第一章 「運命の女(ファム・ファタール)」 9
「それで、初めての女子校潜入はどうだった?」
オヤジが晩飯のしゃぶしゃぶを口にしながら訊いてきた。
食卓の上には、黒豚をメインに、オヤジが特別に指定農家から取り寄せた無農薬の野菜が、グツグツと煮え立つ鍋に入れられるのを待っていた。
「ああ……。何というか、凄い所だったよ」
斜め前の席に座るナナコは静かにネギの端っこをかじっている。
女のナナコにとっては別段気にするほどでもないものかもしれないが、白百合女学園は男の俺にとっては頭がクラクラするような女性特有のフェロモンのような匂いに満ちていた。
なので、個人的にはさっさと事件を解決して、あんな所からオサラバしたいところだ。
というわけで、俺は黒豚をシャブシャブしながら、オヤジへと本日調査した事柄を報告して指示を仰いだ。
「なるほど、被害者って言っていいのか分からないけど、くだんの眠り病? にかかった生徒は3名。いずれも一年生とのことなのね」
「その通りだ。まだ調べきれていないので何とも言えないが、彼女らは何の前触れもなく突然意識を失って昏睡状態になったようだ。まあ、ただ普通に頑張り過ぎた生徒が寝不足で貧血を起こして倒れただけかもしれないがな……」
俺はおどけたように肩をすくめて見せる。
「寝不足で、夜中にナニ頑張ってたって言うのよ?」
唐突に身を乗り出してくるオヤジ。ったく、こいつはシモのことしか頭にないのか……。
「別に何も頑張ってないっての。その被害者が、偶然なのかどうか分からないけど、学内の目立った生徒ばかりだと言うことだ。つまり、憧れの存在が眠り病の被害者だったのさ。そんな法則性からか、被害にあった生徒たちは、『眠れる森の美女現象』とか『白雪姫シンドローム』なんて言われているらしい」
「白雪姫シンドロームね……。もしかして、王子様の熱いキッスで目覚めるのかしら?」
唇をすぼめてキス顔をこちらに向けてくるオヤジ。
「いや、時間はかかるみたいだけど、自然と目が覚めるみたいだ」
それをデコピンで軽くあしらって話を続ける。
「で、俺は今回の件、嫉妬や怨恨の線が濃厚だと思っているんだけど、オヤジはどう考える」
「それって、被害者に怨みを持った人間が首謀者で、その人が強力な眠り薬でも盛ったってこと?」
うなずく俺にオヤジは、「そうね~」と伸びてきたアゴヒゲに手を当てて一考すると、
「だけど、人為的なものだとすれば、何がしかの物的証拠があってもおかしくはないと思うんだけど、それらしい薬物の投与は確認出来なかったんでしょ?」
「ああ。俺もそれが不思議なんだよ。俺の推測が正しいなら、絶対に何らかの証拠は残っているはずなんだが、警察発表ではその類のものは検出されていないときている」
だとすると、やはりこれはただの偶然なのか? 三名ならば、ギリギリ偶然という線もないわけではないが……。いやいや。そもそも、俺の調査自体が不足していると言わざるを得ないし、それに、現段階では証拠の方も完全に開示されているとは限らない。
目の前が白いモヤに覆われる。
事件が発生するには、必ず原因となる何かが存在するはずだ。だが、今はその糸口すら見えていない状態に思えてしまう。どうにも掴みどころのない事件だ。




