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寡黙的少女  作者: カオリ
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9/15

09 取り返す少女

 翌日。

 弁当箱の入った手提げ袋を持っている優弦は、昨日の放課後大輝と話をしたベンチまでやって来ていた。

 天気が良いから外で食べよう。

 そう思って、陽が程良く当たるこの場所を選んだ。太陽に当たっていたため、温もりのあるベンチの上に腰掛け、優弦は膝の上に弁当を広げる。

 ぽかぽかとしたのどかな雰囲気の中食事をしていると、ザリザリと細かな砂利が擦れ合う音が響いてきた。

 優弦と同じクラスの久下佳乃子がベンチ傍までやってくる。


「あ、いた……蓮見さん……」

「…………」


 その手にはビニール袋がぶら下がっており、そして彼女は若干息を切らしていた。

 優弦はもぐもぐと口を動かしたまま、立っている佳乃子の事を見上げる。


「あの……お昼、一緒に食べてもいい?」

「…………はい」


 いつも佳乃子は美和と食べていると思ったが、今日はいいのだろうか。

 そう思いながらも、佳乃子が自らそう言っているので特に断る理由もない優弦は口の中に入っている物を飲み込んでから返事をした。

 優弦は横に一人分座れるスペースを取っていたので、佳乃子は難なくそこへ腰を下ろす。そしてガサガサとビニール袋を漁る佳乃子の隣から、優弦は何かを差し出した。白い物体が佳乃子の視界に入り、彼女はそれを見る。


「…………え……」

「おしぼりです」


 携帯用のウェットティッシュを持っていた優弦はそれを佳乃子に使ってもらおうとしたみたいだ。

 まさかそういう物を持っていたなんて思わない佳乃子は少々驚きながらもそのおしぼりを受け取る。


「……あ、ありがとう」

「…………」


 佳乃子が礼を言うが優弦は特に何も返事をせず、弁当の中身を減らしていった。貰ったおしぼりで手を拭き、佳乃子もパンの入った袋を開けて一口頬張る。

 誰もいないグラウンドを見詰めながら二人で昼食をとり、暫くしてから佳乃子が話し出した。


「あのね……美和ちゃんて4人兄妹なの。弟が二人いて、妹が一人で、美和ちゃんが一番上なんだけど」

「…………」


 ふと始まった話に、優弦は口を動かしながらそれを聞く。


「その下の三人の間で喧嘩が頻繁にあるらしくて、美和ちゃんは勝手にやってって思ってるらしいんだけど、いつもお母さんにお姉ちゃんなんだから何とかしなさい、て言われてるみたいで……結構愚痴を言う事が多いの。そのせいで学校でも不機嫌な事が多かったりして……」


 兄弟姉妹がいるとどうしても生じてしまう事だ。

 人数が多いとそういういざこざも多くなってしまうのだろう。


「でもね、美和ちゃんはあのまんまお姉さん気質だから、凄い頼り甲斐があるんだよ。私って割とぼーっとしてる事が多いんだけど、いつも美和ちゃんに助けられてるし……だから……ね……」

「…………」

「美和ちゃんの事、嫌いにならないであげてね」

「…………」


 不安そうな眼差しで佳乃子は最後にそう訴えた。

 昨日美和が優弦を一方的に責めるような事を言ったのが彼女は気懸りだったようだ。しかし美和は美和で良い所がある。昨日の件で彼女を評価しないで欲しいと、佳乃子はそう思っていた。


「…………嫌いになっては、いませんが」

「え、あ……本当?」


 大分経ってから反応した優弦の言葉に、佳乃子が驚いたように返す。


「……はい」

「昨日あんな事言われたのに、美和ちゃんの事許してるの?」

「…………」


 ――木野さんは理由があって怒っていたわけだし、その原因が私である事は間違いない。大輝君も実際落ち込んでいたみたいだから。


 優弦は美和の言い分や大輝と話した事を思い出しながらそう考えた。


「木野さんが言っている事は正しいと思いますので」

「……わぁ、……蓮見さんってすごいなぁ」

「……?」

「私、美和ちゃんにあんな事言われたら絶対引きずっちゃうもん。本当にズバズバ言っちゃう子だから」


 佳乃子は感心した様子で言う。

 しかし優弦にとって美和のような人は珍しかった。今まで色んな人に会っているが、自分に対して文句を言う者はいなかったからだ。

 考え事をして黙り込んでいると相手の方が優弦の答えを決めて代わりにしてくれたり、自分達のしたいように優弦の事を誘導したり。

 気を遣っているようでその反面厄介に思われてはいただろう。なので、美和のように不平不満を言う子というのは優弦にとってかなり特殊な存在だった。優弦自身もかなり特殊な存在だが……。


