お姫様は偽りたい〜仮面王子は見逃さない〜
ニコくんがぼくのことを力強く抱きしめていた。
ニコくんは筋肉質だ。
全身の体重がぼくの体にかかっているせいか、とても重たい。
このままだと、ぼくはぺたんこになって消えてしまうかもしれない。
「うぅっ……苦しいよ……潰れちゃう……!」
「……わかった」
気まずさを感じながらも、ニコくんがぼくのことを解放してくれた。
その際、モフモフした狼の尻尾が、手の甲に触れた。
「ひゃぁあ! くすぐったいっ……!」
ぼくは鳥肌が立ち、身を翻して、胸を隠す。
さっき、ニコくんに指摘されたことを思い返して。
ぼく自身、本当は認めたくない。
けれど、男の子のニコくんと体つきが全く違うから、嫌でもわかってしまう。
例え、男として生きていくと覚悟を決めていようが、ぼくの身体は紛れもなく女の子なんだ。
(かといって、このまま流されたらダメだっ……!)
ネガティブに考えるよりも、解決策を見出さないと。
狼男のニコくんに勝てる方法は何だろう?
(あっ! そういえば、狼といえば……!)
小さい頃に、オーちゃんが読み聞かせしてくれた絵本で、『狼の弱点はお腹で、くすぐると言うことを聞いてくれる』と書いてあったのを思い出す。
かろうじて、今のぼくとニコくんの間には、リンゴ一個分のゆとりがある。
「ニコくん、ぼくの方を見てっ!」
「ん?」
ぼくは隙を見て、ニコくんのおへそあたりを指でコチョコチョした。
「クッ……!」
今度はニコくんが体を震わせた。
(やったー! 効果抜群だ! オーちゃん、あの時は読み聞かせしてくれてありがとう!)
この調子で、「サラ。君に負けたから元の世界に戻る」とニコくんが諦めてくれたら、尚更良かったのだけれど。
「きゃあっ!」
ゲーム世界でも、現実は甘くないようだ。
ニコくんがやり返しと言わんばかりに、ぼくのおへそをクルクルと指でなぞってきた。
(悔しいし、むず痒いよぉ……)
慌てておへそを手で隠そうとしたら、ニコくんに両手首をギュッと掴まれてしまった。
「残念だったな……」
「ニコくんの意地悪! 離してっ!」
「……仕掛けたのは君だろ?」
ぼくの耳元でニコくんがそっと囁く。
「だって……!」
「オレの勝ちだ。それより、君を見ていたら、急にお腹が空いてきた……」
「えぇっ?!」
ぼくを見て、いきなり食欲旺盛になっちゃうなんて!
ニコくんの体調やメンタルが無事なのか、とても心配になってきた。
「ニコくん、大丈夫? どうしたの?」
「サラ、先に謝っとく。今日こそは君をいただく……」
ぼくの鎖骨あたりを狙って、ニコくんの口が狼のように開いていた。
(うわぁ……。ニコくんって、やっぱりひとつひとつが大きい……って、食べられちゃうううう!)
ぼくはパニックのあまり、頭が働かず、目を閉じることしかできなかった。
抵抗したくても、両手首をおさえられていて動けなかったから。
パクッ!
(あれ? なんか冷たい水滴がっ……!)
全く痛みがなく、ジュワッ……と果汁を絞っているような音が聞こえた。
不思議に思ったぼくは、恐る恐る目を開ける。
「ッ……!」
「Stop。おやすみ」
いつの間にか、口にレモンを咥えたニコくんがストンと横に倒れていた。
その代わり、ぼくの目の前に現れたのは――漆黒のマントとスーツに、黒いハットを深く被り、目元を黒い仮面で隠した、素顔のわからない青年。
「ニコくんに何を?」
「『お疲レモン』という、このゲーム世界の眠りアイテムを使って寝かせただけだ。ご安心を」
「おつかれもん……?」
「あぁ、これがアイテムだ。調達していたから来るのが遅くなった」
スーツのポケットからアイテムを取り出し、ぼくに見せてくれた。
悪い人ではないのだろうけれど、ゲームのキャラクターなのか、現実世界にいる人物なのかわからないから聞いてみることにした。
「貴方は誰? この世界に住んでいるの?」
「エスプレッソ・ヘパリだ。俺はこの世界の住民ではないさ」
「エッ……」
エスプレッソって――SNSで何度かやり取りをした【王妃様に感謝し隊】のエスプレッソ伯爵?!
