第三十六話 決壊
「噂は聞いてますよ。……あんまり、いい噂とは言えないけど」
席について開口一番、シスターは俺に対してそう言った。
まあ、そりゃそうだ。
「でも、悪い噂でも、貴方が元気でいるということはわかりましたから。……私に心配する権利なんてないかもしれないけれど、それでも、ね」
「いえ……そう言っていただけて、嬉しいです」
シスターに対して、俺は丁寧に言葉を返した。
シスターはおそらく、俺に対して後ろめたさを覚えているのだろう。その気持ちは理解できる。
特に金銭面で、手助けできなかったという後ろめたさがあるのだろう。この孤児院は慈善事業ではない。親から金銭を受け取って、託児という形で運営しているらしい。
それに、この広い王都だ。いくらでもいる孤児を全員を救うことはできない。結局、救えないものはいくらでも出てしまう。
「それで、今日はどうしたのかしら」
「えーっと……」
「ソロさんのルーツを探しにきたんですっ」
「ルーツ?」
「はいっ。ソロさんがなんで冒険者になったのかとか、そういう話です」
緊張もあり、しどろもどろになって上手く答えられない俺に代わって、フローリアが答えてくれた。
「そうねえ……生きるため、というのが一番大きいかしら。冒険者になる以外、生きていく方法がなかったのよ」
孤児院から大通りに戻ってきて、フローリアは嘆息し、ため息混じりに言葉を発した。
「……収穫、ありませんでしたね」
「そうだな……」
考えてみれば、シスターが俺のことをそんなに知っているはずもなかった。とはいえ、幼少期に世話になった人の一人に挨拶ができたのだ。今はとりあえず、それでよしとしよう。
強いて収穫が何かあったとしたら、孤児院の子供達とちょっと仲良くなったくらいだ。
子供は純粋だ。最初は俺という未知の存在に怯えていたが、シスターやフローリアが俺と好意的に接しているのを見てすぐに打ち解けてくれた。
俺とフローリアは子供達に魔術や剣術を教える約束をした。シスターから、銅等級のクエストとして報酬も支払われる。
魔術や剣術を学ぶのは、この危ない王都という街で生きるためにも大事なことだからだろう。或いは、かつて救えなかった俺に対して、罪滅ぼしをしたいという思いでもあるのかもしれないが。
「ソロさんのことについては、振り出しですね……」
いや、というか。これ以上探しても無駄だ。
俺のことをこれ以上探したとして、何かしら出るとしたら。
それは俺の過去の悪行の記録か、知りたくもない親の話くらいだろう。
それを探られるのは、正直避けたい。
というよりは──教会では収穫はなかったが、改めて痛感させられた、気づきはあった。
「俺……別に金等級を目指す理由はないんだよな」
「え……?」
「銀等級になったのも、その方が生活が豊かになるからで……成り行きなんだよ」
頭を少しかきながら、申し訳ないと思いつつもフローリアにそう言った。
フローリアは困惑する表情を浮かべた。これはもはや俺の罪の吐露に近い。やっぱり伝えるのをやめようと思っても、堰を切ったように、俺の言葉は止まらなかった。
そうだ。
別に俺はそもそも、冒険者になりたかったわけじゃない。学も容姿も、種族にすら恵まれない。だから、冒険者でしか生きていけなかっただけなのだ。
「な、なんでそんなこと言うんですかっ!」
「……教会の子供達と話して、思い出したんだ」
少しだけ涙ぐみながら、フローリアは俺に向かって抗議する。けれど、この気持ちはどうにもならない。
俺に比べて、教会の子供達は直視し難いほど無邪気だった。
だからこそ、彼らの夢という現実を教えてくれた。
「俺、冒険者になるんだー! 金等級の、"勇者"様や"パラディン"みたいに、英雄を目指すんだ!」
「私魔術師! 立派な"魔女"になるの!」
無邪気な子供達の振る舞いや言葉は、俺に心臓にチクリと刺さった。抜けない棘は、抜こうとするたび、俺の心臓を苛んでいく。
冒険者は彼らのように、英雄になりたいという無垢な思いを持ってなる者も多くいる。
そして、金等級冒険者の多くは、それを叶えてきたものだ。
──俺に、そんなものは存在しなかった。
──だから俺に、金等級を目指す資格はない。
冒険者の大半が、銀等級で立ち止まる理由は二つ。一つは、昇格試験の定員。
そして、もう一つがこれだ。
生きるために冒険者として暮らすものは、金等級を目指すことを忘れてしまう。そもそもそんな必要も理由もなくなるし、信念も夢もないまま挑めば死にゆく世界だ。
"冒険者の秘訣は冒険をしないこと"。
まさに金言だ。
──夢も信念も失って、これ以上何もできない。そんな、金色になれない、一等になれない、鈍い銀色の教訓だ。
俺は最初から、夢も信念も持ち合わせていなかった。
ただ、生きるために冒険者として活動していただけだ。金を稼いで、その日を生きていただけだった。
──俺は、冒険者の世界において、生まれついての負け犬だった。
「いい機会だよ。自覚することができた」
「……っ……。」
俺の言葉に、フローリアは言葉に詰まって、何も返せなかった。
「まあ、なんだ。フローリアが金等級になるのは手伝うからさ」
「……そうですか」
俺の言葉に、ふい、と、フローリアは顔を背けてそう言った。
流石に嫌われてしまったかもしれない。──それならそれで、しょうがない気もする。
夢も信念も合致しない。だったら、臨時で組んでるパーティだし、別れるのも世の常だ。
改めて、言葉にしてしまった途端。
ハッキリさせた方が心は晴れるかと思ったのに、むしろモヤモヤと、煙が募る一方だった。
そこから宿まで、ほとんど会話らしい会話は消滅してしまった。
フローリアは怒っているのだろうか。それとも、どんな風に会話を切り出せばいいかわからないのだろうか。
「……地下水道はどうするんですか?」
「ん? それはやるよ。フローリアが昇格するのに、金等級のクリアは必要だろ」
「そうですかっ」
フローリアは、宿が見えてきた頃、おずおずと切り出した。帰ってきた俺の言葉に、フローリアはほっと息を吐いた。
もしかして、俺から別れを切り出されるとでも思ってたんだろうか。だとしたら、見当違いだ。
確かに俺に、金等級を目指す資格も、動機もない。
けれど──フローリアを手伝いたい。
その気持ちは決して嘘ではないし、別に金等級クエストを受けること自体はやぶさかではない。
──俺の力がたとえ及ばなかったとしても守りたいものがあるとすれば、それはフローリアただ一人を置いて他にない。
彼女から拒絶されない限り、俺に光を当ててくれた彼女を守り、手助けをしたいのだ。




