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転移先が大魔王城ってどういう事よ?  作者: ゆきんこ
第四章

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中央神殿 1

 窓から吹き込む朝の爽やかな風に頬を撫でられ、私はふと目を覚ました。すぐ目の前にはシュヴァルツの端正な寝顔。私、シュヴァルツのおでこにおでこをくっつけて寝ていたらしい。よくこれで寝られたな、私。


 私を抱き込むように絡みつくシュヴァルツの腕から抜け出そうと身を捩る。すると、もぞもぞと彼の腕が動いた。その動きはまるで、私を逃すまいとするよう。もしかして、起こしちゃった? 慌てて彼の顔を覗き込むも、瞼はしっかりと閉じられている。良かった。起こしてはいないみたいだ。


 私はシュヴァルツの腕から何とか抜け出し、そっとベッドから降りると、床に落ちていたネグリジェを拾った。そして、それを身に付け、着替えと、昨日ブロイエさんに貰った連絡用の護符を手に、洗面所へと向かった。


 色々痛い……。でも、我慢出来ない程じゃない。この後、ローザさんが起こしに来るだろうし、ずっとこのままという訳にもいかない。簡単に身なりを整えておかないと。淑女の嗜みってヤツだ。


 ふと、洗面所の鏡に映った自分の顔が目に入った。少し寝不足気味なのか、目が赤い。まあ、これくらいなら適当に誤魔化せそうだ。そう思いつつ、浴室に入り、昨日の残り湯に火の魔石を放り込む。石一つで追い炊きが! 一家に一つ、火の魔石! なんつって。あはは。


 暫くすると、お湯からホカホカと湯気が上がり始めた。丁度良い湯加減になってきたみたい。私はいそいそと洗面所に戻り、さっき着たばかりのネグリジェを脱いだ。そして、鏡に映った衝撃的なものを目にして凍り付く。首筋と胸元にいくつも散った赤い印。これ……あれですよね、あれ。キスマーク。これを誰かに見られると、色々と悟られてしまう! ま、不味い! どうしよう! 胸元のは服で隠れるにしても、首筋のは隠れない。 一日中、手で押さえて隠しておくわけにもいかないし……。はっ! お風呂で身体を温めたら、消えたりなんて、したりしてっ!


 お湯に浸かり、赤くなっている箇所を軽くマッサージしてみる。しかし、痣のようなうっ血の痕は、そんな事くらいでは消えなかった。とほほ……。どうしよう、これ……。服を着て、首筋の赤い印と睨めっこする。スカーフみたいなのを巻いたら隠れるかもしれないけれど、生憎とそんな物は持っていない。どうしよう! どうしよう! ああ、どうしよう! 私の頭の中はその言葉で埋め尽くされた。


 そんな私の耳に、控えめなノックの音が届く。ローザさん、来ちゃったよ! 本格的に参った! 私がコソコソと洗面所の扉から顔だけ出すと、それを見止めたローザさんが入り口の前でふわりと微笑んだ。


「そちらにいらっしゃったのですね」


 そう囁くように言うと、こちらに近づいて来る。どどど、どしよう! と、とと、とりあえず、手で隠しておこう! そうだ。そうしよう!


「は、はい~」


 私は口の端をピクピクさせながら洗面所から出た。笑って誤魔化したいところだけれど、上手く笑えない。ローザさんは私の引き攣り笑顔なんて気にした素振りを見せず、手にした物を広げた。これは……ハンカチ? いや、もっと大きい。スカーフだ。彼女は素早くそれを私の首筋に巻いてくれた。結び目が花のような形にふんわりと膨らみ、とってもお洒落な巻き方だ。今の一瞬で、どうやって結んだんだ?


「これ……」


「必要かと思いまして。私の物で恐縮ですけれど、準備させて頂きました」


 生暖かい眼差しに見つめられ、私の背筋がムズムズとした。この人、全てを悟っている! ここに来る前から全てを悟っている! 何故だ!


