御前試合予選 2
「第二ブロック予選を始めます!」
アイリスの声が会場に響き渡り、第二ブロックの出場者と思しき人達がリンクの上にわらわらと集まってきた。多くの人が茶色い上着に黒いズボンだが、一人だけ臙脂色の上着の人がいる。年の頃なら五十代。がっちりした体格に立派な口ひげを蓄えた、なかなか厳ついおっさんである。ノイモーントやフォーゲルシメーレ、ヴォルフもあのおっさんと同じ臙脂色の上着を着ていたけど、あれ、意味でもあるのかな?
「ねえ? あの臙脂色の上着を着てる人……」
「イェガーですか? アオイ様、面識ありましたっけ?」
ラインヴァイスの問いに、私は首を振った。
「ううん。無いと思う。そうじゃなくてね、何であの人だけ上着の色が違うのかなって気になったの。ノイモーントもフォーゲルシメーレもヴォルフも臙脂色の上着着てたけど、試合に出てる人は圧倒的に茶色の上着の人の方が多いし……。何か意味でもあるのかなぁって」
「実力者の証だ」
そう答えたのはシュヴァルツだった。腕を組み、無表情で闘技場を見下ろしている。私はシュヴァルツの答えに首を捻った。
「実力者? あの人、強いの?」
「ああ。確か、あれは火の魔術師だったはずだ。そうだな、ラインヴァイス」
シュヴァルツの問いに、ラインヴァイスが大きく頷く。
「はい。竜王様のおっしゃる通りです。彼は第一連隊副長付きですし、多くの武勲を立てております。強いか弱いかと問われれば、強いでしょうね」
「副長付き? 何それ?」
「連隊長の下に副長が二人、副長の下にそれぞれ一人、副長付きが補佐としております。因みに、臙脂の上着を着られるのは副長付きまでで、それ以外の上級騎士団員は茶の上着を着ております」
ほうほう……。トップのラインヴァイスの下に独身トリオがいて、その下に副長、副長付きと続くのか。今、リンクの上にいる臙脂の上着のおっさんは、第一連隊副長付きって言ってたから、ノイモーントの部隊の人かぁ。火の魔術師って事は、火属性の最高位魔術まで使えるんだろうなぁ。派手な試合になりそうだ。ちょっとワクワクしてきた!
「試合、開始ー!」
ブロイエさんの声が会場に響き渡ると、臙脂の上着のおっさんが剣を掲げた。柄に嵌っている赤い宝玉は、火の魔石だろうか? その石が淡い光を発し、剣の切っ先に魔法陣が展開される。
「フランメ!」
おっさんが叫んだのは、火属性の初級魔術で、魔法陣から火を噴き出させるだけの術だった。もっとド派手な魔術を期待してたのに! ガッカリだよ!
おっさんは、火を噴き出す剣を躊躇無く他の出場者に向けた。え、えげつない……。剣が火炎放射器に見えるのは、私の気のせいですか? おっさんの剣から噴き出る炎に巻かれ、煙を上げながら倒れる者、熱に耐え切れずに逃げ惑う者。リンクの中は阿鼻叫喚。ああ、また一人炎に巻かれて……。水属性の魔術か魔力障壁が使える人、いないのだろうか? あっ! リンクから飛び降りた人のお尻に火が付いてる! だ、誰か! あの人のお尻の火、消したげてッ!
ややあって、リンクの上に立っている人がおっさんだけになった。アイリスはそれをリンクの影から怯えたように見守っていた。あの姿、臆病な子猫っぽい。実況どころじゃなかったよね。ドンマイ、アイリス! ……心なしか、アイリスの顔、煤けてないか?
「勝者、イェガー!」
ブロイエさんが叫ぶと、会場が歓声に包まれた。おっさんはそれに答えるように勝鬨を上げている。
「アイリス、大丈夫かな? 火傷、してないかな?」
「大丈夫ですよ。アイリスにも、護符を渡してあります」
ポツリと呟いた私に、ラインヴァイスがにこりと笑いながら答えた。流石はラインヴァイスだ。準備が良い。アイリスが怪我をする心配が無くて一安心だ。
「それに――」
「ん?」
「アイリスの護符を砕いた者には、それ相応の罰を下します」
ラ、ラインヴァイスさん? 黒い笑みは止めて下さいな。アイリスが大事なのは分かっているけどさ。故意じゃなかったら、手加減、してあげようね?
