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寡黙的少女  作者: カオリ
8/15

08 怒られる少女

「蓮見さんに関係してる男って言ったら伊勢谷大輝しかいないでしょ。……何なのアンタ……馬鹿なの?」

「美和ちゃん、言い過ぎ。そんな事言ったら駄目だよ……」


 自分が今まで喋っていた内容がきちんと優弦に伝わっていなかった事が更に美和の感情を逆撫でしたらしく、溜まっていたものを発散するように侮辱するような言葉を優弦に向かって放つ。

 さすがにその言葉には様子を見ているだけだった佳乃子も止めに入った。


「大輝君が……落ち込んでいるんですか?」


 しかし優弦が気に掛かったのは暴言を吐かれた部分ではなく、伊勢谷大輝という人物の名前だった。

 悪口を言ったのにそれさえ無視され、美和の顔はますます強張っていく。


「……っ……、……」

「お、落ち着いて美和ちゃん。蓮見さん、こ、こういう子なんだから……」


 何かを必死に耐えている美和に、佳乃子が必死になって彼女をなだめた。

 優弦は良い意味でも悪い意味でも自分にのめり込んでしまう性格の持ち主だ。その事を美和も十分分かっている。

 きっと自分がこの場で大声を出して怒鳴りつけても、彼女は何も分かってくれないだろうという事も分かっていた。

 だから、今自分の中に込み上がってくる激昂したい感情を佳乃子に励まされながら抑え込んだ。


「…………っはぁーーー…………もう、いい。蓮見さんに色々言っても無駄よね。……私帰るわ」


 これ以上は話したくないとでも言うように美和は優弦から離れて行く。

 何がどうなっているのだろうと思う優弦も、彼女が怒ってこの場を去ろうとしている事は分かった。しかし、美和を引き止めるような事はしない。


「か、帰っちゃうの美和ちゃん……うー……」

「…………」


 教室出入り口へと向かう美和、席に座ったままの優弦、それぞれを交互に見ながらどうしようかと迷っている佳乃子だが……。


「今の、……今の美和ちゃんの言葉、本気にしないでね」


 そう言い残し、彼女も優弦の前からいなくなってしまった。

 そして残された優弦はやはり追おうとはせず、途中だった帰り支度を再開させた。


 ――馬鹿、と言われた。久下さんは多分それについて本気にしないようにと言ったのだろう。馬鹿……馬鹿……。


 同じ言葉を頭の中で繰り返しながらやっと帰り支度を終えた優弦は廊下へと出る。そういう風に荒っぽい言葉を投げ掛けられたのはいつが最後だったか、そんな事を考えていた。

 基本的に優弦の周囲にいる人間は優しい。彼女が望む望まない関係無く親切にしてくれる事が多かった。中にはやっかむ人もいたが、それでも直接的に言われる事は滅多になかった。


 ――この言葉も色々な場面によってそれが持つ力も変わってくるだろうけど、私の場合はどうだったのかな。木野さん、本当に呆れたような顔をしていて……私の事を心底嫌になったのかもしれない。馬鹿な私が嫌いなんだ、きっと。こうなると、もう話し掛けられもしないだろうな。


