第十九話 魔剣士ユノと侵攻
―窓から差す光によって眼が覚める。
ベッドから部屋の外へと視線を投げる。
青空が広がり、今が朝だということをやっと理解する。
「おはよう、ユノ」
すると、起床を待っていたかのようなタイミングで声が掛けられた。
「…おはよう」
未だ寝惚け声で挨拶を返すユノ。
一つ大きな欠伸をし前を見れば、もう見慣れた人物が視界に映る。眼が覚めるような長い金髪、整った顔つき、眼が合えば微笑んでくれるその少女に対して、安心感を覚える。
昨日の内に購入しておいた服に着替える二人。
魔剣であるレヴィアタンは何故か最初から黒と白のメイドのような服を着用していたが、特に理由はなく他の服も着れるようだ。その際、元々着ていたメイド服は不要となると光の粒子となって消えていった。
おそらく、魔術的なもので作られた服なのだろう。
「さあ、朝食を食べにいこう」
「うん!」
早々に準備を終えた二人は階段を下り、一階の酒場まで移動した。
階段を下り酒場が見えた時、何やら不穏な空気を醸し出す人の集団が見えた。頭髪がないが白い髭が立派な60代ぐらいの男性を中心に人が集まっているようだ。
気になった二人は、何事かを知るためにそれに近寄った。
「マスター!アークデーモンがゴブリンの軍勢に殺されたって本当ですか!?」
ある一人の男性が中心人物の白髭の男性にそう質問した。
(…そうか、あれがここのギルドマスター)
レヴィアタンはここしばらくギルドを空けていたギルドマスターのことを初めて眼にする。
どうやら、となり街で色々と問題があったようだ。この集まりもその関係だ。
「はぁ…、随分と耳が早いな…」
ギルドマスターは気落ちしたように溜め息を吐いた。
恐らく、その情報は簡単には取得できず、尚且つ、直近の出来事らしい。
ギルドマスターが答えを出さないと察したのだろうか、集まっていた人々が問い詰めるような形でそれぞれ声を発した。
「まぁ落ち着け、これはどのみち後で知り得る情報なんだ。そう焦るな」
そう宥めるように言葉を掛けると、周りの人間は声を出すのを止めた。
しかし、視線はギルドマスターを向いている。この場で、ギルドマスターからの情報の公開を望んでいるためだ。
ギルドマスターは集まった冒険者らの気持ちを察し、また溜め息を吐いた。
「…先ず一つ、アークデーモンがゴブリンにやられたのは全くの嘘だ。どこの誰が流した噂か知らんが、そんなことはそもそもあり得ん」
すると、冒険者らは「確かにそうだ」などと納得したような仕草をする。
(いやいや…最初信じてた癖に…)
レヴィアタンは思わず眼を細めた。
「だが、ゴブリン軍勢が侵攻してきているのは事実だ!昨晩、レジンの兵士団隊長からその情報を聞いたからな。まず間違いないだろう」
それを聞いた冒険者らはそれぞれ感想を漏らす。
「ゴブリン程度なら大丈夫じゃないか?」
「アークデーモンと比べるとどうしても劣るな」
「だから最近やたらとゴブリン多かったのか」
「いや待て、ゴブリンの軍勢の侵攻だって?一体どうして攻めてくるんだ?」
「そらお前、前にも似たような事件あったろ…」
すると、ギルドマスターが咳払いをして再び集中させるようにした。
「色々言いたいことがあるのは理解できる。…だが二つ、重要な内容がある。それはそのゴブリンの軍勢がおよそ8万という軍勢であること。さらに、それら大群が既にここミズガルドを取り囲んでいたことだ…恐らく、レジンやホッジス王国も同様だろう…」
ギルドマスターから放たれた衝撃の真実。
冒険者らは唖然とし、信じられないといった表情だ。
しかも気付けば、ギルド内の全ての人間が集まり、聞いていた。
暫くしてその静寂を切った者がいた。
「…し、しかし、なぜ我々は今までその軍勢の囲い込みを察知することが出来なかったのでしょう?」
当然の質問だ。
ゴブリンが最近多いなら、調べたりするのが道理。実際に調査を開始していた冒険者らも多くいた程だ。
ならなぜ、今の今まで気付けなかったのか、それは一つの魔法によるものだった。
「…急に、現れたんだ」
ボソリと呟くギルドマスター。
思わず聞き返すのは先程質問した冒険者の男。
「つまり、ゴブリンの軍勢は何の前触れもなく…“召喚”されたんだよ…」
―――――
場所はギルド内、酒場の一席にユノとレヴィアタンは座っていた。
辺りはいつものように騒がしいが、今回ばかりは今までと違う五月蝿さだ。
「みんな、さっきのギルドマスターの話で持ちきりだね」
「どうやら、キハナ村でアークデーモンを探していたら、思い掛けない形でゴブリンの軍勢を見つけてしまったらしいね。結局、アークデーモンは見つかっていない、と…それは当然ね」
「まぁ、あれは私たちが倒したしね…。それとさ、さっき出された“特別緊急クエスト”についてはどう思う?」
――“特別緊急クエスト”。
それはクエスト参加資格を指定された緊急クエストとは違い、こちらはそれが発布されたギルド所属の人間は必ず参加しなければならないという強制力がある。
それは例えギルドに入りたての新人だとしても異例はなく同様である。
「ギルドにそんな束縛力があったなんて意外だけれど、今回は仕方ない。何しろ、そもそも逃げることが出来ない程には危機的状況らしいから」
「うん、やっぱり私たちも戦うんだよね…」
どうやら、ユノは周囲の人たちの予想以上の焦り様が伝わってしまったらしく、緊張していた。
「大丈夫。私が付いてるから」
レヴィアタンはユノの頭をそっと撫でた。
ユノは嬉しそうに顔を緩ませ、気を落ち着かせた。
この後、このクエストについて詳細を聞き、それから冒険者らは各々の行動を開始する。