第十一話 魔剣士ユノと敗北
今回短いので、次話も投稿します
決着は一瞬だった。
ユノの首筋に、エレヒムの木剣が寸止めで入っていた。
誰が見てもわかるように、ユノの敗北である。
「わ…すごい、負けた…」
ある程度、自分が強いのだと自負していたユノにとって、今回の敗北は驚きでもあり己を見つめ直す切っ掛けにもなった。
ユノはその眼でハッキリと見た。
エレヒムがこちらに向かって数歩踏み込んだ瞬間、ユノも同じく向かっていき、上段で構えていた木剣を勿論全力ではなく、そこそこの力で振り下ろしたのだが、エレヒムはそれを剣で上手くいなし、そして直後攻撃に転じ、今に至る。
ユノはエレヒムを舐めていた訳ではなく、この一撃で決める思いで剣を振ったのだが、エレヒムの凄まじい反射能力と巧みな技術を用いてこれを抑えたのだ。
言い換えればユノの一撃は一流の人間でようやくかわせる程の斬撃であったのだ。
それを裏付けるかのように、エレヒムは一切微動だにせず、汗が大量に吹き出ていた。
エレヒムはユノの一撃が飛んできた時、死の恐怖を感じたのだ。
そして、試験だということを一瞬忘れ、本気で受け流し、ユノを切り伏せようとしていた。しかし、寸でのところで踏みとどまり、平静を取り戻そうと今、呼吸を整えている。
(…ま、まじかよ…!?この娘、剣の振り方とか腰の使い方なんかど素人も良いとこだけど、速さが尋常じゃない…!ただの平凡な少女なんかじゃなかった…!)
冷静を取り戻しつつ、思い出すのは先程の一瞬の光景。
動きや視線、呼吸の仕方まで、ユノが動くまでは“ただの平凡な少女”であったが、動けばそれは豹変し、こちらの死を匂わせる程の俊敏さを見せ付けられた。
「ユ、ユノさん!大丈夫ですか!」
すると受付嬢が、心配の声を上げながらこちらへ駆け寄ってきている。
エレヒムはハッとして慌てて剣を下ろす。
「あっはは…すまなかったな、…その、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。特に怪我はありません」
ユノは少し落ち込んだ様子だが、怪我がないことを両手を広げて見せた。
「ユノ!」
ちょうど両手を広げた状態のユノに、レヴィアタンが抱きついた。
「大丈夫?怪我はない?大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ…す、少し苦しい」
レヴィアタンの強い抱擁に、ユノは苦悶の表情を浮かべる。
レヴィアタンはユノが圧勝すると確信していたため、エレヒムに“剣術”で負けたことに対して致命的な失念を感じていた。
つまり、いくら速さや力が強くても、技術を前に跳ね返されてしまう恐れがあることをユノに伝え忘れていたのだ。
実際にレヴィアタンも、昔はその技術を持つ者に苦戦を強いられていたのだ。
心配性のレヴィアタンとどこか胆力のあるユノの絡みの隣では、エレヒムは受付嬢に叱られていた。
「全く…!あそこまでやる必要はなかったじゃないですか!!あれじゃあトラウマになるし、なにしろ、ひとつ間違えればユノさんは死んでいましたよ!」
「うっ…はい、すみません」
受付嬢のあまりの剣幕に、銀級であるエレヒムでさえ背中を丸める。
「…で、ユノさんはどうなんですか?」
「どう、とは?」
唐突に怒りを治めて囁くような声で問われ、さらに大分抽象的な質問だったのでエレヒムは思わず聞き返してしまう。
「合格か不合格か、ですよ!あれじゃあまともに判断できないでしょうから、再度試験する予定にしようかと思ってますけど、一応、見た感じユノさん攻撃してたじゃないですか」
受付嬢にとって、あの戦いは速過ぎたために、細かい状況は把握できていなかった。
つまり、エレヒムが生存本能を刺激され本気を出していたことに気が付いていないのだ。
「あぁ、そりゃあ文句なしに合格だ。再試は必要ない」
「え、そうなんですか?てっきり不合格かと…」
「…バカ言え、あの一撃は…」
しかしそこまで言いかけて、エレヒムは言い直した。
「あれは化けるぞ、この俺が確信を持って保証する」
「エレヒムさんがそこまで言うのなら…」
受付嬢は不満げな表情だが、一安心したのか、未だにじゃれあっているユノとレヴィアタンを見ては微笑んだ。
一方のエレヒムは、一人思案していた。
「あの娘は…使えそうだな…」