 冷静に先程の事を分析する優弦だが、よく見るとその表情は切なげだ。

 この高校に入って、美和は佳乃子と共に自分にある程度接触をしてきた女の子だけに、距離を置かれるのかという不確定な不安要素が優弦を知らずに暗い気持ちにさせていた。


 ――そうしたら、久下さんも私に近付かなくなって……。私は一人。……一人でいるのも慣れているからいいけど、でもあの二人とお話しをするのも楽しいし……。


 一日中佳乃子達と一緒にいるというわけではないが、一人でいる優弦の事を二人は何かと気にかけてくれている。

 それがなくなってしまうのかと思うと、やはり優弦は心を悲しみに変えていく。

 しかしどこかでそれも仕方が無い事なのかと諦めている自分もいた。自覚せずに美和の事を不快な思いにさせてしまったのだから、これは罰なのだ、と。


 ――……でも、私がいない方があの二人は楽しいのかもしれない。元々同じ中学だったのだし。そうか、私は初めから邪魔だったんだな。


 初めから。

 そう考える事によって優弦の心は少しばかり軽くなる。最初から何の関わりもなかったと考えれば一人に戻るのも大した事は無い。


 ――そうか。それなら大輝君との事も忘れてしまえば…………あの心地好さがなくなるのは少し悲しいけど、でも私のせいで大輝君が落ち込んでいるのだったら、彼とも距離を空けてしまえば…………。


 酷く短絡的な考えに至ろうとした時、優弦の前に影ができた。

 体をすっぽり隠してしまう、そんな影。

 もう下駄箱に着いたのかなと、俯き加減だった優弦が顔を上げると、そこにはスチール製の大きい下駄箱、ではなく今頭の中でしていた考え事の中心人物が立っていた。


「…………」

「優弦ちゃん、あの……話があるんだけど、一緒に帰らない?」


 大輝が妙に真剣な表情をしてそこにいる。

 今正に彼の事を考えていたから私が呼び寄せてしまったのかと、優弦は不思議な気持ちになるが、大輝のその問いには首を振った。


「…………駄目です。…………私、あなたとは帰れません」

「ええ!!?」


 予想外の返事だったのだろう、大輝は本気で驚いた顔を浮かべている。


「失礼します」

「…………」


 そして言葉通りこの場を行こうとする優弦。暫し呆気に取られていた大輝だが、すぐに自分を取り戻した。


「まま、待って優弦ちゃん! え、と……俺何かしちゃったかな……っていうかしたからそう言われるのか。やっぱり今日のあのクラスの奴がからかった事が原因? その、あのー、あれは本当にごめん」


 後ろから必死になって大輝が喋る。それがあまりにも切羽詰まったような言い方だったので、優弦も無視はできないようで……。校舎を出てから後ろを振り返った。






「へー……えー、と……つまり、俺が何か落ち込んでいるのは優弦ちゃんが原因で、その事について木野さんが怒っちゃったの?」

「……そのようです」


 校舎前の道に点々と置かれている内の一つのそれに、優弦と大輝は座っていた。

 目の前ではサッカー部が練習をしている。今は試合中のようで、優弦が話し始めた時は0対0のままだった点が、いつの間にか二対三に変わっていた。

 大輝が優弦と美和達の件を知るのにかなり時間がかかってしまったが、彼は最後まで真剣に話を聞いていた。


「そうか……うーん、まぁ俺が落ち込んだのは確かに優弦ちゃん絡みだけど……」


 でもこれは、と大輝が続けようとするが、優弦の口が先に開く。


「やっぱり私のせいなんですね。はい、分かりました」

「え、あれ? 優弦ちゃん?」


 ベンチの隣に座っていた優弦が徐に立ち上がった。


「……失礼します」


 先程聞いたセリフが再び耳に入ってきて、大輝も慌てて立ち上がる。

 ちゃんと話を聞いてくれー、と心の中で叫ぶ大輝だった。


「違うよ優弦ちゃん! 関係がないって言ったら嘘になるけど、でもこれは俺のせいっていうか……何か一人で勝手に盛り上がってただけで。優弦ちゃんは何も気にしなくていいから」

「…………」

「だから、その……もうちょっと一緒にいたいというか……は、話をしたいんだけど」


 何とか優弦を留まらせようと必死に大輝は説明する。

 するとベンチから立ち上がっていた優弦は暫し考え、また腰を下ろした。すっと前を見据えてから、横にいる大輝を見つめる。


「遅いと、心配されるので。十分くらいなら」

「あ、うん! 家族が心配するもんね。十分話せるだけでも俺満足」


 どこか焦っていた表情から一転、大輝の顔はにこやかな笑みに変わっていた。


 ――……本当に表情豊かな人だな……。


 ころころ顔が変わる大輝をまじまじと見ている優弦。そんな彼女の視線を感じた大輝は反射的に頬を赤く染めながらそれを意識しないように、必死になってサッカー部の練習を見詰めた。


