第一章 「運命の女(ファム・ファタール)」 8
それから、つつがなく午後の授業を無事終えた俺は、ようやく自宅兼、探偵事務所になっているコンビニへと帰ってきた。
ペロペロピローン。ペロペロピローン。
聞き慣れたコンビニ入店音が俺を迎える。
と、レジ向こうにどっしりと構えていた男が、俺を見つけてニヤリと笑う。
「おかえりなさい武蔵ちゃん」
野郎の癖に妙に甲高い声がこちらへと投げかけられる。
全身筋肉の塊のような鋼の肉体をした女装男が、妙になよったした腰つきで手招きをしている。
俺は右手を上げて、男に返す。
この人は俺のオヤジ。同時に我が探偵事務所の所長で、名を近藤むな志という。
オヤジといっても、俺の本当の父親ではない。赤ん坊の頃、親に捨てられた俺を拾い養ってくれた、いわば育ての親だ。
「ただいま。今日はオヤジがレジやってんのかよ?」
「そうなのよぉ~」
腰をフリフリ、愚痴を漏らす女装オヤジ。
なるほど、どうりで店に客がいないわけだ。俺は店内を見回して納得する。
それも、この珍妙な格好をした店主のせいだ。女装もまだ性別が分からないようなグレーゾーンならまだ救いようもあるのだが、その姿は明らかにおっさんがただ女の格好をしただけだ。まさに、男装の麗人ならぬ、女装の変人だ。
――その男、オカマにつき。
目の前のおっさんを一言で表すなら、そんな単純なネーミングがよく似合う。
違う意味でムチムチなボディに合うサイズの制服がないので、本来は縦のストライプ柄が体のラインに合わせて歪みきっている。前掛けにしているエプロンなんてはち切れんばかりにピチピチで、いつ破れてもおかしくない。これでは人が寄り付くはずがない。コンビニ強盗どころか、普通の客でさえ裸足で逃げ出す。
とはいえ、このコンビニはある意味裏の顔を隠すフェイク――世を忍ぶ仮の姿でしかないのであまり売上には期待していないので特には問題ない。
それに、変なナリのオヤジだが、探偵としては超一流らしく今はそちらの方で何とか生計を立てている。そんなオヤジの影響もあってか俺も探偵の道を選ぶこととなった。
「随分お疲れみたいね」
「そうかな?」
首を斜めにひねると、首の根元がポキポキと鳴った。自覚はないが、やはり実習初日ということもあり疲労が溜まっていたようだ。
「そういう時は、ほら、これでも飲んで元気出しなさい」
オヤジはカウンターの下から何やら怪しげなドリンクを取り出した。
「マス……? 何だこりゃ?」
ドリンクの外装には、書き殴ったようなフォントで、『魔巣裸王』とプリントされている。その隣には、『男汁1000mg配合!』のうたい文句。
「新製品の栄養ドリンク、『マスラオ』よ。それ一本で、瀕死の魔王も勃ちどころに元気になる、うちのコンビニ限定商品よ!」
何だかベクトルは違うような気はするが、オヤジなりに一応心配はしてくれているのだろうか。苦笑いを浮かべつつ、
「お、おう。サンキュー」
一応、お礼を言ってドリンクを受け取る。
「もう少ししたら夕食にするから、それまで部屋で休んでなさい」
手を上げて自室に戻る俺に、
「だけど、元気になり過ぎて、くれぐれもハッスルしないようにね」
ニヤリと笑うオヤジに、俺は『魔巣裸王』を投げつけその場を後にした。
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