 ふと目をやった先には開いた窓。そう言えば、昨日、お風呂上がりの火照った肌を冷やそうと思って開けたんだった。はっ! ま、まさかっ!


「も、もしかして――むぐっ!」


 赤面して叫ぼうとした私の口を、ローザさんが慌てて押さえた。そして、人差し指を自身の口元へ持っていき、ベッドへと視線を移す。私も彼女につられるように、ベッドへ視線を移した。そこには、スヤスヤと寝息を立てるシュヴァルツ。この人、シュヴァルツがまだ寝てる事も気が付いていたのか……。恐るべき観察眼。


「朝食の準備、整っています。出ましょうか?」


 ローザさんに小声で問われ、私は赤くなりながら頷くしかなかった。そして、私とローザさんは、ぐっすりと眠るシュヴァルツを残し、そっと部屋を後にした。


 廊下をローザさんと並んで歩く。私はちらちらと彼女の顔色を窺った。ローザさんは私を起こしに来る前にスカーフを準備していた。そして、開いていた窓。導き出される結論は――。気まずい。ひじょーに気まずい。


「アオイ様」


「は、はい~?」


「今度から、窓、閉めて下さいね」


 で、ですよねぇ。文句の一つも言いたくなりますよねぇ。はぁ……。シュヴァルツとあれやこれやになるって分かっていたら、昨日、窓なんて開けなかったのに……。大失敗だよ!


「あ、あの……。結構盛大に聞こえていたり、なんて、したり、して……?」


「大丈夫ですよ。ラインヴァイス様にお願いして、結界、張って頂きましたから。昨日の事を知っているのは、私とラインヴァイス様、庭の警護をしていた者数人といったところでしょうか」


 そんなに知ってるの? ああああ~! 何てこった! 頭を抱えて悶える私を、ローザさんが生暖かい眼差しで見つめている。


「あまり気落ちせずに。ね? お二人が結ばれた事自体は、大変喜ばしい事なんですから。私なんて、つい、うちの人にも報告してしまいました」


 ちょっと待て。報告? 何を? 顔を真っ赤にして口をパクパクさせる私を尻目に、ローザさんは嬉しそうに笑っている。


「うちの人、それはそれは喜んでおりましたよ。お披露目の日取り決めるんだって、もう張り切ってしまって」


 ローザさんやラインヴァイスだけじゃなく、ブロイエさんまで知っているって、それ、どんな羞恥プレイよ! 生き恥晒すみたいじゃないか! ローザさんに見事止めを刺され、私は膝から崩れ落ちるとその場で項垂れた。


 暫くすると、遠くの方から足音が聞こえ、私はふと顔を上げた。すると、不愉快そうに顔を歪めたバルトがこちらに向かって来るところだった。往来のど真ん中でいつまでも四つん這いのまま項垂れているわけにもいかない。立ち上がった私の目の前で歩みを止めたバルトが、それはそれは冷めた目でこちらを睨んだ。


「お、おはようございますぅ~」


 つい、自ら挨拶をしてしまった。しかも、愛想笑いのおまけ付きで。この世界に来てから、外面が良くなったな、私。


 へらへらと笑う私とは対照的に、ローザさんはバルトに負けないくらい不機嫌そうに顔を顰め、そっぽを向いている。この二人の関係はあまり良くないようだ。大方、バルトが何か嫌みでも言ったに違いない。うん、きっとそうだ。


「おはようございます。竜王様はどちらに?」


 へ~。意外。バルトってば私の事――と言うよりも、人族全般が嫌いなくせに、一応、挨拶は返してくれるんだ。でも、不機嫌な時のシュヴァルツ程ではないにしても、結構威圧感ある声色だった。私と会話したくないって、ひしひしと伝わってくる。それでもこうして立ち止まって話をするって……。シュヴァルツの行方を捜しているみたいだし、必要に駆られてなんだろう。シュヴァルツが私の部屋にいるとか、この人には言い難いなぁ……。


「ああ~。ええっと……」


「竜王様でしたら、アオイ様の寝所で休んでおりますが?」


 言いよどむ私に代わり、ローザさんが答えてくれる。それは素直に助かるんですけど、喧嘩を売るような、キツ~イ感じで答えるのは止めて頂けないでしょうか?


