ドワーフに転生した
「こいつをいますぐ処刑しろ!」
試験官の怒号が、試験会場を震わせた。周囲からざわめきが消える。俺を見つめる無数の目。そのどれもが、恐怖や嫌悪、そして侮蔑に染まっていた。なぜ、こんなことになった?俺は目の前に立つ試験官を見つめながら、震える身体を必死に抑えていた。ついさっきまで、俺はただ、自分の努力を認めてもらいたかっただけなのに。どうして、死刑を宣告されなければならないんだ。
話は、少し前に遡る。
「待ってください! 自分は八年間、遊んでいたわけではないのです!」
俺は、目の前の試験官に必死に訴えた。だが、試験官は俺を見下ろし、鼻で笑った。
「遊んでいなかっただと? ならば、その貧相な身体は何なのだ?」
「……っ」
「七歳から十五歳まで、八年間もあったのだぞ。その間、一体何をしていた? まさか、自分では鍛錬をしていたつもりだとでも言うのか?」
「俺は、きちんと鍛錬を……」
「黙れ!」
試験官の怒声に、俺の言葉が途切れた。
「見苦しい言い訳をするな! その身体が全てを物語っている!」
俺は、思わず自分の身体を見下ろした。確かに、周囲のドワーフたちと比べれば、俺の身体は細い。だが、鍛錬を怠ったわけではない。それだけは断言できる。ドワーフは七歳になると、鍛冶師を目指すための肉体鍛錬を始める。誰かに教わるのではなく、自分で予定を立て、自らの意思で身体を鍛え上げるのだ。十五歳になるまでの八年間。この期間にどれだけ鍛錬を積んだかが、その後の鍛冶師人生を左右する。強靭な肉体と、長時間の作業に耐え抜く忍耐力。そして、鍛錬によって分泌される特殊なホルモン、剛身素。この八年間は、それらを育てるための大切な時期だった。俺だって、その重要性は理解している。 だからこそ、肉体を鍛えることも、忍耐力を身につけることも、手を抜いたつもりはなかった。ただ、俺には別の考えがあったのだ。
……八年間という時間を、肉体を鍛えることだけに使っていいのだろうか?
そう疑問に思ったのは、俺が前世の記憶を持つ転生者だったからだ。自分が転生者だと理解したのは六歳の頃。それまで断片的に見ていた夢が、前世の記憶だったのだと気づいた。前世の俺は、ごく普通の人間だった。ただ、アニメやゲーム、ファンタジー小説が好きだった。そして、転生したこの世界には、前世で見ていたファンタジーの世界そのものが存在していた。魔法、魔獣、魔石、ドワーフ。
ただし、この世界のドワーフは、俺が知っているものとは大きく違っていた。小柄な種族ではない。男女ともに筋骨隆々で、身長は一六〇センチから一八〇センチほど。褐色の肌に彫りの深い顔立ち、そして鍛え上げられた肉体を持つ、いわゆるゴリマッチョばかりだった。そんな中で、俺だけは少し違っていた。黒い髪に、銀色の瞳。周囲のドワーフからすれば、俺はひどく細身に見えるらしい。銀色の瞳を理由に差別されたことはない。ただ、ドワーフの間では、鮮やかな赤い瞳ほど鍛冶眼の能力が強いと言われていた。
だから、俺はずっと不安だった。本当に、自分は鍛冶師になれるのだろうか。それでも、夢はあった。俺は孤児院で育った。十五歳の選定試験に合格して鍛冶師となり、いつか王級鍛冶師になる。それが、俺の夢だった。前世の知識が、この世界で通用するのかは分からない。それでも、試してみたいことがたくさんあった。だから俺は、肉体鍛錬を続けながら、それ以外の時間を使って鍛冶について学んだ。素材を調べ、武具について考え、鍛冶眼で素材の状態を確かめた。この八年間を、決して無駄に過ごしたつもりはない。
なのに……。
「おい! 聞いているのか!」
試験官の怒声が、俺を現実に引き戻した。
「お前の身体を見れば一目瞭然だ! 鍛冶師になるための八年間を、ろくに鍛錬もせずに怠けて過ごしたのだろう!」
「違います! 俺は、きちんと鍛えてきました!」
「ならば、なぜそんな身体なのだ!」
試験官は、俺の身体を頭から足先まで眺めた。
「腕は細い。肩幅もない。胸板も薄い。そんな身体で金槌を振るえると思っているのか!」
周囲から、くすくすと笑う声が聞こえた。
「鍛冶師になりたいだと? 笑わせるな!」
試験官は俺を指さした。
「鍛冶師は、ただ鉄を叩けばいいという仕事ではない! 強靭な身体が必要なのだ! その身体では、何時間も金槌を振るうどころか、まともに鍛冶場に立ち続けることすら怪しいではないか!」
「そんなことはありません。俺には、十分に力があります!」
