第二十二話 イデアスの疑問
「あーもういい、大丈夫だ、歩ける」
迷宮の上層に戻ってくる頃には、フローリアは浮遊魔術でとんでもない数の冒険者とゴブリンの遺体、それに遺品を浮かせていた。
その中には、変異したゴブリンによって持っていかれたというジャイアント・ラットのボス個体の死体もある。
肉や内臓は削ぎ落とされて残っていないが、その分巨大な骨格が残っていた。あれだけ強力な変異を遂げたのも、ひとえにコイツの肉のせいだろう。
そんなぷかぷかと隊列を成して浮く死体の一つだと、俺が死んだものだと勘違いされかねない。
「本当に大丈夫なんですか?」
「ああ」
フローリアの確認に頷いた。
自動回復も機能したおかげで、もはや歩けるほどには回復した。──内臓は再生の残痛が残っているが、それもじきに治るだろう。
それもこれも、勘違いとは言えフローリアが俺に内臓を食わせてくれたおかげだ。…‥別に内臓である必要はないが、純粋な魔力回復のためだと勘違いされている方が都合がいい。
「うわぁっ……まぶしいっ」
「そうだな」
しばらく暗いところにいたから、余計にそう感じるのだろう。子供のように目をチカチカとさせるフローリアが頭に被る帽子に、手持ち無沙汰にぽんぽんと手を置いた。
しばらくはこの迷宮には、変異したゴブリンが残っていないかの立ち入り調査が行われる。残存するゴブリンがいなければよし、いれば一匹残らず殲滅される。
変異したゴブリンが完全に残っていなければ、その後この巣穴は解放される。大抵は新たなモンスターが巣穴として活用し、やがて迷宮と化す。
一度正式な迷宮となってしまえば、冒険者たちのいい狩場になる。結果的に、ヴァルトの町はさらに発展するだろう。
そんなことを考えながら入り口から外に出ると、身体中に包帯を巻いているアグロがこっちに気づいた。
立ち上がり、無事ならしい右手を上げて出迎えてくれる。
集めた死体や遺品の手続きをフローリアに任せ、俺はアグロの方に歩いていった。
「おかえり、ソロ」
「──ああ、お互いにな」
ハイタッチを交わす。
お互いに、生き残れて何よりだ。
「お前のパーティは?」
「なんとか、全員生き残ったよ」
「そうか」
今回の配役は、結果的に見れば正解だった。
魔力を無化する金等級モンスターなど、大抵の銀等級冒険者にも無理だ。ましてエニス魔導は魔術を主軸とした冒険者パーティ。もしもキングと相対していれば、壊滅的被害を受けたのは想像に難くない。
今回に限っては、間違いなく相性の勝利だ。
「イデアスは?」
「あのテントの中だ」
俺はアグロに感謝を伝え、アグロが指し示したテントに訪れた。
声をかけると、どうぞと優男の声が聞こえる。
中に入ると、銀髪の美丈夫が、数人の女性騎士に甲斐甲斐しく世話を焼かれていた。だが本人は、ちょっと困っている様子だ。
「彼と話すから、少し外してくれ」
「はーい」
キャピキャピと返事をして、女性騎士達はテントから出ていった。……大変だなあイデアス。
「改めて……やあ、ソロくん。今回はお手柄だったね」
「お互い様だろう。お前達が居なけりゃ倒せなかった」
「騎士の場合は責務だ。騎士として当然の行い。──だが冒険者は違うだろ?」
「いや、違わねえよ。冒険者は生きるためにモンスターを狩る。依頼があればそれをこなす。それだけだ」
俺の言葉に、イデアスは満足そうに頷いた。
彼の体は、血が滲んでいる包帯が全身に巻かれている。しかしその様子とは裏腹に、割と元気そうだ。
「お前、その傷」
「ん、ああ。大丈夫、死にはしないよ」
「死にはしないって言ってもよ」
「今回は今までで一番のピンチだった。……魔力を無化する敵なんて、初めてだ」
イデアスの言葉に頷く。変異自体が魔力の産物だし、魔力を無化したら身体能力は極端に低下する。
だからおそらく、キングの魔力の無化は短時間だろう。
だがそれでも、そんなことをする魔物は聞いたことがない。
「そう多くはないだろ」
「ああ、だが……対策は積まねば」
だから多くの相手に対して、無力の無化は特効になり得る。
それこそドラゴンのように堅い鱗でもなければ、あのゴブリンの相手をできるモンスターなど、そう居ないのは確実だ。
にも関わらず、イデアスは思い詰めた表情をしている。彼の何よりの武器は、きっとこの向上心だ。
「騎士の責務か」
「そうだね」
──こんな騎士も世の中にはいるのだと、なんだか嬉しくなっていた。
