No.2 缶の中身
髪は少し長め、目つきは冷たそうで、胸の辺りまでだらしなく開いた白いワイシャツに黒のパンツ。茶色のコートみたいな服を着た三十代位のオジサンが、いつの間にか僕の隣に座っていた。
オジサンは驚く僕を気に止めず、コートのポケットから缶コーヒーを二本取り出すと、一本を僕に差し出す。
戸惑いながら受け取ると、オジサンは缶を軽く数回振り、飲み始める。
何だよ。この状況……この町にこんな人いたかな?
「……あの、何処かでお会いしました?」
「……いや……」
「……そうですか……」
誰だろう……? さっぱり分からない………
僕が悩んでいると、オジサンが、僕を横目で見ながら話始める。
「……少し興味があってな……その手紙、ラブレターだろう? 悩んでいる様子だったからな……ちょっとしたお節介だ……」
オジサンは僕が缶を受け取った右手ではなく、左手に持っている手紙を見ながら、微かに笑う。
僕は顔を逸らして、手紙を見ながらオジサンに『……はい』と、小さく返事をする。
「……何を悩んでいるのだ? 相手が嫌なのか?」
そんな事は無い。嬉しかったし、恋愛に興味もある。
……ただ、上手く付き合えるか自信が無いだけだ……
僕はこれと言って何か得意な訳でも無いし、顔も普通。精々、泳ぐのが得意な位、海辺の町の子供なら当たり前の事だ。
缶コーヒーの口を開けながら、微かに漂う甘い香りを吸い込み、缶の飲み口を覗き込むように俯く僕に、オジサンが話し掛ける。
「……嬉しかったのなら嬉しいと、伝えればいい。自信が無いなら、正直に無いと言えばいい。恋愛は真っ直ぐに思いを伝えた方が、相手にはいいと思う。断るとしてもな……その手紙の相手はどうだった?」
そう言われて、あの子が手紙を渡してくれた時の事を思い出す。
少し震える肩で、真っ直ぐに僕に向かって好きだと言って、手紙を差し出した。あの子の姿を……
「…………好きです」
あの子が僕に言った告白の言葉を思い出し、潮風に乗せ、呟いてみる。
「……俺に言うな。伝える相手が違うぞ?」
オジサンは、口元に運ぼうとした缶コーヒーの手を止め、渋い顔をしながら僕を見る。
苦笑いを返しながら、立ち上がり、ズボンの砂を払う。
「……ありがとう。オジサン」
「……別に何もしてないが、お役に立てて何よりだ」
僕はオジサンに御礼を言って缶コーヒーを一気に飲み干そうと缶を傾ける…………が、コーヒーが出てこない?
「……それはコーヒーじゃないぞ?」
オジサンが呆れたように僕を見ている。
僕が傾けた缶を覗き込むと、缶コーヒーと思ったその缶のラベルには『私をふって! プリン汁』と書いてあり、注意書きに、『よく振ってお飲みください』と書いてある。
「……なんだよコレ! コーヒーじゃないよ! プリン?! オジサン、騙したな!」
文句を言う僕に、オジサンはニヤリと笑う。
「……何事も経験だ。色恋沙汰もな………精々《せいぜい》、手紙の相手にフラられんように気を付けるんだな、少年! アハハハハ」
「……くっ……」
悔しがる僕を笑う不思議なオジサン……
オレンジに染まる砂浜で出逢った僕とオジサン。
僕とオジサンの物語はこうして幕を開けた。