「でもそこがかっこよくて私にとって憧れの部分でもあるんだ。美和ちゃんのように何でも言える人になりたいなぁって思ってて……中々ああいう風にはなれないんだけど」

「…………」


 遠くグラウンドの先の方を見ながら佳乃子が美和に対しての思いを吐露する。

 優弦にはこういう人になりたいというような憧れている人物がいないのでその気持ちを理解するのは難しいが、彼女の言っている事は何となく分かった。

 それから暫く二人は無言のまま時間を過ごし、午後の授業が始まる五分前の予鈴が響いた所で佳乃子がビクッと体を揺らした。


「あっ! チャイム鳴ってる! 急がないと!」

「……まだ予鈴です」

「でも、ほら! 歯磨きしないとだよ蓮見さん」

「…………」


 ああ、そういえばそんな作業も残っていたなと悠長に優弦が考えていると、佳乃子が優弦の手を握ってくる。

 ギュッと力を籠められ、その温かい掌の温度に優弦は無表情のまま繋ぎ合っているそこを見た。しかしすぐに佳乃子が手を引っ張る。


「早く行こう。蓮見さん走らせると危なそうだから、早歩きね」


 それは転びそうだから、という意味だ。

 佳乃子に言われるまま優弦は彼女と一緒に玄関へと向かった。


「……明日も一緒にお昼食べよう。…………美和ちゃんも」

「…………はい」


 少し前を行く佳乃子の顔は見えないが、優弦は彼女が掛けてきた言葉に素直に返事をした。

 佳乃子はいつも美和といる。その彼女が今日の昼食は優弦と一緒にいてくれた。

 昨日の件は優弦と美和二人の間の問題だが、彼女達だけでは絶対に歩み寄らないだろうと考えた佳乃子は優弦の方から説得しようと思ったのだ。

 優弦があまりというか全く怒っていなかったのでその心配は無駄なものとなったようだが。

 握り合っている手を何となく意識しながら、優弦は教室へと戻って行った。


「はぁー……まだあと五分以上はあるかなー。良かったね蓮見さん」

「…………はい」

「ふぅ。……ん、何だろう」


 二人が教室へ入って行くと、黒板や教壇がある場所に人が集まっている。

 まだ昼休みなので特に変わった光景ではないのだが、その場所をクラス中が眺めているのが佳乃子には違和感だった。


「何してるんだろうね」

「…………」


 優弦に呼び掛けるが、何も返事がないのは佳乃子にも予想できており、気にしないで他のクラスメイトのように見ている事にする。


「マジでこれ誰のだよー、女子に間違いないんだからさぁー」

「早く名乗り出ないと中身全部出しちゃうよー」

「ハハハハ! お前それひでーよ!」


 クラス内でも一際騒がしい男子達だ。

 昨日優弦と大輝にキスしろ、とはやし立てた者達でもある。

 その数人の男子達を見ながら佳乃子は嫌だなと溜息を漏らす。それから、彼等が何について騒いでいるのか注目した。


「……ポーチ?」


 白と紫の幾何学模様が描かれている、化粧ポーチのような物が一人の男の手にある。


「え……もしかして……」


 佳乃子は小さく呟いて、教室内を見回した。ある人の顔を見付け、彼女がそちらに注目していると相手の方も佳乃子に気が付いた。

 美和だ。


「…………」

「…………」


 二人は視線だけを合わせて会話をしている。


 ――あれは美和ちゃんのポーチだよね。


 ――そう。


 そんな風なやりとり。

 クラスの男子が持っている物は美和の持ち物なのだ。佳乃子もあのポーチを彼女が使っている所を何度も目にしているのですぐに検討がついていた。

 自分の、誰の物か分かっているのならすぐに名乗り出ればいいのに、佳乃子と美和はそれをしようとしない。躊躇してしまうような物がそこには入っているからだった。


 ――美和ちゃんの生理用品が入ってるのに。何で男子ってああやって面白がるんだろ。……でも、どうしよう。


 騒いでいる者もクラスにいる他の者もそれが何なのか分かっている。だからこそ美和も佳乃子も言い出せなかった。


「あ、この中身出せば本人も自分のだって分かるんじゃね?」

「そうしようぜ」


 ――わー、馬鹿じゃないのあの人た、ち……え……。


 ぱくぱくと声にならない叫び声を上げている佳乃子の隣にいた優弦が前へと出た。ゆっくりした足どりで男子達の方へと近付いていく。


「は、蓮見さん?」


 佳乃子が呼び掛けるがもう距離的に男子達の方が近い。


「……え……な、何……?」

「…………」


 優弦の存在に気付いたポーチを持っている男子が少々戸惑いがちに言う。周りで騒いでいた者も、まさか彼女が出て来るとは思わなかったようで、かなり驚いていた。というより誰も名乗り出るとは考えていなかったのだ。

