1 頂点に立つ者
「優勝! 藤崎燐ー!」
レフリーが、新たな王者となった、藤崎燐の腕を堂々と掲げる。
エンベレス・ベルト王者決定トーナメントを制した彼女。黒いスポーツブラに黒いショーツの彼女。ショートボブの髪は、べっとりと汗で濡れ、顔から肩へと滴っている。
王者の証であるエンベレス・ベルトが燐の腰に巻かれる。重い。それは、今まで、多くの選手が求めて闘ってきた努力の重さでもある。
リングから降りた燐に早速記者たちが声をかける。
「おめでとうございます。どうですか、新王者になっての感想は」
「……別に」
「今後の活動の予定は?」
「決まってない」
「ファンに一言いただけますか」
「……特にないです」
ぶっきらぼうな返事に、記者たちは顔を見合わせる。何とか彼女の本音を引き出そうと質問を重ねるが、燐の表情は能面のように動かない。
「あの、燐さん……」
「もういいですか」
立ち去ろうとする燐に、さらに別の記者が問いかけた。
「次の防衛戦は、誰と対戦したいですか?」
その言葉に、今まで無表情だった燐の表情が急にひきつった。
「防衛戦? ……その前に決着をつけないといけない相手がいる」
「えっ」
驚く記者をよそに、燐ははっきりと答えた。
「桜井美和」
燐はくるりと背を向けると、控室へと消えていった。閉まるドアの向こうから、微かな溜め息が漏れたような気がした。
桜井美和。前王者をKOした人物だ。だが、美和はベルトも王者の称号も受け取らなかった。ベルトは重いし、防衛戦で忙しくなるのは嫌だ、と言う理由だった。普通だったらありえない。格闘家にとって、その辺のチャンピオンシップなどよりも、遥かに栄誉のあるベルトなのだから。本人が嫌がっても、所属団体が真っ先にそれを許すはずがない。まして、エンベレス・ベルトだ。所属する団体からすれば、タイトルホルダーがいると、それだけでスポンサーがつきやすく、集客力にも差が出てくる。他の女子総合格闘家はみな喉から手が出るほど欲しがるのだ。
だが、美和はフリーランスであり、個人の都合でベルトを持つのを断ったとしても問題はなかった。そうして、空位となったエンベレス・ベルトを懸けて行われたのが、今回の王者決定トーナメントだった。
トーナメントに出ている間は、燐はそうした過去の経緯は関心の外だった。今、目の前にある試合を勝ち抜くことで精いっぱいだった。だが、自分が準決勝・決勝と勝ち進むにつれ、次第に美和と言う存在が大きくなってきた。そして今、自分がエンベレス・ベルトの王者となった時、美和はもはや避けることのできない相手となった。




