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第二章 3



 ラルフとのダンスを終えた後、シャロンは乞われるままに別の男性とペアを組んだ。

 不思議なことに彼女と踊ると、どれほどダンスが不得手な男性であっても、見違えるように美しく踊ることが出来た。それが評判を呼び、次から次へと絶え間なく挙手する者が現れる。


 実際、ダンスの良し悪しは男性の技術によるところが大きい。

 だがシャロンは徹底的に鍛え上げられた技量と体幹によって、さりげなく自分から男性のリードを誘っていた。

 相手が気づくとプライドを傷つけてしまうため、あくまでも分からないように――さも自分にはダンスの才能があったのか、と勘違いさせるくらいにしなさい、と脳内でしたり顔のサルタリクスが笑っている。


 そしてこれはラルフの指示だったが――同じ男性とは決して踊らなかった。どんなに願われても丁寧に辞退し、それがまた男たちの独占欲に火をつけることとなった。




 ダンスを二時間ほど踊り続けたシャロンは、さらにラルフに呼ばれ、壇上へと登ることとなった。

 どうやら事前に主催者に話を持っていったらしく、このパーティーの主催者らしき夫妻から「独唱歌アリアがお上手なんですってね」と言われたシャロンは、滝のような汗を流す。

 だがラルフに与えられた機会を逃すわけにはいかない、とシャロンは堂々たる歌声を披露した。はたして期待に耐えうるものだったのか、と歌い終えた後に尋ねてみると、どうしたことか夫妻は目に涙を浮かべて感動していた。シャロンは改めてニーナの指導に感謝する。

 是非もう一曲、と懇願されたところで、ラルフがするりと間に入った。


「申し訳ありません。これ以上は、また別の機会に」


 すると早くも次のパーティーへの招待状を準備されているようだった。おまけにその騒ぎを聞いた他の貴族たちが、是非うちでもと手を上げ始め、シャロンはラルフの陰に隠れたまま、ひええと舌を巻く。


(ラルフさん……本当にこういう仕掛けは天才的だわ……)


 両手いっぱいに溜まっていく招待状を前に、ラルフが嬉しそうに口角を上げているのを、シャロンは複雑な心境で眺めていた。






 帰りの馬車のなかで、ラルフは一人満足げな笑みを浮かべていた。


「いやあ、お疲れさまでした。私が思っていた以上の成果ですよ。満点です」

「よ、良かったです……」


 一方のシャロンはようやく人目から解放されたという安堵と、いまさらのしかかってきた疲労感に苛まれながら、げっそりとした表情で馬車の隅に体を持たれかけている。


(や、やっと終わった……)


 しかしラルフの言う通り、ダンスも歌も予想以上の評価を得ることが出来た。先ほど受け取った招待状の山を紐解きながら、随分と上機嫌なラルフを見て、シャロンはほっと胸を撫でおろす。


(良かった……わたし、少しでもラルフさんのお役に立てたみたい……)


 一年という長い時間をかけてもらった、その恩が今日ほんの少しでも返せたのなら、とシャロンは心を弾ませる。やがて強い眠気が襲ってきて、シャロンはラルフに見つからないよう、そうっと目を閉じた。


「――ッ!」


 すると突然馬車が大きく揺れ、シャロンはしこたま角に頭をぶつけてしまった。どうやら路面に瑕疵があったらしい。いたた、と小さく呻くシャロンを見ていたラルフは、一瞬驚いたような表情を浮かべていた。

 だがすぐに苦笑すると、シャロンの肩を抱き、隣に座る自身の膝へと横たわらせる。


「寝るならこちらにしなさい」

「えっ、で、でも、お兄様……」

「ひどい音がしましたよ」


 くっく、と思い出したように笑うラルフに、シャロンは慌てて顔をそむけた。だが頭はしっかりとラルフの腿に乗ったままで、シャロンは首から頭のてっぺんまで、じわじわと熱くなっていくのが分かる。


