第三十五話 デートwith僧侶
「まず私からですね」
「昨日のは冗談じゃなかったのか……」
アマネとフローリアとの、三人での作戦会議の翌日。
フローリアと俺は、アマネに言われて二人で遊びに出掛けていた。
王都が久しぶりの俺と、初めてのフローリア。
二人で王都の観光でもして来いという、アマネの取り計らいだろう。
本来なら順番としてはアマネが先だった。
「まず私ねッ」なんて意気揚々と宣言して、フローリアもその辺散歩してきますねー、なんて言ってたくらいだ。
だが、さすがは"レーヴァニアの魔女"というか、なにか用事ができてしまったらしい。しょうがないから、俺とフローリアで先に回ろうか、という話になったのだ。
「……えっと、どうします?」
「そうだなぁ……」
どうする、と言っても難しい。
なにせ、この王都はなんでもある街だ。
大抵の物は買えてしまうし、大抵なんて言葉では収まらない物も売っている。
「とりあえず、王都に来た目的の一つでも果たそうか」
「……あ、里帰り!」
気づいたらしい、フローリアの言葉に頷いた。
「里帰りって言っても……まあ、里帰りしろと言われたら、会う相手はいるけど」
「はい?」
「別に、里帰り感はないんだよなぁ……」
言いながら、ポリポリと頭をかいた。
「里帰り感がない、っていうのは?」
「俺、その人に育てられたわけじゃないんだ」
スラムの奴らに多少の面倒は見てもらっていたが、物心ついた時から、俺は自分の力で生きてきた。
その人はスラムの奴らとは別で、時々様子を見に来てくれてはいたが、基本的に金もない人だったから、自分のことは全部自力で済ませてきた。
幼い頃から、見世物小屋に出たり、ゴミ拾いや石等級の冒険者としてクエストを受けて、一人で日銭を稼いで暮らしてきた。
それこそ、本格的に誰かと生きたのは、冒険者としてパーティを組んでからだ。
「……大変、だったんですね……?」
「そんな大げさな事じゃない。……ま、とりあえず行くか」
それに、この街では存外珍しいことではない。
孤児院で育ててもらうこともできず、その辺の路地で息絶えている子供が少なくない街だ。
俺の里帰りのために、俺たちは中央へと続く大通りに出た。
フローリアは大通りから、この街の中心に聳え立つ高い建物を見上げて、口を開いた。
「来た時も思いましたけど……すごいですよね」
「ああ」
来た時は空中回廊を通ったおかげで、そこまで先を見据える余裕はなかった。
けれど、地に足をつけて、大通りを歩くとその偉容がわかる。
今俺たちがいる下町とは隔絶した街。
──他者を拒む、聳え立つ白亜の壁で覆われた貴族街。
そしてその中心から世界を睥睨する、レーヴァニア国王が貴族街から下町、そしてその先のこの国全て、或いは世界さえも見下せんとする王宮尖塔。
それらは、この国で最も巨大で、最も独りよがりな建築物だ。
「感動するか?」
「……いえ」
その巨大さに、人類が作り上げたという事実に、肯定的な意見は多い。
だが、フローリアはそうではないらしい。
「いつか、滅びるものです」
──まるで、遠い未来でも見据えるかのように、フローリアはそう言った。
「宗教家みてえなこと言いやがって」
「僧侶ですけどっ!?」
俺の皮肉に、フローリアが突っ込んだ。
二人でクスクス笑いながら、俺は切り出すように言った。
「いつまでも上を見上げてると、スられちまう。歩こうぜ?」
「あ、待ってくださいっ」
実際、大群衆のいる雑踏に、みんなが空中回廊や中心街を見上げてしまうから、ここはスリの多発地域でもあった。
「見てくださいっ」
「お、美味そうだな」
フローリアは串焼きの露店を見つけると、そっちの方に駆けていった。
「お嬢さん買っていくかい! 銅貨一枚だ」
「お願いしますっ」
フローリアは財布にしてる袋から銅貨を取り、露店の店主に差し出した。
店主はそれを受け取ると、四本串焼きが乗ったパックをフローリアに渡した。
「一本サービスだ」
「いいんですかっ!? ありがとうございます!」
フローリアが嬉しそうにそれを受け取り、俺たちは比較的人通りの少ない、通りの傍に移動した。
「ソロさんも半分食べますか?」
「ああ、ありがとうな」
フローリアに渡されたそれを素直に受け取って、俺は左手で、串ごと肉に齧り付いた。
フローリアもそれを真似して、パクりと口に入れた。かわいい。
それにしても──串焼きで助かった。おかげで片手が動かなくても食べることができる。
「これっ! 美味しいですね!」
「美味いな」
「ちょっとピリピリ来ますけど、止まらないですっ」
フローリアの言葉に、俺は頷いた。香辛料が効いている。俺が住んでいた頃にはなかった味だ。俺が王都を出て五年。この五年で、この街も大きく変わったということだろう。
香辛料なんて、俺が王都にいた頃は庶民の手の届くものではなかった。それがいまや、こうして露店で誰もが楽しめるものになっている。……それは、とてもいいことだ。
早々に食べ終わった俺とフローリアは、再び歩き始めた。
途中で何度か寄り道しながらも、俺たちは裏路地に入り、幾つかの路地を抜け、ついに辿り着いた。
「えっと……ここですか?」
「ああ」
言葉を選んではいるが、それでも不安そうに、フローリアは俺に尋ねた。
フローリアの気持ちはよくわかる。俺も不安な気持ちになる。
蔦で覆われた、石煉瓦造りの古い教会。
教会とは見た目ばかりで、ここに住むシスターは別に俺や獣人を差別するようなこともない。
人間性が人格者なのは間違いないのだ。
「……押さないんですか?」
「ああ、押すよ」
なんか無駄に緊張してきた。
世話された覚えはないが、それでも俺の様子を見には来てくれていた人だ。
呼び鈴を鳴らせば、その人は来るだろう。
けど……。
「押しますよ」
「あっ」
結局フローリアに押されてしまった。
中から、「はーい、ちょっと待ってくださいね」なんて声が聞こえてくる。
一分も経たないうちに、その人はやってきた。
「お待たせしました」
ギイ、と蝶番が音を立てて木製の扉が開くと、中から女性が現れた。
「あら……久しぶりですね」
「ええ。……お変わりないようで」
詳しい年齢はわからないが、今は低くても四十代のはずだ。確かに少しだけシワが増え、それなりに年をとってはいる。けれど、それにしたって若く見えた。
「そちらは? ……まさか、結婚報告?」
「ち、違いますよ。パーティメンバーです」
「フローリアですっ」
「そう、残念。でも、会いにきてくれて嬉しいわ。中に入ってちょうだい」
「い、いえ。私は外で大丈夫です」
シスターに促されるが、フローリアはそれを断った。あんまり外で話すのもよくないだろうと思ったが、教会の中から子供達がわらわらと飛び出してきた。
「マザー、お客さん?」
「ええ、中に入ってなさい」
ギュッと、シスターの服の裾を握った子供に対してそう言うと、子供たちはぴゅーっと教会の中に入って行った。
「……確かに、中じゃ落ち着けないかも。なら、お庭でお話ししましょう」
シスターに促され、俺たちは入り口前の庭園の席についた。庭園と言っても、あまり手入れはされていないが。