 バルトは言葉を発する代わりに、すれ違いざまに舌打ちをした。今日のバルトはシュヴァルツのお世話係なのだろうか? 彼の手にしていた物、シュヴァルツの服っぽかった。


「本当にッ! エルフどもときたら、碌でもない輩ばかりッ!」


 鼻息荒く叫ぶローザさんの言葉に、私の背筋に冷汗が流れた。バルトはすぐ後ろにいる。叫ばなくても私達の声が聞こえるくらいの距離に。ぎぎぎと、音がしそうなぎこちない動きで振り返ると、バルトが殺気の篭った目をローザさんに向けていた。ちょちょちょっ! 待った待った! 喧嘩、いくない!


「ローザさんっ!」


「分を弁えず、あの驕った態度。エルフの程度の低さが窺えるわッ! こんなのが騎士だなんて、片腹痛い!」


 ちょっと! 何でローザさんキレてんの! さっきまで普通だったじゃん! 朝から喧嘩売るとか止めてよ!


「卑しい人族の分際で、我がエルフ族を愚弄するつもりか?」


 ちょっと! バルトもバルトで喧嘩買わないの! この二人、何で朝っぱらからこんなに元気なのよ!


「ちょっと! 二人ともやめ――!」


『はぁ?』


「ご、ごめんなさい」


 二人同時に睨まれ、私は思わず謝ってしまった。だって、怖かったんだもん。蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かる位、すんご~く怖かったんだもん!


 ローザさんはハッと我に返ると、きまり悪そうに私に頭を下げた。そして、バルトをひと睨みして廊下を歩き始める。私もすごすごとその後に続いた。ふと後ろを振り返ると、バルトの姿は既に見えなくなっていた。


 さっきのローザさんの発言、バルトだけでなく、エルフ族全体を貶める発言だった。元の世界だったら、人種差別に当たるだろうし、バルトも怒って当然だよね……。いくら仲が悪いからといっても、言って良い事と悪い事があると思う。今度バルトに会ったら、ローザさんに代わって謝っておこう。許してくれると良いな……。


 廊下を抜け、離宮の庭に出る。すると、庭の片隅にテーブルセットが用意されていた。そこには既に、ラインヴァイスとアイリスが向かい合って座っている。私の到着を待っていたのか、彼らの手元にはお茶だけが用意されていた。アイリスは私の姿を見止めると、笑顔でブンブンと手を振ってくれる。私も笑顔で手を振り返した。


 私が椅子に腰を下ろすと、給仕係と思しき男性がお茶を淹れてくれた。そして、朝食が運ばれてくる。こうして外で朝食を取るのも良いな。青い空に白い雲。吹き抜ける風と、それに運ばれてくる森の香り。う~ん。爽やかな朝って感じで、何だかウキウキしちゃう。食欲だってうなぎ登りだ。私が起きた時にシュヴァルツも起こして、一緒に来れば良かったな。




 朝食を食べ終えると、ローザさんにも座ってもらい、四人で食後のお茶をまったりと飲む。今日、竜王城に帰らないといけないのかぁ。また、ここに来る機会、あるのかなあ? もしも次があったら、もう少し長くいたいなぁ。


 ふぅと小さく溜め息を吐いた私の足に、突如、何かが触れた。サラサラしてフワフワして、何だか少しくすぐったい。テーブルクロスを持ち上げてみると、そこには真っ白い生き物。これ、猫? この真っ白い毛並み、ミーちゃんみたい!


