第42話 黒鉄グループ・世界総会(第一部完)
『黒鉄の砦・ゼノビア支店』の最上階に設けられた特設ホール。
かつて人間界の頂点に君臨していた諸王国の王たちが、一堂に会し、青ざめた顔で席を埋め尽くしていた。
彼らの前に広げられているのは、人間界全域に関する最終契約書だ。
「……これで、すべての国の調印が完了しました、ダイスケ殿」
壇上で僕の隣に立つハンスが、ずっしりと重い契約書の束を愛おしそうに抱え、深く一礼した。
完了した。
これをもって、人間界のすべての王国は名実ともに、魔王軍『黒鉄グループ』の下請け企業──すなわち、完全子会社となったのだ。
「おめでとう、ダイスケ殿。本当に……本当に世界を買い叩いてしまったな」
背後に控えていたバルトロ大将軍が、感極まったように太い腕で涙を拭った。
「……思い返せば、すべてはあのボロボロの『第六守備砦』から始まったのだな。
予算も物資も底を突き、現場の兵士たちがブラックな環境で絶望しておった、あの場所から」
「懐かしいね、バルトロ代将軍」
僕は手元の一冊の手帳を見つめ、これまでの怒濤の日々を愛おしく振り返っていた。
戦闘力ゼロ、スキルも《鑑定》と《手帳》しかないアラフォーのおっさんだった僕が、この異世界の魔王軍に拾われたあの日。
誰もが使い捨ての道具だと思っていたゴブリンたちに『安全第一』を掲げ、有給休暇を与え、美味い飯を配ることから始めた。
現場の労働環境をホワイトに変えただけで、彼らは覚醒し、最強の生産拠点を作ってみせた。
「儂も最初は、お前のやるカイゼンとやらが理解できなんだ。
だが、人間の古い法規制を逆手に取って土地を買い漁るお前の姿を見て、確信した。
戦術とは、血を流すことではないとな」
カイム先生がしみじみと呟く。
「レムリア公国の喉元にダムを建てた時もそうさ。
ダイスケ殿は一本の剣も交えず、ただ契約書の力だけで、強硬な軍事国家の生殺与奪を握ってみせた。
恐怖ではなく仕組みで勝つ。お前が貫いた経営理念が、この光景を作ったんだな」
バルトロさんが誇らしげに視線を向けた先──受付ロビーで行列を作って頭を下げる、人間界の諸王の姿がそこにあった。
◇
その時だった。
突如として、特設ホール全体が凄まじい「魔力の重圧」に包み込まれた。
「な、なんだこの尋常ではないプレッシャーは……!」
「息が、息ができない……っ!」
人間界の王たちが恐怖に顔を引き攣らせて床に這いつくばる中、ホールの最奥にある巨大な扉が、重々しい音を立てて開いた。
そこに立っていたのは、漆黒の覇気を纏い、圧倒的な威厳を放つ魔族の絶対的頂点。
「……魔王様」
バルトロさんやカイム先生、そして会場にいたすべてのモンスターたちが、一斉にその場に跪いた。
僕も静かに立ち上がり、深々と一礼する。
「ご足労いただき、感謝いたします。我が黒鉄グループのオーナー殿」
魔王は静かな足取りで壇上へと歩み寄り、僕の手元にある「世界統合契約書」を見下ろした。
そして、威厳に満ちた低い声で語りかける。
『……見事だ、ダイスケよ。
かつて我らは、人間どもを恐怖と血で支配しようとし、無数の同胞を失った。
だが貴様は、ただの一滴も血を流さず、ペンと紙だけで、この世界を真に平定してみせたのだ』
「恐れ入ります。すべては、現場で働いてくれた社員たちの汗の結晶です。
私はただ、彼らが働きやすい仕組みを整えたに過ぎません」
魔王は微かに口元を緩め、玉座の代わりに用意された最上座のチェアに、どっかりと腰を下ろした。
『我ら魔族と人間が、同じ法とインフラの下で生きる時代か。悪くない。
黒鉄グループ最高経営責任者(CEO)ダイスケよ。
この新たな世界の運営、引き続き貴様に一任する。我らを、さらに豊かで幸福な世界へと導いてみせよ』
「御意に」
魔王からの完全なる承認。
ワアァァァッ! と、ホールの外、ゼノビアの街を埋め尽くす人間やモンスターたちから、地鳴りのような割れんばかりの歓声が巻き起こった。
彼らの頭の上に、僕は固有スキル《鑑定》の数値を走らせる。
【所属】黒鉄グループ・異世界全セクター
【総不満度】0.3%(ほぼ皆無)
【エンゲージメント】200%以上(限界突破)
「もう国同士で不毛な戦争をしなくていいんだ!」
「美味しい飯が毎日食べられて、定額で綺麗な水が届く!」
「ダイスケ様についていけば、絶対に間違いない。最高のホワイトな世界だ!」
人間も、魔族も、関係ない。
徹底的に効率化された流通と、誰もが納得するホワイトな分配の前で、世界は一つになっていた。
「……よし。それじゃあ、黒鉄グループの皆さん」
僕はいつものように、愛用の万年筆を胸ポケットから取り出し、手帳の新しい白紙のページを開いた。
「これより、第一期・世界総会を開会します。
本日の議題は、全セクターにおける『残業の完全撤廃』と、大陸全土に展開する『温泉保養所・特別優待プラン』の導入についてだよ」
ドッ、とホール全体が、種族の壁を越えた幸せな笑い声と拍手で包まれる。
戦闘力ゼロ、剣すら握れなかったおっさんが、手帳と鑑定スキルだけを武器に成し遂げた、前代未聞の世界完全子会社化。
ブラックだった魔王軍を最強のホワイト企業へとリブランディングし、世界経済を完全にハッキングしてみせたダイスケの物語は、ここに最高のハッピーエンドを迎えるのだった。