「口だけは一人前だな!」
試験官は嘲るように笑った。
「自分の実力も分からず、鍛冶師になれると思い込んでいる。身体を鍛えることすら満足にできない者が、武具を鍛えるなど片腹痛いわ!」
俺は唇を噛んだ。周囲の男たちは、誰もがボディビルダーのような身体をしている。俺が細く見えるのは事実だ。だが、鍛冶に必要な力がないわけではない。自分の身体には、十分な力も体力もあると思っていた。
「せめて、金槌を持たせてください。十分に力はあります!」
「馬鹿者!」
試験官の顔が、さらに険しくなった。
「金槌は鍛冶師の魂だ! 選定試験に合格すらしていない半人前に、触らせることなどできるか!」
俺は口を閉じた。それは、試験官が正しいからだ。焦るあまり、俺は鍛冶師の掟を破るところだった。選定試験で試されるのは、八年間に積み重ねた肉体鍛錬の成果と、鍛冶眼の精度。肉体鍛錬の結果は、専用の器具で筋力や持久力などを測定し、総合的に判断される。だが、試験官は俺の身体を見ただけで、鍛冶師に必要な肉体に達していないと決めつけていた。このままでは、何も証明できない。
「せめて、鍛冶眼だけでも試させてください!」
俺は、最後の望みを訴えた。
鍛冶眼は、ドワーフが生まれながらに持つ特殊な能力だ。素材を見れば、その硬さや粘り、不純物の多さなどを感じ取ることができる。その精度には個人差がある。俺の場合、その点については自信があった。七歳の頃から、素材を見て性質を確かめ、どのように鍛えればどんな武具になるのかを考えてきた。実際に作り、失敗し、また試す。その繰り返しの中で、俺の鍛冶眼は確実に力を発揮してくれた。だからこそ、試験官に銀色の瞳を見られても、今さら引き下がるつもりはなかった。しかし、試験官は俺の願いを鼻で笑った。
「無駄だ。お前の目の色を見れば一目瞭然だ」
「……何がですか?」
「銀色の瞳だ!」
試験官は俺の目を指さした。
「鍛冶眼は、鮮やかな赤い瞳に宿る! それが我々の常識だ! なのに、お前は銀色だと? その目で何が見えるというのだ!」
「瞳の色と、鍛冶眼の精度は……」
「言い訳をするな! 自分の欠点を認めることすらできないのか!」
俺は拳を握りしめた。瞳の色だけで、何もかも決めつけられる。それでも、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「……見れば分かります」
俺は素材置き場へ向かった。
「おい! 誰の許可を得て動いている!」
試験官の怒声を無視し、俺はそこに置かれていた鉄を一つ手に取った。そして、鍛冶眼を使う。
「……なるほど」
鉄の状態が、ゲームの画面のような透明な情報画面となって視界に展開された。
「炭素が少し多い。硫黄は少ない。でも、完全には抜けていない。結晶構造には、この方向に鍛造したときに揃いやすい性質がある」
俺は画面を眺めながら、さらに続けた。
「この鉄なら、刃の部分は硬度を高めて、芯には粘りを残した方がいい。一枚の板を全部同じ性質にするより、部位ごとに役割を変えた方が性能が出る。あと、この状態なら熱処理の温度は……」
見えている情報を、そのまま説明した。これなら、俺の鍛冶眼の精度が高いことを証明できるはずだ。そう思っていた。だが、説明を聞いていた試験官の顔が、みるみる歪んでいった。
「貴様、何をわけの分からないことを言っているのだ」
「え?」
「炭素だの、結晶構造だの……聞いたこともない言葉を並べおって! 意味不明な言葉で、我々をけむに巻くつもりか!」
「違います! 俺は、鉄の状態を説明しているだけで……」
「詭弁を弄するな!」
試験官の声が、会場に響き渡った。
「そんな銀色の目で見たところで、分かることなど何もないのだ!」
俺は困惑した。ドワーフの鍛冶眼は、素材の状態を感じ取る能力だ。硬い鉄だ、粘りがある、不純物が少ない。それが基本的な鑑定の仕方だった。だが、炭素や硫黄、結晶構造といった言葉は、この世界のドワーフには知られていない。俺は、見えている情報を言葉にしただけだった。それなのに、どうして理解してもらえないのだろう。
「これ以上、勝手なことはするな! こいつをつまみ出せ!」
「待ってください! 僕の話を聞いてください!」