聞きたいところだけれど、人違いだったら、気まずくなる。
ぼくは違う質問を聞いてみることにした。
「あの、どうしてここに?」
「俺と一緒に戻ろう。此度はすまなかった」
彼は何度もぼくに頭を下げた。
なんだか、エスプレッソ伯爵とそっくりで、紳士的な殿方だ。
それにしても、助けに来てくれたのにどうして謝っているのだろうか。
一応、本当に帰れるのか、しっかり確認しておこう。
「戻るって、現実の世界に?」
「あぁ」
「……ニコくんは?」
「俺の弟は君に迷惑をかけたんだ。しばらく寝てもらうさ」
「えっ……!」
まさか!
助けに来てくれたのは――「ニコくんのお兄さん」だったんだ。
そのお兄さんは「行こうか」と言って、ぼくに右手を差し出してくれた。
助けてくれたことはとても嬉しい。
でも、目を仮面で覆って正体を隠しているから、本当にニコくんのお兄さんなのか確信がないし、そもそもニコくんを置いてけぼりにはできない。
「待ってください! ニコくんを先に元の世界に戻してください!」
ぼくが慌ててお願い事を伝えた直後、ニコくんのお兄さんは口をムの形に変えた。
「ニコを先にか、ふーん……」
不満そうに、お兄さんは顎に指を当てた後、ぼくの顔を凝視する。
「ニコは寝ているから無理だ。それより……ニコが君のことを恋人のように抱き締めていたが、君はニコとどういう関係だ?」
(嘘……お兄さんに見られてたんだ……!)
穴があったら入りたい。
真っ赤になった顔を背けたくなり、横を向こうとしたけれど、その前にお兄さんがぼくの頬を両手で包んだ。
「やだっ……どうして……!」
「知りたいからだ。はぐらかさずに答えてくれ」
「に、ニコくんは大切な親友です!」
「親友……本当に?」
半信半疑といった様子だけど、ぼくもお兄さんと同じ心持ちだ。
ぼくだって、真っ先に確認したいことがあった。
「貴方はこの後、ニコくんをどうするつもりですか」
「しっかり注意しておく」
「元の世界には?」
「本人が反省すればな……」
「そんな……!」
冷淡なお兄さんだ。
ニコくんを助けることよりも、注意することが最優先だなんて。
「行こうか、薔薇ひ――」
お兄さんがぼくの手を握ろうとしたが、ぼくは振り払った。
「ニコくんが戻れないのなら、ぼくは行かない! 弟のことを心配する前に注意するなんて! もっとニコくんのことを大切にして!」
「そうか……そういうことか……」
感情的になるぼくに対して、お兄さんは冷静に独り言を呟いてから、ぼくが直視できずにいた、真実に触れる。
「お嬢さん、このゲーム世界はニコが望んでいる世界だ。そして、君の衣装はシコンちゃんと同じバニーガール。ニコは君のことを『女の子』として意識している。だが、普段の君は男のフリをしているのだろう?」
「なっ……!」
ぼくはフリーズしてしまった。
ニコくんが望んだ世界で、今のぼくは髪が少し伸びて、ニコくんが選んだ女の子の衣装を着ている。
そして、ニコくんだけでなく、お兄さんまでもが、ぼくの性別を知っている……の……?
「どうやら当たっているようだな。さて、俺の手を握らないのなら、ここで真実を全て洗いざらい吐いてもらおうか。それとも、剣術検定一級保持者である俺と、剣術で勝負でもするか? お嬢さん」
<余談>
エスプレッソ・ヘパリの「ヘパリ」は『ヘパリン』という抗凝固薬から。
なお、ダルテ・ブラッドリーの「ダルテ」は『ダルテパリン』という低分子ヘパリンが由来です。
(吸血鬼族なので血をサラサラにする薬【抗凝固薬】を名前の由来にしております)
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サラちゃん&ルルちゃんが喜びますᕱ⑅ᕱ♡
それではまたお会いしましょう。