「う、うん……。程ほどに、ね……」
私は顔を引きつらせながら答え、闘技場に視線を戻した。さっきの試合のせいで、リンクの所々が焦げている。それに、焦げ臭い。にしても、ラインヴァイスといい、おっさんといい、戦い方がえげつなかった気がするのは私の気のせい? 相手に反撃の隙を与えない攻撃と言えば聞こえが良いけど、あれじゃ、一方的な蹂躙だよ。これが真剣勝負というものなのだろうか?
ん? そう言えば……。ラインヴァイスもおっさんも、何故か初級魔術を使っていたな。結界術師だったり、火の魔術師だったり、それぞれ肩書が付くくらいの実力者のはずなのに。手加減――じゃないだろう。初級魔術を選択した理由があるはず。じゃなければ、もっと破壊力のある、ド派手な魔術を使った方が決着が早かったはずだもん。特におっさん。爆発で一気に全員を吹き飛ばすくらいは出来たはず。うむむ……。
初級魔術を選ぶ理由……。初級魔術にはメリットがあるって事か? じゃあ、そのメリットって? 誰でも使えるような魔術だし、手の内を隠せる? いや、それは無いか。だって、この御前試合の出場者、普段は同じ上級騎士団員の仲間だもん。仲間がどんな魔術を使えるか知らないなんて事は無いだろうし、普段の訓練で魔術を使う機会だって多いはずだ。
じゃあ、魔力消費が少ないから、後々の試合の事を考えて力を温存した? でも、疲れたら仮眠を取るくらいは出来るはず。敵地のど真ん中じゃないんだから。今は予選中だし、本戦が始まるまでだって時間はそれなりにあるはずだし。力を温存するなら、逆に本戦が始まってからじゃないだろうか?
「アオイ様」
ラインヴァイスに名を呼ばれ、ハッとして思考の海から現実へと意識を戻した。考察に夢中になっていて、予選見てなかった! 失敗した! あぁ、今、どこまで予選進んだんだろう?
「次、ヴォルフの試合が始まりますよ」
「あ、そうなの?」
「ええ。何か考え事をされていたようですが、どうされました?」
「あ……うん。ちょっと……」
私は言葉を濁し、苦笑した。ここでラインヴァイスに答えを聞く事は簡単だ。でも、それはしたくない。自力で戦略を立てて、実力で勝ちたいから。
「これより第五ブロック予選を始めまーす!」
アイリスの元気の良いアナウンスで、出場者がリンクの上に集まって来る。あ! ヴォルフ発見! あ~あ~。ミーナに手、振っちゃって。ミーナも手を振り返して何か叫んでるし。熱々だねぇ。おお! 他の出場者から殺気が! 殺る気満々だ!
「ヴォルフがこの御前試合でアオイ様と当たる事はありませんが、典型的な戦士スタイルですし、今後の参考になるかと思いますよ」
私と当たる事が無いって……。私は手元のトーナメント表に目を落とした。第五ブロックって事は、最終十六ブロックの私とは、勝ち進んでいくと決勝戦で当たる。……ああ、そっか。第一ブロックのラインヴァイスに勝たないと、ヴォルフは決勝にはいけない。ラインヴァイスはヴォルフに負けるつもりなんて、更々無いのね。はは。凄い自信。まあ、良いんだけど。
「ふーん。戦士スタイルねぇ。ヴォルフは魔術、使えないの?」
「殆ど使わないですね。風属性の魔術を少々と、ワーウルフ族の固有魔術を使う程度です」
「ワーウルフ族の固有魔術って? ドラゴン族みたいに何か錬成出来るの? 武器とか」
「いえ。彼らワーウルフ族が使うのは身体強化です」
「身体強化……」
「ええ。強靭且つ俊敏な肉体を誇るワーウルフ族ですが、身体強化を発動させる事により、その特性がより顕著となります。ただ、その際、理性が無くなるのが玉に瑕ですね」
「理性が無くなるって」
私は苦笑を漏らした。全パラメーターアップと引き換えに理性が無くなるって、そりゃ、身体強化じゃくて狂戦士モード発動だ!