(これって……膝枕……)


 絶対に顔を見られたくない、とシャロンは横を向いたまま硬直する。するとあろうことか、ラルフがシャロンの頭を撫でるようにして、薄桃色の髪に手を伸ばしてきた。


「痛かったでしょう」

「い、いえ、全然……」

「邸についたら起こしてあげますから、それまでゆっくり寝ていなさい」


 よしよし、と労わるようなラルフの指の感触に、シャロンの思考能力は限界を迎えていた。温かくて大きな手が側頭部に触れるたび、シャロンは心の中だけで叫ぶ。


(む、無理! 恥ずかしすぎて今すぐ逃げ出したい! けど馬車だし下りることも出来ないし! ああーでも幸せー! 神様ーー! ありがとうございますー!)


 このまま意識を保っていたら、いつか心臓が止まってしまうのでは、とシャロンは不安を抱えながら、吹き飛んでしまった眠気を必死で呼び戻す。

 だが大好きな人の前で、しかもこんな体勢で安眠など出来るはずもなく。シャロンは仕方なく寝たふりをしたまま、身に余るほどの幸福な帰路を堪能したのであった。






 翌日からシャロンの生活は一変した。


「何ですか、これ……」

「あなたへの贈り物だそうですよ」


 玄関ホールから運び出される荷物を見ながら、ラルフはことも無げに告げる。

 昨日のパーティーで鮮烈なデビューを果たしたシャロンの元には、即日大量のプレゼントが届いた。大半はもう一度シャロンに会いたい、次は是非二人でと願う男性からのものだったが、中にはシャロンの容姿や踊りの技術に感動した同じ年頃の女性や、自分の娘にならないかという老夫婦たちからの物もあり、ラルフの想定以上だったようだ。


「こちらは手紙です」

「こ、こんなにですか⁉」

「一応事前に目は通してあります。見るに堪えないものは処分しました」


 使用人の持つ盆の上には、どさり、と歴史の資料集のような紙束が積まれている。それを見たシャロンは茫然とし、しばし空いた口が塞がらなかった。



 貰うばかりでは悪いと思ったシャロンは、その日からせっせとお礼状を書き始めた。

 あらかじめラルフから『参加者の顔と名前を出来る限り覚えておくように』と言われていたので、それぞれパーティーで話した話題や、その後いかがお過ごしですか、と一人一人に対して文面を変えて書き綴る。

 もちろん贈り物をくれた相手にはその感想を。ドレスであればそのセンスを褒め、菓子であれば美味しかったです、と書き添えた。


 すると結果として――お礼状に対する返事が、これまた几帳面に戻ってくるという、悪夢のような有様に発展してしまったのだ。



「――シャロン、少しいいですか」

「は、はい、何でしょうかお兄様」


 夕食の席で名前を呼ばれ、少しぼうっとしていたシャロンは慌てて顔を上げた。その様子を見ていたラルフは、わずかに眉を寄せている。


「お礼の手紙を書くのは、もうやめなさい」

「で、ですが、せっかくいただいたものなので……」

「そのせいで最近、あまり寝ていないのではありませんか?」


 う、とシャロンは言葉に詰まった。ラルフの言う通り、普段通りのレッスンと自主学習に加え、最近ではお礼状を書く時間がシャロンの生活を大きく圧迫していた。当然減らせるのは睡眠時間だけになり、今日丁度サルタリクスからも注意を受けたところだ。


「真面目なことは感心ですが、そのためにあなたが無理をしては元も子もありません」

「す、すみません……でも、やはりお礼は伝えたくて……」

「しかし――そうですね。少々私に考えがあります」

「考え……ですか?」

「はい。あなたは無理をせずに休むこと、いいですね?」

「は、はい……」


 一体何をするのだろう、とシャロンは一抹の不安を抱きながらも、もうこれ以上無限に繰り返される文通を続けなくてよいのだと、ほっと肩の荷を下ろした。



 

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