先輩と秘密の特訓
ぼくは早速、先輩にお願いをしてみた。
「ダン先輩! 特訓で、今日ぼくが勝ったら、確認したいことがあるんです!」
ぼくの突然の依頼に、先輩は目を見開きながらも、すぐに返事をしてくれた。
「良いだろう――先に向かっていてくれ。ちょっと着替えてくる」
「わかりました!」
ぼくは部室を出て、双子のいるところへ向かった。
双子はトレーニングで体力を使い果たしたようで、「先に上がるわ……」と疲れた声で言いながらも、「部長が来るまで話し相手になるよ」と優しく微笑んでくれた。
せっかくだから、ぼくが読んでいる少女漫画の話をすることにした。木刀の先を使って地面に鬼族の男の子の絵を描きながら、「ツノが光るシーン」の話をすると、双子は突然大爆笑し始めた。
「それ、鬼っていうよりホタルじゃん!」
「そうだね、ホタル族って感じ!」
双子の笑い声につられて、ぼくもつい笑ってしまった。でも、そのあとに少しだけ真面目な質問をしてみる。
「鬼族には、やっぱりツノってないの?」
「俺らの知る限り……ないと思うよ!」
「同じく! 少なくともこの現実世界では見たことがないね!」
双子は即答だった。その答えに、ぼくはちょっと驚いて正直な感想を伝えた。
「知らなかった……ぼくの中では、鬼ってツノがあるイメージだったんだけど?」
「まぁ、それは昔話の影響じゃないかな? ツノがあるっていうウワサが広まって、それを元に童話や漫画の題材にされることが多いんだと思うよ」
「うん、サラちゃんの好きな少女漫画もその1つかもね!」
双子はさらっとそう言ったあと、にやりと笑いながらこう付け加えた。
「でも、サラちゃん。知りたそうな顔してるよね?」
「えっ?」
「そういう時は、鬼族の知り合いに直接聞いてみればいいじゃん!」
(たしかに、双子の言う通りだ! 鬼族の知り合い――つまり、ダン先輩に聞けばいいんだ!)
ぼくは心の中で小さくガッツポーズをした。
「ありがとう! クロくん、シロくん。その確認方法、すごく参考になるよ!」
「おうよ! それじゃあ、部長が来たみたいだし、俺たちは先に帰るぜ~」
「お稽古、頑張ってね、サラちゃん!」
双子は爽やかに笑顔を残して去っていき、ちょうどそのタイミングでダン先輩が静かに姿を現した。
今日の先輩は一般科の生徒として活動していたこともあり、前髪があるせいで、ツノの有無がよく見えない……。
(でも、稽古をしていれば、何かヒントが見つかるかも。とにかく勝てばいいんだ!)
そう自分に言い聞かせ、ぼくは勢いよく挨拶をした。
「ダン先輩、よろしくお願いします!」
「サラ、気合いが入ってるな。素晴らしい。よろしく頼む」
その挨拶とともに、ぼくたちは木刀を交えた。
最近は双子との実戦を繰り返してきたおかげで、ダン先輩の動きが少しずつ見えてくるようになってきた。先輩は決めた型をしっかり守るタイプだから、こちらが少し誘いを仕掛ければ、流れをコントロールできるかもしれない。
(この辺りで先輩が仕掛けてくるはず……だから、こっちから誘い込んでみる!)
ぼくは木刀を軽く振りながら、ダン先輩の動きを見極め、タイミングを計る。そして、先輩が大きく振りかぶったタイミングと同時に攻撃したところ――狙いが的中した!
先輩の脇腹にわずかながら、当たった感触が伝わる。
「おぉ……この短期間でここまで仕上げるとは」
先輩は驚いた様子で微笑みながらも、髪を軽くかき上げていた。
(チャンス! 今ならツノが見えるかも!)
つい先輩の頭をじっと見てしまう――その隙を、先輩が見逃すはずもない。
「油断してるぞ、サラ!」
木刀が上から振り下ろされるのが見えた瞬間、ぼくは慌てて横に身をかわした――つもりだった。
(あっ、やりすぎた!)
勢い余って体がスライドしすぎてしまい、バランスを崩して転びそうになる。
「しまった――!」
尻もちを覚悟したのに、ふわりと左手が何かに引かれる感覚がした――。
驚いて顔を上げると、ダン先輩が片腕でぼくの手をしっかりと握り、軽々と引き起こしてくれた。
「大丈夫か? 無理は禁物だ」
その声は優しさに満ちていて、少し照れくさい気持ちがこみ上げてくる。
「ダン先輩……ありがとうございます」
「いいさ。それより、サラ……」
ダン先輩の声が低く響く。
「さっきから、ずっとわたしの頭ばかり見ているけど……もしかして、あの漫画を読んで、わたしにもツノがあるんじゃないかと思っているのか?」
ギクッ!
「ダ、ダン先輩! そ、そういうわけじゃないんです!」
顔が熱くなるのを感じながら、慌てて否定する。でも、先輩はそんなぼくを見て楽しそうに微笑んでいる。
「……どうしても気になるなら、この場で君だけに秘密を教えてあげようか?」
「えっ?」
先輩はぼくの耳元に顔を近づけ、優しく囁きながら、そっとぼくの手を撫でる。その瞬間――握っていた木刀がするりと手から外されていた。気づけば、いつの間にかダン先輩も自身が握っていた木刀を静かに地面に落としていた。
「な、何――」
言葉を発し終える前に、ぼくの両手首は先輩の大きな手でがっちりと握られていた。
そして――「こうすれば確かめられるだろう?」と低く囁く先輩。
(えぇっ……!?)