「戦場でのヴォルフは凄いですよ。敵を千切っては投げ、千切っては投げ。一人で十人分の働きはしてくれますから」
「へ、へぇ……」
もうね、苦笑いしか出来ないよ。無茶苦茶過ぎるでしょ!
「試合開始ー!」
ブロイエさんの合図に、ヴォルフが動いた。一瞬で狼男に変身し、咆哮を上げる。そして、足が竦んで動けないでいた出場者を、手にした剣で次々に切り伏せて行った。あれが狂戦士モード――じゃかなった、身体強化か。圧倒的な強さだなぁ。
「おや。今日のヴォルフは、身体強化、使っていないですね」
本気と書いてマジと読む。少年よ、本気で言っているのかい? あれでも十分強いよ? ほら! 次から次へと、立っている人が減ってるよ?
「マ、マジで?」
「ええ。身体強化を使う際、獣化する必要はありませんから。それに、戦い方からして、理性も残っているみたいですし」
「あれだけ圧倒的に強くても本気じゃないって事?」
「そこそこ本気、程度でしょうね」
ラインヴァイスはそう言うと、にっこりと可愛らしく笑った。そ、そっか。そこそこ本気か。奥が深いな、異世界は。
リンクの上では狼男ヴォルフが大暴れ中である。見る見るうちに出場者が減っていく。ある者は鳩尾に一撃を受けて悶絶し、またある者は脳天を剣で殴られて目を回している。あんなに強くても、まだまだ余力はあるのか。
「あの赤頭巾の娘への配慮であろう」
シュヴァルツが闘技場を見つめたまま呟いた。赤頭巾……。あ。ミーナの事か。ミーナへの配慮? 何でだ?
「配慮って? 何で?」
「アオイ。お前は愛した男が獣に堕ちる様を間近で見たいか」
「獣……」
私がポツリと呟くと、シュヴァルツがこちらを向いた。
「そうだ。身体強化を使えば、闘争本能や殺戮衝動しか残らぬ。それを獣と言わずに何と言う。内面が獣に変わる。そんな様をあの娘が見て、傷付かぬと、そう思うか」
シュヴァルツの問いに、私はフルフルと首を振った。ミーナは小さい頃から、命を助けてくれたヴォルフに憧れている。きっと、ミーナの頭の中では、ヴォルフはヒーローなんだ。誰だって、ヒーローがヒールに豹変するところなんて見たくないはず。たとえ、圧倒的に強くても。狂戦士が許されるのなんて、きっと、物語の中だけだ。
「娘に不甲斐無い戦いは見せられぬ。しかし、身体強化は使えぬ。獣化であれば、身体強化程ではなくとも、身体機能の強化は得られる。となれば、あれにとっての最善の選択は、獣化で戦う事であったのだろう」
そう言って闘技場へ視線を戻したシュヴァルツは、どこか満足そうな表情をしていた。ヴォルフが身体強化を使わなかった事が嬉しいのかな?
