2-16 3人の時間
「それじゃ、少しだけ……お願いします」
申し訳なさそうに、美鈴が言う。
……当たり前みたいに、それじゃお願いね、って言って欲しい。
あるいは、ゴメンね、休ませてもらうよって、遠慮せずに頼ってほしい。
そしたら。
はいはい、今日は休んどけ……って、言えるのに。
「……はい」
それだけ答え、優人の方に向き直る。
カードが貼られた台紙を受け取り、優人に見えるように向ける。
1枚ずつ指さしながら、読み上げた。
「『おさんぽ』『ください』……だね」
「うん、わかったよ。お散歩、行こうか」
優人の左側にまわりこみ、右手を差し出す。優人が掴みやすいように、小指を伸ばすと、優人もスッとその指を掴んだ。
……?
視線を感じて振り返ると、美鈴がこちらを見ていた。
「どうか、しました?」
「あ……すみません。なんでもないです。行きましょうか」
美鈴に促され、歩き出そうとして……優人を歩道側にして、自分が車道側を歩く。
いつもの位置だ。
この近くに、小さな公園があるから、そこに行こうか?
……っと、こっちで勝手に決めるわけに行かないか。もう夕方だし。
「み……神崎、さん、この後、予定はあるんですか?」
「この後……いえ。ここが済んだら、そのまま帰ろうかって思っています」
「そうですか……じゃあ、そこの公園を少し歩くのはどうですか?」
「そうですね、そうしましょう」
公園までの道は、優人の手を離さずに、オレが優人の少し前を歩く。その少し後ろを、美鈴が歩く。
優人、ハミングしだした。機嫌良いみたいで、良かった。でも……
美鈴。いつもより、歩くのが遅い。足も、引きずりがちだ。
「優人くん、少し待って?お母さんと離れてるよ」
「すみません、遅くて…」
何度か立ち止まって、公園の入り口まで来た。
公園に入るなり、つないだ手を離して、駆け出そうとする優人。
嬉しそうに、楽しそうに……両手をパタパタと振りながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
駆け足で追いつき、横に並ぶと、笑顔のままペースを落とし、手を繋いでまた歩き出す。
後に続く美鈴に、声をかける。
「お疲れでしたら、ベンチで休んでてください。目の届くところで、遊びますから」
「……本当に、ありがとうございます。気を遣っていただいて……」
いいんだよ。少しでも、休みな。
優人は、オレが見てるから。
「いえ、私も楽しいですから」
そう一言伝えて、優人の手を離し、背中を軽くポン、と叩く。
いつも、公園とか神社とか……危険がないところでやっていた、『好きに歩いていいよ』のメッセージ。
キャッキャと、嬉しそうな声をあげて駆け回る優人。
周りに人もいないし、その声を楽しみながら、優人のあとを追いかけて回った。
ベンチに座る美鈴も、優人の様子を優しい目で見ていた。
楽しい。
ずっと、この時が続けばいいのに。
そう思わずにいられなかった。
それくらい、幸せな時間。
だから……気づくのが遅れた。
美鈴。
ベンチの背もたれに、体を預けている。
さっきまで優人を見ていた顔が、俯いていた。
「……神崎さん?」
急いで優人と手を繋ぎ、美鈴のそばに駆け寄った。
「ご、ごめんなさい……大丈夫」
答えはする。でも、顔色はさっきより悪い。
「立てますか?つかまってください……!」
「いえ……本当に、大丈夫ですから」
美鈴が立ち上がる。けど、一歩踏み出そうとして、ふらついた。
「神崎さん!?」
……ああ、もう!こういう時、なんで無理しようとするんだよ……!
優人のことなら、オレが……
……いや、今のオレには、そんな事、言えないか……。
「神崎さん、家まで……送らせてください」
「永田さん……いえ、そこまで……」
「お願いします。……心配なんです」
頭を下げて、懇願する。——ここまですれば、美鈴が断れなくなると知ってて。
卑怯な言い方かもしれない。
けど、構ってられない。
美鈴……オレを、頼ってくれ。