気づけば、ぼくの両手が先輩の頭に触れていた――なんてことだ……!
それに……先輩の頭はぼくと同じように滑らかで、丸い。そこにツノなんてどこにもない!
(そっか、現実の鬼族ってツノが生えていないんだ……!)
驚きで固まるぼくに、ダン先輩はクスッと笑みをこぼした。
「ほら、これでわかっただろう?」
穏やかな声とともに、少しいたずらっぽい笑みを浮かべる先輩。
「……次はわたしの番だね――」
「へっ?」
その言葉の意味を考える間もなく、先輩の大きな手がぼくの頭に伸びてきた。
「うわぁ!?」
驚きの声を上げるぼくをよそに、先輩の手はゆっくりとぼくの髪を撫でるように触れ、そのまま耳元へと移動した。
(な、何をするの……?)
ドクンドクンと心臓が高鳴る中、先輩はぼくの耳を指先で軽く触る。
「……君もツノがないね。そして、耳も尖っていない……ふむ、なるほど」
先輩は少し満足げに呟くと、今度はぼくの手首に視線を落とした。
「サラ、君の手首は細くて華奢だね――それに、顔も小さい」
その穏やかな声と優しく触れる感覚に、ぼくはますます顔が赤くなる……。
(なんでこんなに距離感が近いのー!?)
一方、先輩はそんなぼくの動揺を楽しんでいるようで、ぼくの鼻先に人差し指をちょんと当てたあと、ぼくのほっぺたを両手で軽くもみもみし始めた。なんだか、くすぐったさと緊張が入り混じり、思わず体が震える。それでも、勇気を振り絞って声を上げることにした。
「ちょっ! ダン先輩!? 何を――!」
「いや、君の反応があまりにも可愛くてな……」
その一言に心が跳ねる。
(ええっ!? また、可愛いって言ってる!?)
先輩の言葉に何も言い返せず、ぼくはただ照れるしかない……。
けれど、ダン先輩はお構いなく、さらに近づいてきた。そして――ぼくの首元に手を軽く触れてきた。
「……驚いた。脈がすごく早い。サラ、緊張してるのか?」
「そ、それは――!」
ぼくの動揺が最高潮に達したその時。
「んっ……!」
くすぐったい――。
思わず、鼻から甘い声が漏れてしまう。
(ちょっとした好奇心で先輩の頭を見ていただけなのに……むしろ、触られてるのはぼくの方だなんて! これ以上の接触はマズイ!)
「うぅ……! ダン先輩のイジワル! ぼくが先輩と比べたら小さいのなんて、誰が見たってわかるのに!」
恥ずかしさのあまり、思わず抗議する。
「すまない、君があまりにもかわいくて、少し調子に乗ってしまった」
そう言いながらも、ダン先輩は全然悪びれていない様子で微笑む。
「……でも、そんなふうに拗ねる君も、悪くないね」
その言葉に、ぼくの顔は熱くなりすぎて、今にも湯気が出そうだった。必死に気持ちを落ち着けながら、震える声でなんとか抵抗する。
「ぼ、ぼくは男です……!」
「それは知っているよ。弟のようにかわいい、という意味さ」
(良かった……男だと思われているなら、良しとするか!)
そう思ったものの、ダン先輩のイジワルな仕草に翻弄され、力が抜けてしまったぼくは……もう勝負どころじゃないと悟った。
先輩からのスキンシップに、まるでホイップクリームのように蕩けている自分に恥ずかしくなりつつも、抵抗できない。そんなぼくを見て、先輩はふと真剣な表情になり、柔らかい声で忠告をくれた。
「サラ、1つ君に忠告しておこう。悪魔族の学生さんたちには気をつけるんだよ。最近、彼らは人間に対して、とても好戦的だからね。君はウブすぎる。……正直、心配になるよ」
「わかりました! ダン先輩、ありがとうございます」
ぼくは先輩の気遣いが嬉しくて、深々とお辞儀をした。
(それに……ぼくのことを人間だと思ってる! 第一王女だとは全然疑われてない! やったー!)
『このままの関係を続けていれば、正体もバレないし、もっと強くなれる――一石二鳥だ!』とポジティブに考えることにした。
だけど、ダン先輩の忠告は本当に正しかった。
……なぜなら、すぐにぼくのお友達が、とんでもない目に遭ってしまったから――。
<余談・ダン先輩視点>
「ダン先輩、お疲れ様でしたー!」
そう言いながら、サラは一般科の男子寮へと帰っていった。
わたしの身体が鬼族だから、大柄ということもあるのだろうけど、サラの身体は、人間だとしても……とても華奢に見える。
実際、彼は双子よりも強いけれど、部員の中では一番背が低く、体重も子ウサギのように軽い。
(身体が細いけど、大丈夫だろうか? 無理している様子はないけれど、体力面で苦労していないといいな……)
それだけじゃない。さっき彼の両手首を握った時、折れてしまいそうなくらい細いと感じた。
けれど、彼は意外と芯が強い。
彼のような子が卒業後、もしわたしの直属の部下として一緒に働いてくれたら、どれほど心強いだろう。
華奢だから力仕事は苦手そうだが、わたしは鬼族である分、そういった業務は得意だ。だからこそ、きっとお互いに補い合いながら、支え合うこともできる関係性になれるだろう。
そして、もしわたしが王になった時、その隣に君がいてくれたなら――そんなささやかな願いを胸に抱きながら、わたしは特別科の男子寮へと足を向けた。