「そして、外見が大きく変わったとしても、内面が変わらぬのならば受け入れられるようだな」
シュヴァルツの視線が動いた。その先を追うと、そこには立ち上がって声援を送るミーナ。随分エキサイティングしてるなぁ、ミーナってば。
「でもさー、身体強化を使えば、全員倒すのにここまで時間掛からなかったよねー。御前試合の目的、忘れてるのかなー?」
そう苦笑しながら言ったのはブロイエさんだ。確かに、この御前試合は実力を示す為のものだ。本気を出して無いヴォルフの行動は、目的を忘れているって言われてしまっても仕方のない事なのかもしれない。でも、流石にそれは――。
「アナタという人は……」
ローザさんは呆れ果てたようにそう言うと、ジトっとした目でブロイエさんを睨んだ。ブロイエさんはと言うと、ローザさんの反応が意外だったのか、ワタワタと慌てている。
「だ、だって! 御前試合だよ? シュヴァルツが見てる試合なんだよ? それに、もし万が一、予選で負けたりしたら、連隊長じゃなくなっちゃうんだよ? 一般の上級騎士団員になっちゃうんだよ?」
「地位や名声の為に、女性の心を傷つけても良いと、アナタはそうおっしゃるの? 見損ないました」
「うぅ……。いや、それは……その……」
これはブロイエさんの完敗だな。私もローザさんの言う事、凄くよく分かる。私はミーナが傷つくところなんて見たくないし、あの二人には上手くいってもらいたい。それに、ヴォルフが身体強化使わないという選択をした事、ミーナを大切にしてくれているみたいでちょっと嬉しい気もする。……ああ、そっか。さっきのシュヴァルツの表情の理由、やっと分かった。きっと、シュヴァルツも私と同じような事、思っていたんだ。ヴォルフが名誉や序列より、一人の女の子を選んだ事が嬉しかったのだろう。あの二人には幸せになってもらいたいんだね、シュヴァルツも。
「ブロイエ、お前の負けだ。あちらも決着がつく」
シュヴァルツの言葉に視線をリンクへ戻すと、丁度、ヴォルフが最後の一人を斬り伏せたところだった。身体強化を使わなくても十分強い。それに、動きが速い。前に、ワーウルフは俊敏性に優れるって話を聞いた事があったけど、確かにその通りだった。私がシュヴァルツと訓練をしていなかったら、あの太刀筋、見えなかったんじゃないだろうか? あれで本気じゃないなんてなぁ。
「試合、終ー了ー! 勝者、ヴォルフ!」
ブロイエさんがヴォルフの名を呼ぶと、拍手が起こった。ヴォルフはそれに答えるように手を上げる。そして、大きく跳躍し、立ち上がって拍手を送るミーナの元へと戻った。ミーナは興奮したように何かを捲くし立てたと思ったら、ヴォルフに抱き付いた。あ。観客の皆さんから殺気のようなものが……。
「アオイ様。いかがでしたか? ヴォルフの試合、参考になりました?」
ラインヴァイスに声を掛けられ、私は彼に視線を向けた。すると、ラインヴァイスはにこりと笑みを浮かべた。
「うーん。分かんない。何か掴みかけたような気がするし、そうじゃない気もするし……」
「そうでしたか。先程も何か考えておられましたが?」
「うん。ラインヴァイスの試合とか、あのおっさ――イェガーさんだっけ? あの人の試合見て、気になる事はあったんだけど、それが勝つのに関係あるかどうかも分かんないし……」
「へぇ。私の試合やイェガーの試合で、ですか?」
ラインヴァイスは驚いたように目を丸くした。と思ったら、満面の笑みを浮かべた。
「良い所に目を付けているかもしれませんね」
「そうなのかな?」
「ええ。アオイ様は一対多数の訓練はした事がありませんので、経験においては他の者に比べて不利になります。しかし、その、気になっている事の意味が分かれば、案外、良い結果が残せるのではと、私はそう思います」
「そっか」
ラインヴァイスの今の発言、目の付け所は悪くないかもしれないって事だよね? もしかしたら、この気になっている事が、一対多数の試合において必勝法になるかもしれないって事だ。初級魔術を使う意味。理由。メリット。うーん……。
そうだ。発想を逆転させれば答えが見つかるかもしれない。上級や最高位の魔術を使う時のデメリットを考えてみよう。まず、真っ先に思い付くのは、消費魔力が多い事。でも、これに関しては、次の試合までに回復出来るだろうし、デメリットという程でもない。他のデメリット、デメリット……。何かあるかなぁ?
あ。魔法陣完成までの時間だ! 魔法陣が複雑な魔術は、魔法陣を展開させるまでに時間が掛かる事が多い。個人差はあるけど、初級と中級で比べると一呼吸くらいだろうか? 大した差に思えないけど、実戦だとそれが隙になる。一対多数の試合だと、四方八方から攻撃が飛んでくる。いち早く魔術を発動させなければ、その間に斬られたり、魔術で攻撃されたりしてしまう。それを回避するのには、先手必勝なのかもしれない。そうとなれば、観察、観察。私は闘技場へ目を向けた。




