第一王女の秘密〜18歳までのカウントダウン〜
「サラちゃん、おはよう。大丈夫?」
「ルル、大丈夫だよ。おは……よう」
昨夜の出来事が頭から離れず、ぼくは、ほとんど眠れなかった。
(「愛してるよ」って言われたんだもの……。どんな顔で会えばいいんだろう?)
鏡の前で何度か深呼吸をして、ぼくは浴衣を脱ぎ、「よしっ!」と気合いを入れて制服に着替えた。
剣術袋を背負い、いつもの「後輩のサラ」を演じる準備を整える。
第一王女だと、バレていないよね?
いや、大丈夫だと信じるしかないんだ。
決意を固めて、朝食ビュッフェの会場へ向かうと、おじさんと、特別科の制服を着たダン先輩の姿が目に入った。
(あっ、いる……!)
心臓がドクンと大きく跳ねる。
それでも勇気を出して、「おはようございます!」と声をかけようとした、その時だった。
「……っ!」
ダン先輩の顔が、沸騰したヤカンのように、耳の先まで真っ赤に染まっていた。
(えっ? ダン先輩、どうしたの?)
不思議に思って視線を向けると、ダン先輩の手の中に、一枚のカードが握られているのが見えた。
そこに描かれていたのは……例の、胸の谷間や太ももを大胆に露出した、バニーガール姿のシコンちゃんだった。
おじさんが楽しそうに語りかけている一方で、ダン先輩は顔を真っ赤にして、そのカードを凝視していた。
(なっ……!?)
ぼくは思わず立ち止まった。
昨夜のダン先輩の、マシュマロみたいに蕩ける甘い声が、脳裏をよぎる。
『お花の良い香りに、砂糖菓子のように可愛らしい声。あぁ、お会いしたかった……第一王女様』
(第一王女様を愛してるって、泣きそうな顔で言ってたのにッ! シコンちゃんみたいなナイスバディの女の子が好きなの!?)
しかも、あんなに顔を真っ赤にして照れているなんて、よっぽどドストライクだったんだ!
なんだか急に、昨夜ひとりで、ルルにも相談しづらくて……お風呂で悶々としていた自分が馬鹿らしく思えてきた。
胸の奥に小さな棘がチクリと刺さっていく感じがして、自然と口元がムーッと尖っていく。
そういえば、「部下にならないか」とダン先輩から打診された時に言われた内容を思い返す。
『女性はか弱いから、わたしたちがしっかり守らないとな』
(やっぱり、ダン先輩は『可憐で、女の子らしい乙女』が好きなんだ……!)
おじさんたちがぼくの方を向いて声を掛けてくれたけれど、ぼくは「おはようございます!」と挨拶した後、二人のテーブルには近づかず、ビュッフェに移動して、チョコクロワッサンをお皿に乗せた。
そのまま会場の隅っこの席にぽつんと座ったぼくは憂さ晴らしに、チョコクロワッサンを口に運ぶ。
サクサクの生地の中から、甘いチョコレートがとろけ出す。
(お、美味しいっ……! って、あぁっ! 忘れてた!)
昨日、無人売店で買ったミルクチョコレートを食べ損ねていた。
(ルル、ごめん! 自主トレの後、部屋で一緒に食べようね?)
心の中でルルに謝りながらも、口いっぱいに広がるチョコレートの甘みは、昨夜の「甘くて苦い」記憶を、少し上書きしてくれた気がした。
食べ終えたぼくは、旅館が管理している体育館の鍵を借り、一人で剣術の練習に励んでいた。
体を動かすのは楽しい。
それでも、不安が拭えない。
(前より踏み込みが鈍い……? 下半身が重いというか、重心もブレている気がする……)
「はぁ……」
「あぁ……」
ぼくのため息が、背後から聞こえた誰かの吐息と、ぴたりと重なり合った。
声がした方を振り向こうとしたら――。
「君なら、ここにいると思ったんだ……サラ」
すでにダン先輩がぼくの目の前にいた。
「ど、どうして、ここに?!」
「昨日の件で、伝えていなかったことがある。医務室では、本当にすまなかった!」
突然の謝罪に、ぼくは圧倒されてしまい、「えっ、えっ? えぇ……」と壊れた洗濯機のような返答しかできなかった。
その間、当のダン先輩は大型犬みたいにしょんぼりしながら、おそるおそるぼくの様子を窺っていた。
(医務室ではって言った。酔ってからの記憶はないのかな?)
