第二章 4
ラルフの宣言通り、翌日からシャロンへの贈り物はぴたりと姿を消した。
「事務局を作ろうと思います」
「事務局、ですか?」
「ええ。あなたに対する贈り物や手紙をとりまとめ、代わりとなる礼状もこちらから返送します。もちろん誰から何をいただいたかは、きちんと帳簿に残しておきますが」
どうやら贈り物自体がなくなったわけではなく、別の場所でまとめて管理されるようだ。高級なものや希少な品物はすべて目録で取りまとめておき、パーティーの前にはあらかじめそれに目を通しておく。
そうすることで、会話の話題としてもしっかりと織り込ませようという寸法らしい。
「というわけで、今後私的な贈り物や手紙は直接受け取らないこと。返信もしてはいけません」
「わ、わかりました」
「それから何か話を持ち掛けられても、必ず私を通すように言いなさい。どんな危険があるか分かりませんからね」
「で、でも、お兄様もお忙しいのにそんなご迷惑を」
「あなたに関することで、迷惑なんて思うことは一つもありませんよ」
にっこりと微笑むラルフを見たシャロンは、もうそれ以上何の反論も出来なくなっていた。真っ赤になる顔を見られないよう、必死に顔を伏せるだけだ。
そうして設立された事務局だったが、予想以上の働きを見せ始めた。
シャロンの負担は激減し、日々増え続ける贈り物の山に自室を侵略される恐怖がなくなった。お礼状を書く必要もなくなったため、その分いつも通りのレッスンを受けることも出来る。
そのうち事務局あてに、シャロンにもう一度会いたい、次にどこのパーティーに出席するのか、と尋ねる声が多く挙がるようになった。するとラルフは、シャロンの予定を簡素にまとめた表を発行し、質問者に対して返送するよう指示した。
するとそれを見た他の貴族らも、自分も欲しいと手紙を出し始め、一時期はその返送作業だけでかなり時間を取られる羽目となった。
見かねたラルフはすぐに顧客名簿を作成した。年額いくらという入会金を支払うことで名簿に名前が記載され、彼らにだけシャロンのスケジュールが届くという仕組みだ。
有料化したことで一時不満もあったが、ラルフという豪商のやり方だとして渋々納得する者も多かった。さらに冷やかしや遊び目的の相手が減り、本当にシャロンに会いたいと願う者ばかりとなったという利点もあったという。
さらに名簿登録者には、時折シャロン自筆のメッセージカードが届く特典を付けたこともあり、事務局の規模は見事なまでに拡大していった。
「シャロン、大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます、お兄様」
馬車を降りる際、ラルフから手を引かれながらシャロンは微笑んだ。今日はマルス公爵家の夜会だ。到着するや否や公爵が直々に出迎えてくれ、シャロンは丁寧なお辞儀で感謝をしめす。
――もちろんシャロン自身も、アイドルとして精力的に活動をこなしていた。
週末になるとラルフと連れ立って、各地のパーティーに赴く。公爵家、伯爵家と多くの招待客が集う場はもちろん、シャロンの歌が聞きたいと願われれば、ミニコンサートのような形式で参加することもあった。
シャロンはどのような場でも、完璧な『アイドル』としての姿を演じて見せ、その先々で人を魅了した。だがどれほど相手が熱心に口説こうとも、楚々とした笑顔を見せて辞退する。
中には諦めきれず強い態度に出る者もいたが、そんな時はすぐに彼女の護衛――ラルフが現れ「どうしましたか?」と食えない笑みで尋ねてくるのだ。普段であれば身分の違いを盾にする貴族たちも、シャロンの保護者である相手と難儀したくない、と早々に戦いを放棄する者が大半であったという。
かくして花の精霊のように美しい薄紅の少女と、全身を黒く染め上げた悪魔のような青年は、あらゆる社交界の中で一躍時の人となった。
こうして事務局の名簿が一冊の本になりそうな頃、ラルフはシャロンを執務室に呼びつけてあっさりと告げた。
「次は、写真集を出そうと思います」
「しゃしんしゅう、ですか?」
シャロンは以前見た、エメリアお嬢様のものを思い出した。たしか絵ではなく、現実の姿を精巧に写し取られたものだったような。
「あなたの肖像画が欲しい、という声が多くてですね。しかし絵師に描かせていては何枚描いても足りません。そこであなたの写真を撮影し、複製して取りまとめた冊子にしようと思いまして」
「は、はあ……」
いまいちピンと来ていないシャロンを残し、ラルフは扉の向こうに声をかける。振り返るとそこには重々しい機材や暗幕などを持った集団がずらりと並んでおり、シャロンは思わず息を吞んだ。
「――では、撮影を始めましょうか」
その日から一週間、シャロンは午後のレッスンをすべて休み、写真撮影に駆り出されることとなった。撮影は手のひら大の四角い箱――カメラ・オブスキュラを使って行われるのだが、これが恐ろしいほど時間がかかるのだ。
「あの、まだ……でしょうか……」
「あと二十分ほどですね」
(つ、つらい……)
どうやらレンズを通した光景がそのまま絵になるらしく、シャロンは豪奢な衣装を身に纏ったまま、階段の踊り場でひたすらポージングを続けなければならなかった。
肖像画も数日間かけて書いてもらうものだが、あれは相手が人間なので、多少動いても調整してもらえるのに――とシャロンは瞑目する。
「あ、目は空けて!」
「はい! すみません!」
こうした耐え忍ぶ努力を続けて撮影された写真たちは、実に見事なシャロンの姿かたちを捉えていた。美しい庭園で花に囲まれる様子や、水辺に足をつけてはしゃぐ表情など、肖像画では再現できない美麗さに、撮影をした職人たちの方が満足げだ。
その出来栄えに満足したのか、ラルフは使用する写真を厳選したうえで、さらにシャロンに微笑みかけた。
「それでは発売と同時に、握手会と署名会も開催しましょうか」
「……はい?」




