第一章 「運命の女(ファム・ファタール)」 7
「それで、さっき言っていたことは本当?」
俺は由愛が用意してくれた食後のコーヒーに口をつけて懸案事項について訊ねた。
「最近この学園で起きている事件の話ですか?」
昼食中、最近の女子高生の間で流行っていることなんかを聞くついでに、この学園で起きている事件についてもさり気なくリサーチしていた。
「ええ……。たしか、四月から今月までに、毎月一名、合計三名の被害者が出てるのよね」
「はい」と由愛は、神妙な面持ちでうなずいた。
由愛が言うにはこういうことだった。
くだんの事件。最初の被害者は、四月中旬。入学してようやくクラスメイト全員の顔と名前が一致した頃に出た。
授業中、何の前触れもなく一人の生徒が倒れた。
それだけなら、ただ単に体調の良くない女子高生が貧血で倒れたというだけの話だが、倒れた生徒が入学試験でトップの成績をとった有名人で、かつ、卒倒したその生徒が丸一日過ぎても目を覚まさなかったらしく、それでちょっとした騒動となった。その時は明確な原因は分からなかったのだが、入学直後の慣れない環境や、受験勉強で無理をし過ぎたことによる過度のストレスが原因だろうということで話が落ち着いた。
次の事案は、ゴールデンウィーク明けに起こった。
被害者(と言って良いのか分からないが)は、全日本ジュニアクラシック音楽コンクールのピアノ部門の優勝者で、本校の特待生だった。この生徒は、入学式直前まで海外を遠征で回っていたということもあり、国外で変なウィルスでももらってきたのではとパンデミックの可能性が示唆され、一時的に校内の話題となったそうだ。
最後の被害者は、今月の頭に倒れたテニス部の新人のエースだった。入学前より超高校級の実力者と話題を集めた存在で、この学園のライバル校との練習試合に勝利した瞬間、眠りにおちたという話だった。
計三名。学園の人間が意識を失い眠り続けた。これだけ被害者が増えると、当初学園とは関係ないと主張していた学園サイドも、これら事案を偶然で処理することは難しくなり、警察とは独自に調査をするため、うちの事務所へ依頼をすることとなった。
「学年の成績トップに、天才アーティスト、そして、テニス部のエースね……」
現時点では、被害者は一年生限定。いずれもその他大勢の生徒とは違う、飛び抜けた能力を持った生徒と言うわけか……。
「被害に遭った生徒が憧れの存在ということもあって、みんなは『眠れる森の美女現象』とか『白雪姫シンドローム』なんて言っているみたいですよ」
そう言いながら、由愛はタッパーに用意してあったデザートのリンゴをみんなに配る。
「と言っても、被害者の三名もずっと眠り続けているわけでも、王子様のキスで目覚めるってわけでもないんですけどね。今のところ長くても一週間以内には自然に目が覚めるみたいですよ」
「白雪姫に、眠れる森の美女か……」
原因不明で突然眠りにおちるヒロイン。それら童話には、そのヒロインをねたむ悪意を持った犯人が存在している。そして、それらは、毒リンゴや魔術、超常現象的手法で、目的を果たす。今回の事件においても、犯人の目星はいまだついておらず、人を昏睡させるような物的証拠もあがってはいない。つまり、現在、事件解決の糸口すらない状態。何より、今、目の前の二人が何の前触れもなく昏睡状態に陥ってしまう可能性があるということだ。
俺はゴクリと息を呑んだ。
手のひらの、ウサギの形をしたリンゴが、じっとこちらを見つめている。
何だか妙な感覚だ。果たして見ているのは俺自身なのか? 手の中のウサギなのか? そんな哲学的な錯覚を抱く。
「どうぞ食べてください」
由愛に勧められ、俺はウサギの頭をかじる。口いっぱいに、甘くしょっぱい青春の味が広がる。
憧れ、嫉妬、目標、挫折、喜び、悲しみ……。
半年前まで俺も高校に通う身分だったので、学生ならではの悩みや問題は理解しているつもりだ。
「青春か……」
やはり、被害者の特徴をかんがみるに、妬みの線で調査を行う必要がありそうだ。俺はシャクシャクとウサギの切れ端を噛み締めると、そんな言葉が口をついて出た。
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