「どうされました?」


 ラインヴァイスは私の行動に怪訝な声を上げた。突然テーブルクロスを持ち上げられたら、誰だって驚くよね、そりゃ。


「ん……よい、しょ」


 私の足にまとわりつく白猫らしき生き物を捕獲し、持ち上げて見る。抵抗するでもなく、大人しく私に捕まった白猫は、嬉しそうに一声鳴いた。見た目といい、今の鳴き方といい、ミーちゃんにそっくり! 可愛い!


「それは……?」


「猫でしょ?」


 私の答えを聞いたラインヴァイスが、訝しげに眉を顰める。ローザさんもアイリスも、物珍しそうに猫を見つめていた。


「アオイ様。ねこ、とは?」


「え? 猫だよ? ラインヴァイス、知らないの?」


「初めて見ました」


 ラインヴァイスが見た事無いんじゃ、きっと、この世界に猫はいないのだろう。あれ? じゃあ、この子はこの世界の子じゃないって事? ジーッと白猫を見つめていると、突如、ガサガサと茂みを掻き分けるような音が響いた。


「――チャン殿ぉ! ミーチャン殿ぉ!」


 誰かを呼ぶように叫ぶ野太いおっちゃんの声が聞こえ、すぐ近くの茂みからスポーツ刈りみたいな髪型の、ガタイの良いおっちゃんが姿を現した。年の頃なら五十代だろう。人のよさそうな温和な顔つきをしているが、腰に剣を帯び、動きやすそうな服を着ているあたり、冒険者とかその辺の職業だろう事が窺える。


「あ! ミーチャン殿! そちらでしたか!」


 私の手の中の白猫に目を留め、おっちゃんはこちらに駆け寄って来た。そして、私の手の中から白猫を奪おうとする。しかし、白猫の鋭いひっかき攻撃に、おっちゃんは慌てて手を引っ込めた。今の猫パンチ、ミーちゃんっぽい動きだった。おっちゃんはミーチャン殿って呼んでたし、もしかしてこの子……。


「ミーチャン殿、何故……? え? 何と! そうでしたか! このお方が!」


 え? このおっちゃん、誰と話してるの? この場にいる全員が私と同じ事を思ったらしく、アイリスもローザさんも、ラインヴァイスでさえもが、呆気に取られた表情でおっちゃんを見つめていた。


「それは良かった! やっと見つけましたね! では、参りましょうか!」


 おっちゃんは私の腕をむんずと掴むと、私を椅子から引きずるようにして立ち上がらせた。ちょ、ちょっと! 何この人! 人攫い! 人攫いッ!


「ちょっ! 何! やだっ! ラインヴァイス!」


 呆気に取られていたラインヴァイスは、私の叫びでハッと我に返ったらしく、ガタリと椅子から立ち上がると、剣の柄に手を掛けた。そして、一気におっちゃんとの間合いを詰めると、上段から斬りかかる。おっちゃんは腰の剣を抜き、軽々とラインヴァイスの剣をいなした。あんな軽々とラインヴァイスの剣を受け止めるなんて、変なおっちゃんだけど、この人、普通に強くないか……?


 おっちゃんは剣を持ったまま、その腕を私の首に回した。そして、掴むだけだった私の手首を捻り上げる。私の身体はおっちゃんにしっかりと抱え込まれた。そう。まるで、事件現場の人質みたいに。


「痛い! 痛い、痛い!」


 ギブギブギブッ! 手首折れる! 首、苦しい! この変なおっちゃん、可憐な乙女になんて乱暴をするんだ!


「アオイ?」


 怪訝そうなシュヴァルツの声に次いで、黒い影が虚空から姿を現す。異変を察知して来てくれた! 助けて、シュヴァルツ!


「ミーチャン殿! 転移を!」


 おっちゃんの言葉に答えるように、私の手の中の白猫が長く鳴く。すると、私達の足元に魔法陣が出現した。この複雑な模様……。まさか、転移魔法陣!


「ちょっ! やだ! 離してっ! シュヴァルツ! 助けて! シュヴァルツ!」


「アオイ!」


 シュヴァルツの叫びが聞こえた次の瞬間、私は真っ白な部屋にいた。どこ、ここ……?

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