俺には、まだ伝えたいことがあった。俺は前世の知識を、この世界で使えないか試行錯誤してきた。ドワーフは、素材を最高の武具へと仕上げる技術を持っている。他の種族では作れないほど精巧な武具を作り上げる。その純粋な鍛冶技術に関しては、間違いなく世界最高峰だ。だからこそ、俺は別の可能性に目をつけた。ゲームでは、武器に魔石を埋め込むことで魔法の力を付与できる。ファンタジーの世界なら、ミスリルやアダマンタイトのような未知の素材が存在してもおかしくない。そして、この世界にも魔石は存在していた。魔石には、火や水、氷、風、雷、土、闇など、さまざまな魔力が宿っている。だが、この世界で魔石は、綺麗な宝飾品として扱われていた。人間の貴族たちは、武具に魔石を飾り付け、財力や権威を誇示する。一方、ドワーフにとって、武具に魔石を取り付けることは邪道だった。素材を選び、形を整え、鍛え、削り、磨き上げる。余計なものを付け足すのではなく、鍛冶師自身の技術だけで、武具そのものの美しさと完成度を極限まで高める。それが、ドワーフの鍛冶道だった。
俺は、その常識を変えたかった。魔石と武具を融合させれば、武具そのものに魔力を宿らせることができる。魔石の力を正しく引き出せば、今までにない武具を作れるはずだ。俺が作った炎の剣を目にすれば、その考えも変わるはずだと信じていた。だが、今ここに実物はない。鍛冶をしていたことが知られれば、それだけで大問題になる。だからこそ、俺はこの選定試験で、自分の考えを認めてもらいたかった。俺は一度、息を整えた。そして、これまで誰にも話したことのないことを口にした。
「魔石と武具を融合させるんです」
一瞬、試験会場が静まり返った 俺は気づかなかった。その言葉を口にした瞬間、試験官の表情が怒りから冷酷さへと変わったことに。
「魔石には……」
俺が理由を説明しようとした、そのときだった。
「黙れ!」
冷徹な声が試験会場に響き渡った。
「……え?」
「それ以上、喋ることは許さん!」
「でも……魔石と武具を融合させれば……」
「それ以上言うなと言っている!」
俺は言葉を失った。どうしてだ?俺はまだ、何も説明していない。魔石がどんな性質を持っているのか。どのように武具へ組み込むのか。どんな効果が生まれるのか。 何一つ話していない。なのに、どうしてそこまで怒る必要があるんだ。
「お前は今、ドワーフが長い年月をかけて築き上げてきた鍛冶の技術を否定したのだ!」
試験官の声が、会場全体に響いた。
「……否定?」
「そうだ!」
試験官は俺を睨みつけた。
「ドワーフの鍛冶とは何だと思っている!」
「最高の武具を作るための技術……です」
「違う!」
即座に否定された。
「我々が築き上げてきた鍛冶とは、そんな薄っぺらいものではない!」
試験官は拳を握り締めた。
「素材を見極める! 己の身体を鍛える! 何千、何万と金槌を振るい、技術を磨き上げる! そして最後には、素材そのものが持つ力を最大限に引き出す!」
「……」
「それこそが、我々ドワーフの鍛冶だ!」
その声には、怒りだけではないものがあった。誇り。何世代にもわたって受け継がれてきた技術への、揺るぎない誇りだった。
「それを……魔石だと?」
試験官は吐き捨てた。
「武具に余計なものを混ぜるだと? 馬鹿かお前は!」
「余計なものじゃありません! 魔石には……」
「黙れ!」
またしても遮られた。
「貴様は何も分かっていない! 武具とは、最高の素材と最高の技術によって生み出されるものだ。それ以外のものを付け足して強くするなど、鍛冶とは呼ばない!」
試験官は俺を見下ろした。
「魔石を武具に埋め込むなど、下品な人間族の貴族が己の財力を誇示するために作る、安っぽい装飾品にすぎん!」
「違います」
俺は反射的に否定した。
「実際に、俺は……」
言いかけて、口を閉じた。危ない。炎の剣を作ったことを知られるわけにはいかない。もし知られれば、俺がこれまで鍛冶をしていたことまで知られてしまう。俺は言葉を飲み込んだ。その瞬間だった。試験官が、俺の顔をじっと見つめた。
「……やはり、蛙の子は蛙か」
「……え?」
胸の奥がざわついた。
「その考え方……お前の母親と同じだ」
「母さん……?」
俺は固まった。 両親は、事故で死んだ。俺はそう聞かされて育ってきた。だから、両親について知っていることはほとんどない。なのに、なぜ今、母親の話が出てくる?試験官は、俺の反応を見て口元を歪めた。
「お前の母親は、ドワーフの鍛冶道を否定した異端者だ!」
「……違う」
