噂
幼馴染の婚約者の溺愛すれ違いラブです。
Web漫画のイメージで1話さくっと読めるものから、内容によっては少し長めです。
アウレリア王国の王都では、社交シーズンを前に、気の早い貴族たちが小規模な夜会を開いていた。
今季注目の観劇。 流行の装い。 そして、今年デビュタントを迎える令息令嬢たち。
「今年はノルドガルド辺境伯令嬢がデビュタントですって」
「ヴァレリオン公子様のご婚約者ですわね」
その婚約は、半世紀近く前に交わされた約束に端を発する。
まだ子爵家の次男だった初代ノルドガルド辺境伯は、敗戦寸前の戦場で当時のヴァレリオン公爵の命を救った。
命の恩人となった彼へ、公爵は約束した。
「私とお前の子を婚約させよう」
しかし、生まれたのは互いに息子ばかり。
約束は果たされないまま時が流れ、やがて双方に孫が誕生したのことで、ようやく婚約は結ばれた。
社交界に身を置く者なら、誰もが知る逸話だった。
「ですが北部ですもの。蛮族との争いが絶えない土地でしょう?」
「辺境伯令嬢といっても、お淑やかな方とは思えませんわ」
「公子様もお気の毒ですこと」
「先代様同士のお約束では、断ることもできませんものね」
「でしたら、私たちが公子様のお心に寄り添って差し上げればよろしいのではなくて?」
「まあ、それは名案ですわ」
扇子で口元を隠しながら、令嬢たちは優雅に微笑み合う。
その視線の先にいるのは、ヴァレリオン公爵家嫡男、ルシアン・ヴァレリオン。
月光を思わせる銀髪に、冬の湖のような青い瞳。その鋭い眼差しを隠すように掛けられた、東洋由来の煙水晶の丸眼鏡が、端正な面差しに知性を添えている。
王太子からの信頼も厚い、次代のヴァレリオン公爵。
その完璧な貴公子の微笑みを、自分だけに向けてほしい。
そんな願いを抱く令嬢は、一人や二人ではなかった。
それぞれの思惑と憶測が飛び交う様子を、ルシアンは静かに眺めていた。
噂など、彼女を知らない者たちの勝手な願望に過ぎない。
もうすぐデビュタントの舞踏会が始まる。
彼女をひと目見れば、誰もが理解するだろう。
私の婚約者は、彼女ただ一人なのだと。
(早く会いたい……)
今日の昼過ぎ、無事に王都へ到着したとの報せを受けた。
長旅の疲れもあるだろう。今夜はゆっくり休んでもらいたい。
その代わり、彼女との時間を少しでも多く作れるよう、前倒しにできる公務はすべて片付けてある。
明日、辺境伯邸を訪ねる約束も、すでに取り付けてある。
久方ぶりに会う彼女は、どんな顔で迎えてくれるだろうか。
少し背は伸びただろうか。笑った顔は、昔のままだろうか。
そんなことを考えているだけで、自然と頬が緩む。
社交界で"薄氷の貴公子"と呼ばれる次期公爵の口元には、誰にも気づかれぬほど穏やかな笑みが浮かんでいた。




