドレスが所狭しと掛けられていた。どこのセレブの衣裳部屋だ。これ、全部私の服、とか……? いやいやいや。そんな、まさかねっ! あは、あはははは。……見なかった事にしよう。そうだ。私は何も見ていない、見ていない……。


 現実逃避をするように、私はクローゼットの扉をそっと閉めた。うむむ……。何か無いかな……。ここが私の部屋だっていう証拠。別に、あのお兄様を疑っている訳では無いけれど、こんな豪華な部屋が私の部屋だって言われても、いまいち納得出来ないし……。まあ、中央神殿の白い部屋とこの部屋、どちらが私の部屋っぽいかと聞かれたら、この部屋の方が落ち着くし、私の部屋っぽい気はする。しかし、何か証拠が欲しい。私がここにいたという証が。


 ふと目を留めた先にはサイドボード。あの中、何か入ってないかな……? そう思って引き出しを一つずつ開けて中を確かめてみる。一番上の引き出しには、細い木炭がいくつも入っていた。この大きさ……。燃料って事は無いだろう。という事は、デッサン用の木炭かな? その下の引き出しには、適当な大きさにカットされた紙と一枚の木の板。何、これ……。木の板にくっついているの、洗濯バサミっぽいんだけど。これで板に紙を留める、とか? この板、画板の代わり、なのかな……?


 そして、その下の引き出しにはデッサンが描かれた紙が、そのまた下の引き出しにはいくつかのノートが大切に保管されていた。ノートの中を確かめると、幾何学模様でいっぱいだった。何これ! 日記的な物を期待していたのに。ガッカリだよ!


 デッサン、結構な枚数があるな……。私はそれを取り出し、出窓の淵に腰掛けて一枚一枚確認していった。ペラペラと紙を捲っていく。静物画から肖像画まで、色々なデッサンがあった。美形のお兄様や白いドラゴンに変身していた美少年、緩いウェーブ髪の色っぽいお兄さんや無造作ヘアの半裸のお兄さん、オールバックの穏やかそうな雰囲気のお兄さんやフワフワ髪の少し釣り目気味の少女などなどなど……。このタッチ、私が描いた絵っぽい。絵の右端には私のサインもあるし、たぶん間違い無いだろう。これは私の描いたデッサンだ。こんな物があるという事は、お兄様が言っていたように、やっぱりここは私の部屋? そう思って、ぐるりと部屋を見回す。何度見ても、こんな豪華な部屋、見覚えは無い。


 記憶に無い部屋……。記憶に無い絵……。私じゃないもう一人の私が、ここで生活していたみたいで気持ち悪い。手、震える。心臓がドキドキする。上手く呼吸、出来ない。怖い……。怖い! 助けて――!


 突如、強烈な頭痛が襲ってきた。痛む頭を反射的に押さえると、その拍子に手からデッサンが滑り落ちて床に散らばった。涙で滲む視界の端に、スッと誰かの足が現れる。緩々と顔を上げると、すぐ目の前には美形のお兄様。戻って、来てくれた……。


「絵を、見ていたのか」


 お兄様はそう呟き、足元に散らばった紙を全て拾ってくれた。そして、それを手に、私の隣に腰掛ける。


「こんなにあったのか」


 お兄様が絵を一枚一枚確認していく。私はそれを不思議な心地で見守った。この人は私の何? 何でこの人がいるだけで、こんなに落ち着いた気分になるの? 決して愛想の良い人じゃないし、顔だって怖いのに。何で? どうして?


「あの……」


「何だ」


「貴方は誰? 私の何ですか?」


「今、話したところで混乱するだけだ」


「何で? 教えて下さい! 貴方は誰?」


「……お前の夫だ」


 そうか。この人は私の夫だったのか。だからこんなに安心して――。ん? 夫?


「お、おお、夫? 恋人とかではなく? 私、貴方の妻?」


「ああ。共にある事を誓い、夫婦の契りを交わした」


 何と。恋人に続き、夫が登場した。私、結婚していたらしい。まさか、人妻になっていたなんて……。


 私はまじまじとお兄様の顔を見つめた。うむ。何度見ても綺麗なお顔だ。でも、視線が怖い。傲慢そうな、見下すような、そんな視線に思わず委縮してしまうんですが……。私、よくこんな人と結婚したな。


「それ、本当ですか?」


「だから混乱すると言った。記憶が無い状態で言われても、俄かには信じられぬだろう」


 いや、まあ、そうですね。それが正論ですよ。私の一番新しい記憶は、大雪の日の記憶だ。たぶんだけど、この世界に来た日の記憶。それから季節が幾つか巡っているのだろうが、私にはその記憶は無い。お兄様が本当に夫だとしても、共に過ごした日々の記憶は無い訳だし、混乱するよ。うん。そうだよ。


「おっしゃる通りです」


「記憶が無い理由は、大方の予想がついている。朝食後、それを確かめ――」


「あ。それなら、頭を打ったのが原因だろうって」


「誰が言った」


「え? ええっと、レイガスっていう、中央神殿の人です。確かに頭、打ったみたいで……」


「これか」


 お兄様はそう言うと、私の前髪を掻き分けた。そして、額の中央に軽く触れる。そこ? そんな所打ってない、と思ったけど――。


「いったぁ!」


「傷になっている」


「痛いけど、そこじゃないと思います。たぶん、こっち」


 私はたんこぶの出来ている後頭部を指差した。お兄様がたんこぶ付近にそっと触れる。そして、腫れを確かめるように私の頭を数回撫でた後、ゆるりと手を離した。痛かった。思わず目から涙が出ちゃった。


「確かに腫れているな。何があったのかは分からないのか」


「分かりません。ただ、頭を打ったといわれただけで」


「そうか」


 お兄様は考えるように顎に手を当てた。難しい顔をしているのだろうが、一見すると怒っているようにしか見えない。目つき悪いなぁ。彼はそのまま暫く考え込んだ後、出窓の淵から立ち上がった。


「まあ良い。朝食後、ノイモーントに確かめさせれば分かる事だ」


「ノイモーント、さん?」


「これだ」


 お兄様は一枚の絵を差し出した。そこには、緩いウェーブ髪の色っぽいお兄さん。この人、ノイモーントさんって言うのかぁ……。確か、中央神殿からこの城に帰って来る時に見掛けた。絵があるって事は、私と交流があった人なのだろう。全然覚えていないけど。あ。そう言えば――。


「ねえ!」


 私は、こちらに背を向けたお兄様を慌てて呼び止めた。改めて聞くのは少し悪い気がする。別の人に教えてもらった方が良い気もする。でも、今すぐ知りたいって、そう思ってしまったんだから仕方ない。思い立ったが吉日ってやつだ。


「貴方の名前、教えて?」


「シュヴァルツ」


「シュヴァルツ、さん?」


「さんはいらん」


「シュヴァルツ?」


「ああ」


 振り向いたお兄様――シュヴァルツは片方の口角を上げ、ニヤリとした笑みを浮かべた。悪そうな顔。でも、この笑い方、嫌いじゃない。


「そろそろ朝食の準備をしに、ローザとアイリスが来る。顔でも洗っておけ。着替えは後程持って来る」


「はい」


 私はシュヴァルツに笑みを返し、洗面所へと向かった。彼と少し話をしただけで、だいぶ気持ちが落ち着いた。彼が本当に私の夫なのかどうかは未だ分からないけれど、私が記憶を失う前、それなりに信頼していた人なのだろう事は分かった。

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