俺は反射的に否定していた。母親のことを、俺は何も知らない。それでも、事故で死んだと聞かされてきた母親が、異端者だったと言われることには、どうしても納得できなかった。
「鍛冶に魔石を使うだと? 馬鹿らしい。鍛冶道の探求から逃げて、楽な道を探す邪道だ。鍛冶師として恥を知れ!」
母親を侮辱され、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
「やめてください……」
「何だ? 母親を侮辱されて腹が立ったか?」
試験官は、俺の反応を楽しむように笑った。
「何も知らされていないようだな。お前の母親は、ドワーフが代々受け継いできた鍛冶道に泥を塗った、恥知らずな反逆者だ!」
「……」
「母さんを……悪く言わないでください」
声が震えた。俺は母親のことをほとんど知らない。それでも、知らないからこそ、何も知らない他人に勝手なことを言われたくなかった。試験官は、そんな俺を見て鼻で笑った。
「母親のことすら知らず、その母親と同じ過ちを繰り返す。親子そろって救いようがないな!」
「俺は……ただ、新しい技術を……」
「新しい技術だと?」
試験官が、馬鹿にするように笑った。
「自分の身体すら満足に鍛えられぬ者が、技術を語るな!」
「……っ!」
「周りを見てみろ! ここにいる者たちは、八年間、己の身体を鍛え上げてきた! それなのに、お前はどうだ! 鍛冶師としての基本すら身につけられぬ者が、何を偉そうに語っている!」
周囲の視線が、突き刺さる。
「そのうえ、ドワーフの鍛冶を否定するとはな! 身体も半人前、技術も半人前、考え方まで異端! お前には鍛冶師になる資格などない!」
「……違う」
俺は、かすれた声で呟いた。
「俺は、ドワーフの鍛冶を否定したいわけじゃない。ただ、もっと良い武具を作れる可能性があるなら……」
「黙れ!」
試験官の怒号が、俺の言葉を叩き潰した。
「可能性だと? 貴様のような者が、何を知っている!」
試験官は俺を見下ろし、冷たく言い放った。
「ドワーフにとって鍛冶は神聖なものだ。我々の祖先が積み上げてきた技術。何世代にもわたって受け継がれてきた誇り。それを、お前は簡単に否定した!」
「違う。俺は否定なんて……」
「まだ言い逃れをするか!」
試験官は一歩、俺に近づいた。
「その銀色の目で何が見える! その貧弱な身体で何ができる! 異端の母親から何を受け継いだ! 何一つ誇れるものなどないではないか!」
俺は、何も言い返せなかった。言い返したところで、聞く耳を持ってもらえない。俺の身体が細いことも、瞳が銀色であることも、母親について何も知らないことも、すべて俺自身にはどうしようもないことだった。それなのに、試験官はそれらすべてを、俺の罪であるかのように並べ立てた。
「お前は異端者だ」
試験官の声が、冷たく響いた。
「神聖な鍛冶を侮辱し、ドワーフの誇りを踏みにじった。しかも、その考えは異端者である母親から受け継いだものだ」
「……」
「異端の血が、再び受け継がれることがないようにする」
「……待ってください」
俺の声が震えた。
「俺は……母さんのことなんて何も知らない!」
「それでも、お前には異端の血が流れている」
試験官は、少しも表情を変えなかった。
「お前の母親も異端者だった。そして、お前も同じ考えを口にした。これ以上、見逃す理由などない!」
「俺は、何も悪いことなんて……」
「黙れ!」
試験官は、俺の訴えを一蹴した。
「お前は母親と同じ異端者だ。神聖な鍛冶を侮辱した罪は重大である!」
試験会場が静まり返った。試験官は、俺を見据えたまま宣告した。
「母親と同じ死罪を言い渡す」
「……え?」
頭の中が真っ白になった。
死罪。その言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。
「待って……」
俺は後ずさった。
「俺は何もしていない……」
声が震える。足に力が入らない。ついさっきまで、俺は自分の努力を認めてもらおうとしていただけだった。鍛冶師になりたかった。自分の知識を試したかった。いつか、誰も見たことのない武具を作りたかった。それだけだったのに。
「俺の話を……聞いてください……」
試験官は、俺を見下ろした。その目には、怒りも憐れみもなかった。ただ、異端者を排除するという冷酷な意思だけがあった。
「こいつをいますぐ処刑しろ!」
ドワーフ特有の、低く腹の底に響く怒号が試験会場に響き渡った。