「お前が王都の管轄ならな」
「ん?」
「下町の奴らも、あんな苦しい生活をせずに済むのにな」
「ああ……そうだね。力不足が悔やまれるよ」
「でも、それはお前の仕事じゃないだろ」
聖銀騎士団は今回のような事態に対応する、国内巡回を行う騎士だ。視察と有事の外征担当。
一方で王都の治安維持は、紫陽騎士団の管轄。一応彼らの管轄には王都の下町……というかスラムも、ヴァルトの町も入っているらしい。
だが、彼らが主だって相手しているのは貴族だけだ。下町は一本裏路地に入れば荒れ放題。脛に傷のあるものも少なくない。
戦争から二十年。世界は進み始めているが、この国には酷い格差と差別が未だ根強く残っている。
「恨んでいるかい?」
「いいや、別に」
俺はリザードマンだから余裕があった。飯を食わなくても長く活動できるし、腕も立つ。
だが俺はともかく、他の人間や獣人にとって、住み良い場所ではないだろう。余裕があるから、そうやって憐れむことが出来るし、憤慨することができるだけだ。
だからこれは、恨みではない。
「それより、ソロ。君は銀等級というのは本当かい」
「ああ、そうだが?」
なんならこの間まで、金等級クエストを一つも受けたこともない。エースですらなかった。
「驚いたな……金等級冒険者と同等の実力が君にはある。昇格しないのか?」
「しないというか、出来ないんだ」
「は?」
俺の言葉に、イデアスは珍しく顔を顰めた。
「金等級五本は達成してないからな……それに、昇格任務を受ける資格がない」
「そうなのかい?」
「ああ、昇格任務の受注条件は、とある迷宮でモンスターを狩ること。その迷宮に入る条件は、パーティであることだ」
パーティに入っていない俺は、迷宮に入れないために、昇格クエストを受注できないというわけだ。
「パーティを組んでないのか?」
「組んでいたこともあるが」
今でも思い起こせる。辛いことも多かったが、楽しい日々だった。──そして、その結末は。
「仲間が死んで、それがきっかけで喧嘩別れだ」
「……そうか」
失敗した。重苦しい話をしてしまった。
話題を変えようとしたが、イデアスは続ける気があるらしい。
「フローリアさんは? 彼女には、君に釣り合う素質があるように見える。パーティ組んでないのかい?」
「組んでねえ」
「そ、そうなのか……」
もう聞かれ飽きた質問に食い気味に答えると、イデアスは若干困ったような表情をした。なんでみんな、そんなに俺とフローリアが組んでないのが不思議なんだろうか。
理由は明白なのに──。
「まあ、ともかく。君には金等級の実力がある。目指してみるといい」
「……ああ」
俺はこの国でも有数の強者に、面と向かってそこまで言われ、思わず頭を掻いた。照れるわ。
「ありがとうよ。だが、レーヴァニアの昇格試験は定員がある。その貴重な枠を、俺が取るわけにはいかねえ」
俺の言葉に、イデアスは不思議そうな表情をした。
「フローリアの話だけど──アイツはまだ若いからな。これからいい出会いもあるだろうよ」
「ああ、それは確かにね」
俺の言葉に、イデアスは納得したように頷いた。
フローリアは若い。あの歳で銅等級だけあり、一人前以上の才覚はある。
だが、俺とやっていくことをそんなにすぐに決める必要もないだろう。
「でも、君との出会いが、そのいい出会いかもしれないよ。それに君にとっては、最後の"いい出会い"かもしれない。一度、ちゃんと話し合ってみるといい」
イデアスのそんなアドバイスに、俺は反論も何もできなかった。……突っぱねているが、確かに、なんで俺にこだわるのかを聞いてもいなかった。
「そうだな、そうするよ。……ありがとう、そろそろ出る」
「うん、君に良い運命のあらんことを」
俺は挨拶もそこそこに、イデアスのテントを出た。それを見つけて、フローリアがやってきた。たくさんの貨幣が入っているらしい頭陀袋を両手に抱えている。
「ソロさんっ! 見てくださいこれっ! 遺品と死体の回収報酬だそうですっ!」
「おおっ……!」
袋の中にぎっしりと詰まった銀貨。
この間よりは多くないが、それでもかなりの量だった。
「しばらくはゆっくりできますねっ」
「……ああ、そうだな」
フローリアの言葉に頷いた。
ここ最近、ずっと激戦続きだった。
──一連の異変騒ぎも収拾がつき始めているのだから、休んでも、文句は言われまい。




