2-15 「おさんぽ」「ください」
学校とは反対方向に向かう電車を降り、駅から出た。
歩き慣れた道を、迷わず歩いていく。ここを歩くのは、なんだか随分久しぶりに感じる。といっても、最後に来たのは10日前くらいなんだけど。
10分ほど歩いたところで、着いた。以前からお気に入りの、直売所。
手動のスライドドアを開け、中に入る。それほど広くない店内、いくつかの野菜が並んでいる。
「よかった、まだ開いてた」
小松菜やニラ、玉ねぎ、じゃがいも。何に入れようか?と考えながら、カゴに入れていく。
「いらっしゃいませ。良ければ、薄揚げや豆腐もまだありますよ」
店の人が話しかけてくれた。
「あ、残ってるんですか!?ここの薄揚げ、好きなんですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです、ありがとう」
本当に美味いんだよ、ここの薄揚げ。何もつけずにただオーブンで焼くだけで、ほんのりとした甘みがあって……
「あー」
……!?
いま、聞こえた声。
「うー」
また、聞こえた。
聞き覚えのある——いや。聞き間違えるはずがない。
思わず振り向いた、その先。
入口に立っていた、ふたり。
優人と、美鈴。
「ゆ……」
名前を呼びそうになる。
でも、すぐに顔を背けた。何故か、顔を合わせないようにしてしまった。
……いや、ここに理真がいても変じゃないよな?
買い物に来ただけなんだし、別に後ろめたいことがある訳じゃない。
だけど、何故だか顔を向けられなかった。
目だけで、入口の方を見る。
美鈴は、店頭の野菜を見ている。その横で、優人は……
「あー!」
優人も、こちらを見た。
目が、合った。
その瞬間。
こちらに歩み寄ってくる。美鈴が気づくより早く、迷う素振りもなく。真っ直ぐに。
「うー」
俺の目の前まで来て、またひと声。
「あ、優人。待って」
美鈴が、後を追ってくる。
じっと、オレの顔を見つめる優人。
「す、すみません、この子——」
焦って謝ってくる美鈴。オレと、目が合う。
「……あ」
美鈴が、驚いた顔をした。
「確か……永田さん」
「……こんにちは。」
軽く、頭を下げる。それから、少し体をかがめて、優人と視線を合わせる。
「優人……くんも。こんにちは」
表情は変えず、こちらを見つめ続ける優人。
「すみません……この子、言葉が話せないんです。障害があって」
「あ、いえ、大丈夫です」
……知ってるよ。美鈴、君と同じくらい。
「永田さんも、ここによく来られるんですか?」
「え?」
「ここのお野菜、よく知ってるみたいだったので」
……なんて答えればいい?
理真がここに来たことがあるとは、思えない。学校とは反対方向だし。それなりに、距離もある。
「……はい」
結局、それだけしか答えられなかった。
「そうなんですね」
「うー」
優人が、ひと声あげる。こちらによって来て——
オレの手を握ろうとして、美鈴に止められた。
……複雑な気持ち。残念なような、ホッとしたような。
「優人?お姉さん、びっくりするでしょ?」
困ったように笑う美鈴。
その顔を見て、胸が締め付けられる。
……ちゃんと寝られて、ないんじゃないか?
改めて見ると、顔色が悪い。目の下、クマもできてる。
「大丈夫か……ですか?」
「え?」
「あ、いえ。すみません」
つい、聞いてしまった。
「それじゃ、私たちも買い物があるので」
「あ……はい」
美鈴達は、店の奥に向かった。
オレも、買い物の続きに戻る。
——直文、食べたいものあるなら選んできて——
さっき店員さんに勧めてもらった薄揚げと、あと数点の野菜を選ぶ。
——あ、こら優人。いつの間にキュウリ、カゴに入れた?って、お父さんの顔ジッと見つめるんじゃないよ、おねだり上手め——
……集中できなくなった……。ついこの間の記憶、思い出してしまう。
そんな事を考えながら、だいたい要る物を選び終わったあと、会計を済ませる。
「ありがとうございましたー」
店員の声を背中に、出口へ向かう。
「優人?どうしたの?」
美鈴の声。振り向くと、優人がこっちを見ていた。
何も言わず、こちらをじっと見つめる優人。
「お姉さん、もう帰るんだって。バイバイしよう?」
優人が、首から下げたファイル……マジックテープでカードを貼って持ち歩くやつ……を手に取り、カードを出す。
1枚。もう1枚。
「おさんぽ」「ください」
台紙に、並べて貼った。
「……『お散歩』『ください』?」
美鈴が読み上げるが、優人は……それを美鈴に渡さなかった。
トコトコと、歩いてくる。
オレの目の前まで来て。
オレに……「理真」に……差し出した。
「……え!?……『おさんぽ』『ください』……?」
オレの方を、ジッと見る。
美鈴が、困惑してる。
「優人……?もしかして、永田さんと、お散歩したいの……?」
もう一度、オレの目の前に、カードを差し出す優人。
「私……と?」
慌てて美鈴が、優人の手を取る。
「ごめんなさい、永田さん。気にしないでください。ほら、優人。お母さんと、お散歩しようね?」
そう言って優人の手を引こうとするが、優人は動かない。
いまのオレが……優人たちと、散歩?
いや、変だろ……まだほとんど初対面に近いのに。
でも……優人が、求めてる。
それに、美鈴……。
美鈴の、疲れた顔。少しでも、負担を減らしたい。
「あの……私でよければ」
散歩くらいなら、問題ないだろ。
「でも……」
「大丈夫です。私も……少し、歩きたかったので」