かといって、ぼくの方から昨夜の出来事に触れるのは気まず過ぎる。
「大丈夫です。ぼくは自主練してるので、どうぞお構いなく……」
ダン先輩には申し訳ないけれど、今は淡々と、この場をやり過ごすしかない。
「ありがとう、サラ。では、話が変わってすまないが、第一王女様を見かけなかったか?」
「……見ていません」
「そうか……」
「あの……」
ぼくは木刀を握り直して、ずっと言えずにいた思いを吐露した。
「前に、ぼくのことを部下にしたいって……」
「あぁ!」
「子供の頃、ぼくは剣術が怖くて、泣きながら道場に通っていた、弱い人間です。それにダン先輩と比べて、ぼくの体は小さいから……部下にはなれません。ぼくより強い人がそばにいた方が、ダン先輩にとっても、第一王女様にとっても良いはずです」
自分を卑下する言葉が、口をついて出た。
どんな未来が来ても、ぼくはダン先輩の「部下」としては、そばにいられないのだから。
けれど、ダン先輩は目を見開き、一歩前に踏み出した。
「それは嫌だ!」
「へっ……」
「第一王女だけでなく、君までわたしの前からいなくなるのは、絶対に嫌なんだ!」
即答だった。
真剣な瞳でぼくを見つめ下ろしたダン先輩は、自身の分厚い胸板に手を当てた。
「この身体は、第一王女のためだけではない。君のことも守りたいと思ったから……4月に入ってから、さらに筋トレと剣術に励んで、身体を大きくしたんだ。サラ、君がいないとわたしは困る。困った時はお互い様だろう?」
(ぼ、ぼくのことも、守りたい?!)
ダン先輩は、行方不明の第一王女(本当のぼく)を探している。
でも、目の前にいる「後輩のサラ」のことも、同じくらい大切に想ってくれているんだ。
胸の奥で燻っていた嫉妬や不安が、嘘みたいに、スッと晴れていくのを感じた。
「ふっ……!」
ぼくは知らぬ間に笑みをこぼしていた。
「ダン先輩、ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします!」
「もちろんだ!」
ダン先輩はパァッと太陽のような笑顔を見せた後、「よし、わたしは第一王女を探してくる!」と意気込み、嵐のように体育館を去っていった。
その後ろ姿を見届けてから、ぼくは個室に戻り、ルルと一緒にミルクチョコレートを分け合った。
「あー。美味しかった! 剣術で汗をかいたし、お風呂に入ってこようかな!」
制服を脱いでサラシを解こうとした時、枕でくつろいでいたルルがぽつりと呟いた。
「ダン先輩ったら。シコンちゃんより、サラちゃんの方が胸が大きいし、スタイルがいいわよ」
「ルル! 何言って!」
ぼくは顔から火が出るほど赤くなり、慌てて両手で胸を隠した。
「だって、本当のことだもの。そうね、胸の形もサラちゃんの方が」
「こ、これ以上は何も言わないでぇ……!」
ジャブーン!
ぼくは逃げるように、露天風呂へ飛び込んだ。
お風呂に浸かりながら、自分の身体を観察する。
(さっきの重心のブレ、やっぱり腰回りや胸に脂肪がつきやすくなっているんだ)
成長とともに、女性らしく丸みを帯びていく身体。
何度も回復魔法を使った影響もあるのかもしれない。
前はすぐにサラシを巻けていたのに、最近は胸を潰すのが、苦しい。
あと二年ちょっと乗り越えられたら、ぼくは第一王女ではなく、普通の女の子になれるんだ。
でも、あと二年、頑張らないといけない。
「18歳になるまで、男として生きていけるのかな……」
不安が胸をよぎったけれど、ぼくはすぐに首を振った。
(ネガティブになったらダメだ! 今回もバレずに済んだんだ。運が味方してくれているから、きっと大丈夫)
そう信じて、ぼくは雲ひとつない澄み渡る朝の空を見上げた。
<ご挨拶>
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次回は【ダン先輩視点回】をお届けする予定です。
どうぞお楽しみに!
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