 佳乃子や美和、クラスにいる者が優弦に注目する。


「……は、すみさん……」

「ん、何か静かだな。……どうしたの?」

「あ、伊勢谷君」


 昼休みは別の場所にいたらしい大輝が教室へ入ってきて、いつもの雰囲気でない教室内を不思議そうに眺める。


「……優弦ちゃん?」

「あ、あのね……」


 すぐに優弦達の姿を見付けた大輝に佳乃子が説明を試みるが……。


「……何? 蓮見さん?」

「…………」


 優弦の目の前にいる男子がそう聞き出し、佳乃子の言葉は途中で止まる。ポーチを見ていた優弦は、手を差し出した。


「それ、私のです」

「へ……へー、そう。でも、本当に蓮見さんの?」


 疑うような目で男子は優弦を見る。すぐには渡したくないという、騒ぎ出してまで持ち主を探したお調子者の心理が働いたようだ。


「はい。間違いありません。中には生理用ナプキンが入っているはずなのですが」

「せ……」

「な、永田、返してやれよ」


 優弦の言葉に男子達の顔が一斉に引き攣り、ポーチを持っている者はようやくそれを優弦に渡した。


「ありがとうございます」


 そう礼を言った優弦は、今度は教室出入り口へと向かい、大輝や佳乃子達に見られながら教室を出て行った。

 そしてそのまま廊下を歩いて行くと、後ろから「蓮見さん、待って」と呼び止められた。ゆっくりと振り向く。


「…………」

「え、えっと……そのポーチ」

「私のなの」


 佳乃子が優弦の手にあるポーチを見ながら言いかけた時、隣にいた美和がそう言った。

 持ち主は美和だ。二人は優弦がわざと自分のだと言って取り戻したと思っている。

 しかし……。


「……木野さんのですか? 私の物かと……」

「え? ……あ、蓮見さんもう嘘つかなくていいんだよ」

「嘘はついていませんが」


 優弦の言葉に、佳乃子はまだ彼女が演技をしているのかと思ったが、どうやらそうでもなさそう。


「蓮見さんももしかしてその柄のポーチ持ってるの?」

「はい」


 その答えに美和と佳乃子は顔を見合わせた。彼女は本当にそれを自分の物だと思っているのだ。いや、もしかしたら実際そうなのかもしれない……。

 そう考えた美和はその中を開けて見るのが一番手っ取り早いと考える。


「それじゃあどっちの物か見てみようよ。蓮見さん、貸して」


 優弦からポーチを受け取り、美和はファスナーを開いて中を確認した。

 中身は二人が言っている通り生理用品が入っているが、その入っている種類と物を見る限り美和は自分の物で間違いないと確信する。


「……やっぱり、これ私のだ……」

「……そうですか。すみません、勘違いしていました」


 本当に申し訳なさそうな言い方だった。優弦は嘘でも何でもなく自分の物だと思い込んでいたようだ。


「なんだ……蓮見さんって本当にマイペースっていうか……。でも、さっきのあれには驚いたけど……」

「うん、私も。まさか自分のです、なんて言うと思わなかった。すごい行動力」

「…………」


 二人が感心したように口々に言うが、優弦は何を言われているのかいまいち分かっていない様子。

 それがまた美和と佳乃子を脱力させる。

 美和は溜息をつきながら、しかし顔には笑みを浮かべて優弦を見詰めた。


「ありがとう蓮見さん。アイツらから取り返してくれて。それと、昨日言った事ごめん。馬鹿なんて言って……子供っぽかったよね」

「いえ……気にしていません」

「そうそう、蓮見さん全然 こたえてないみたいで。精神的にも強いよね。私も見習おうかな。……美和ちゃんに何言われても気にしないような精神力を鍛えて……」

「佳乃子は無理無理。ずーっと私の尻にしかれてればいいよ」

「えー! ひどいよ美和ちゃん」

「…………」


 美和と佳乃子のやり取りに優弦はただ眺めているだけだったが、ほっとしたような、心が温かくなるような気持ちになったのは確かだった。






 その頃教室では……。


「隼人、優弦ちゃん女の子の日らしい。……俺はどうしたらいい?」

「……いや、別にどうしょもしないだろ」

「はぁーーーー……」

「何でそこでお前が悩むんだよ」


 大輝が大層頭を抱えており、隼人は呆れた様子で友人を眺めていた。

3人組って結構好きです。

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