「…………えーっと……優弦ちゃんの家って門限とか厳しいの?」

「……はい」


 具体的な時間が決まっているというわけではない。だが、学校が終わったらすぐに帰るように言い聞かされているので遅くても夕方までという感覚だろう。


「へー、そうなんだ。俺んちは門限とかないから心配される事っていうのも少ないから、そういうのっていいなぁって思うんだよね。……まぁ優弦ちゃんが俺の子供だったら同じように門限作るだろうけど……」

「…………大輝君が、私のお父さんですか?」

「え、あ、例えばね。優弦ちゃん可愛いから、すぐ家に帰って来てくれないと心配しちゃうよ。知らない奴にさらわれちゃったんじゃないか、とかさ」


 その上性格もこの通りなので声をかけられたらホイホイついて行きそうだ。

 まぁ実際そんな事はないよね、と大輝が笑い話にしようとしたが……。


「そうですね。あの時はすごく心配をかけました」

「!!」


 今のは冗談で言ったつもりだったのに。

 大輝の表情が驚愕へと変わり、そして言葉を失う。まさか本当にそういう事があったとは思わなかったのだが、優弦だったら有り得そうな事ではある。


「……ゆ、優弦ちゃん誘拐された事、あるの?」

「…………五歳くらいの時に」

「よく、無事だったね?」

「…………公園で、男の人に……手を繋がれて……」

「う、うん……」

「…………でも、すぐに母の声がして、その人は何処かに行ってしまいました」

「そ……そっかー……」


 優弦が言い終えると、大輝は安心したように盛大に息を吐き出した。

 どうやらさらわれそうになった事がある、という事みたいだ。


「でも、今はそういう事はなくなってるんでしょ?」

「はい。……知らない人には付いていかないようにと言われています」


 物凄く当たり前の事を優弦は答え少しだけガクッとする大輝だが、彼女の場合そう言い聞かせ続けないといけないのかもしれない。それに、女性が襲われるという事件は多くあるのだから。


「そうだね。絶対駄目だよ、知らない人に付いて行ったら。……あ、これ防犯ブザー? ん? これも?」


 これは高校生同士がする会話では無いよなと心のどこかで思いながら、大輝は優弦が膝の上に乗せている通学用カバンに着けている丸型のプラスチックを見つけ、そう聞いてみる。

 一つだけではない。色違いで三つそこにはあった。

 大輝がそれを指で弄るのを見ながら、優弦は徐にカバンの中を開ける。


「あ、カバンにも入ってるんだ……え…………え?」


 優弦のカバンの上に、中に入っていた防犯ブザーが次々と置かれていき、その数の多さに大輝は目を丸くした。

 計十個。

 携帯ストラップのような物にキャラクター形の物、ライト付き、笛付き、と様々な防犯ブザーがそこにはある。

 今こんなに種類があるんだな、と妙に大輝が感心してしまう程だ。


「……す、凄いね…………こんなにあったら敵なしっていうか……はは、マジで……」

「…………使った事は、まだありませんが」

「あ、そうなんだ。まぁその方がいいけど。……でも、こういうのってどれくらい音が鳴るのかな……」

「…………鳴らしてみますか?」


 ハッと、とんでもない事を口走ってしまったなと思う大輝だが、もう遅い。


「えっ! あ、いや、優弦ちゃん! ま、まま、まっ…………」


 耳をつんざくような防犯ブザーの音に、グラウンドにいるサッカー部員、帰宅中の生徒、それに教室内に残っていた生徒も窓から顔を出して優弦と大輝に注目した。

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